この画像を大きなサイズで見るフランス南部を流れるローヌ川近くにある集落ル・カイヤールの外壁の内側に2500年前のものと思われる頭蓋骨の破片が散乱していた。
頭蓋骨の破片には微量の松ヤニと植物性油が付着していたことがわかった。
これは、敵から斬り落とした首(頭部)を晒し首にする為に、腐らぬよう樹脂と植物油で防腐処理が施されていたことを示している。
また、晒し首となる頭部の脳や舌が取り除かれてることもわかった。
まさに古代ローマの古文書やケルトの遺跡で発見された彫刻や文献に描かれている通りである。
頭蓋骨は100人分以上。脳や舌を除去したらしき痕跡も
ばらばらになった頭蓋骨は少なくとも100人分はあり、まだ町が鉄器時代のケルト民族集落だった紀元前300~200年の地層から、武器、硬貨、土器の破片などと入り混じった状態で発見された。
ほとんどの骨には紛れもない斬首の切断跡が残されていただけでなく、それを戦利品として展示するための処理を施したことを示す証拠があった。
骨のいくつかには、大後頭孔(脊髄がつながる頭蓋骨後頭部の大きな開口部)を広げようと削ったような跡があり、これは脳を取り除くためのものではないかと推測される。
また下顎の下側にも同じような削り跡があり、こちらは舌を取り除くためだったかもしれない。
この画像を大きなサイズで見るケルト人は首刈り族だった?
紀元前1世紀頃のギリシャの歴史家ディオドロスとストラボンは、当時南フランスへ旅行したギリシャ人の話について記している。
その男が言うには、ケルト人の戦士は敵の中でも一番勇猛だった相手の首を斬り落とすと、それを家に持ち帰り防腐処理をして飾っていたという。
彼らにとって強敵の首は貴重な品であったらしく、「最も勇猛な者の首は、同じ重さの金を差し出されても返さなかった」と両歴史家は記している。
フランス南部では、首を置くためのものと思われる柱やまぐさ石も発見されてきた。
これまで、古文書にあるように、防腐処理を施した首をそこに飾ったという物理的な証拠はなかったのだが、それがようやく発見されたわけである。
この画像を大きなサイズで見る防腐処理の痕跡
フランス・ポール=ヴァレリー大学の考古学チームは、ル・カイヤールでは発掘された11の断片化した人間の頭蓋骨から少量のサンプルを採取し、これを粉末状にした上でガスクロマトグラフ質量分析法にかけた。
すると骨自体に由来するらしきコレステロールと脂肪酸のほかに、頭蓋骨11個のうち6個からは微量のジテルペノイド化合物も見つかった。これは松ヤニがとくに強い熱にさらされて分解したときに生じる分子である。
脂肪酸が骨に由来するのか、それとも植物油に由来するのか断定することは難しい。だが、比較対象のために使われた動物の頭蓋骨からは、コレステロールのみが検出され、脂肪酸や松ヤニは含まれていなかった。
晒し首は仲間に見せるためのもの
興味深い点は、晒し首には敵を威嚇する意図も、倒した相手を愚弄する意図もなかったらしいことだ。
頭蓋骨は町の外壁の内側で発見されている。ということは、それが部外者ではなく、仲間内に見せるためのものだったということだ。
分かっている限りでは、首は儀式や祭典が行えるだろう人が集まる場所で見つかっている。
その周辺にどのような建物や広場があったのかまでは、まだきちんと調査されていない。晒し首のそばに兵舎、神殿、指導者の自宅といったものがあった可能性もあるが、今の時点ではまだ分からない。
だが防腐処理を行えば、しばらくは首の顔立ちがきちんと認識できるよう保たれたはずで、もちろん悪臭の防止にもなっただろう。
この画像を大きなサイズで見る敵ではなく先祖の可能性も?
なお、これらの首が倒した敵のものではなく、彼らの祖先のものである可能性もないわけではない。
考古学的な調査からは、人類社会が敵だけでなく、祖先の首を保存したこともまた知られているのだ。
この研究は『Journal of Archaeological Science』に掲載された。
References:How to display the severed heads of your enemies, the Iron Age way | Ars Technica/ written by hiroching / edited by parumo














プレデターみたいだね。
※1
プレデターの習性やケルティックタイプのモデルの一つだからね
眼窩が使えなきゃ、大後頭孔の傷は仕方ないかもしれないけど、
舌は摘出にそんな傷がつくかしら。標本にするわけではなし…。
タン塩とかでよくある「タン」、そんなに苦労して分離してるわけじゃないですよ?
