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ナチスからの大規模空襲に備え、第二次世界大戦中にイギリスで使用されていた屋内用シェルターが大き目のペット用ケージだった件

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 ケージ(檻)の中にベッドを置き横たわる人。ペット用ケージの人間版みたいだ。もしかして

人間が飼われている?

 そうではない。実はこれ第二次世界大戦中にイギリスの一般家庭で使われていた屋内用シェルターなのだという。

 ナチス・ドイツのロンドンへの大規模空襲に備え、50万台以上も作られてロンドン市民に支給されたもので、テーブルやベッドにも使える斬新な設計がなされていた。

 一見ジョークみたいな外観だが、当時はサイレンが鳴るたびにこのシェルターに飛び込み、爆撃を恐れながら過ごした家族がたくさんいたようだ。

空襲に備えて配られたケージ型屋内シェルター

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image credit:Ministry of Information Second World War Official Collection

 これはモリソン・シェルターと呼ばれた家庭用シェルターで、1940年から1941年にかけてイギリスがナチス・ドイツから受けた大規模空襲「ザ・ブリッツ」(Blitz:ドイツ語で稲妻)に備えて作ったものだ。

 このシェルターは、庭に半分埋めて使う鋼鉄製の防空シェルターや公共シェルターの代替品で、屋内にいる家族が爆撃から身を守る手段として支給された。

配られた家庭で各自組み立てて使用

 シェルターの公式名称は「テーブル(モリソン)屋内シェルター」だった。設計はジョン・ベイカーという人物が手がけ、当時ホームセキュリティー大臣だったハーバート・モリソンにちなんだ名がつけられた。

 このシェルターは当時、地下室が無い家が多かったため、それまで支給していた屋内用シェルターが不足したのを機に作られたようだ。

 大きさは長さ198cmで幅121cm、高さ76cmほどだった。スチール製の天板があり、側面は金網、底の床も金属製だった。

幅はベッドで言えばセミダブルぐらいだった

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image credit:vintag.es

 これは359個のパーツから成る組み立て式で、必要な家庭に1セットずつ配られ、受け取った家族が自力で完成させなければならなかった。

 おおぜいの人々がこのシェルターを組み立て、テーブルに使ったり寝具を入れてベッドにしたりした。

モリソンシェルターで過ごした作家の体験談

 実際に空襲に遭ったイギリス人作家のデレク・ランバート(故人)は、家族と共にこのシェルターで過ごした体験を以下のように綴っている。なお、当時の彼は11歳ぐらいだった。

最初にあった激しい夜の空襲がおさまった時に、我々は階段下にある収納スペースからシェルターに移動した。

 これは金属製の大型ケージで、ダイニングテーブルより少し高さがあった。

 フレームは分厚い鉄でできていて、スチールの天井はがっちりしたナットとボルトで固定されていた。底の部分には目の粗いワイヤー製のマットレスが敷いてあった。

 シェルターはとても大きく角ばっていて、暖炉の前以外のダイニングルームのスペースを占めることになり、もはや家の一部というか家族の心の支えになっていた。

 私たちはこの中で寝起きして食事をして遊んだ。サイレンが鳴り響くと中に飛び込み、側面に金網を取り付けた。

 理論的にはその枠とスチールの天井がレンガなどの落下物を受けとめ、金網が飛び散るがれきから私たちを守ってくれるという話だった。

 ドイツ軍が学校や商店や民家、就寝中の牛を狙って再び破壊を始めた時も、このシェルターで一晩を過ごした。

結局シェルター生活に耐え切れず…

 デレクの記述によると、夜間の空襲でシェルターの中に横たわっていた一家は、爆弾の地響きや爆風の振動、散弾が飛ぶ音に眠りを妨げられ、恐怖に抗いつつ寝具を奪い合って過ごすほかなかったそうだ。

 だが、ケージで押し合