※2 綺麗に根元から摘出ではなく、途中から切断なら付くかも。口開けさせて見えるとこだけこう(自主規制)
ケルト人に首刈りの風習があったのはほぼ確実。現代人には野蛮に見えるというだけで、歴史上では別に珍しいことでもなんでもない。
従来の研究では、ケルト人は首をはねられた人間は転生できないと信じていたから、罪を犯した者を斬首刑にし、敵の首(ケルト人の信仰では霊魂は頭に宿るとされていたらしい)は、倒した敵の霊的な力を自分のものにするために、大事に保管して馬や盾を飾るの使用したとされる。なので、ケルト人の場合は祖先の首をはねるという可能性は低い気がする
※3
たしかにケルト人にとって「首を斬る」というのは、「死後に常世へ行くことができない」を意味していた(霊魂が宿る場所を体から切り落として、現世にとどめるため)。
しかし一方でケルト人は「(高貴な者の)生首」というものに「神聖」「子孫繫栄の力」を見出していたりもするし、占いの道具に使われていたらしいという話もある。
この生首は、なにかしら権力を持っていて慕われていた者の首である可能性もあるよね。
ヨーロッパの建築に、人の顔の意匠(グリーンマン等)が多いのは、かつてヨーロッパに首狩りと、狩った首を飾る文化があったからではないか、
という説は、あるよね。
>当時南フランスへ旅行したギリシャ人の話について記している。
ヨーロッパライオン…はその頃にはもういなかったかもしれないが、その他の猛獣や追いはぎは普通にいたと思うから、道中は身の危険と隣り合わせだったのかな
妖怪首置いてけは世界中に存在した可能性が?
うわぁ~…怖いと思ったけどよく考えたら昔の日本人も結構首刈ってるよね
※9
日本の場合、敵の首は狩るけど首実検後は埋葬しちゃうから、感覚的には結構違うと思う。
罪人のさらし首もその名の通りさらし者にするためであって飾りではないし。
南米の干し首は頭蓋骨を抜くとこがケルトとは違うけど、感覚的には一致する気がする。
※15
日本人の感覚からしたら逆だね
※15
鎌倉武士「馬小屋の隅に生首を絶やすな、首を切って懸けろ」
※9 信長の髑髏杯ネタとかあるしね(実際は乾杯してなくて祀ってた説もあるみたい)。
ところでwikiで髑髏杯見たら世界中でやっててびっくり。なぜ人は頭蓋骨を活用しようとするんだ……。
※9
これ以上ない程に戦果を確認できるからね。
あるいは、大罪人が死刑になったと大衆が自分の目で知ることが出来る。
孔明「饅頭でどう?」
敵か先祖とか相反することを発表する研究者って
発表が恥ずかしくないのかね
リュックにツムツムのストラップを10個くらい付けていた女子が先生から
首狩り族って呼ばれたことがあったなぁ
>>12
センスある先生だな。
つーか人間て歴史的に見ると首刈りまくってるよね
ハロウィーンのカボチャ頭の原型ともいわれている風習か。日本の戦国時代だと首は戦果の証拠だったけど当時はどう処分してたんだろう。
こういう古代の御当地文化は、結構と有ったと思うよ?
その後に国の法律が制定される様になると、廃れて行くのだろうけど
そんな法律も無かった時代の話だろうし
写真が無い時代の遺影とか魚拓とか見たいな扱いかね
太平洋戦争でも米兵は日本兵の髑髏を勲章代わりに持ち帰っていたしね
案外近代でも行われているもの
首を持ち帰りって箇所で、モンティ・パイソンのアッティラ・ザ・ハン・ショーを思い出した。
アレ特に好きなんだよなw
こういう風習と言うか行為はどこの国にもある。
日本だって晒し首を街道に並べてたし欧州全ての国でもやっていた。
もちろんアジア諸国も同じ。
特に珍しいとは感じないけどな。
発表された史実よりも載ってる画像の方が怖い汗
古代人のぶっ殺した人数より現代人の自殺者のほうが多そう
霊力の高い首は呪術を行うためのエネルギー源であり、また認証アイテムでもある
諸星大二郎のマンガで見たから間違いない
>>28
ニアター。もし私が死んでも、アミトングアシルジョングでまた会えるわね?
ギリシア史ローマ史でもガリア人は世紀末集団だからな。
↑逆だねってあなたの意見に賛成って意味で
言葉たらずでした
ハイランダーってB級映画が大好きだった
昔は土産物として売られていた国もあり、欧米人が物めずらしそうに購入していたそうだけど。
何が怖いって、現代でも行われている事が怖い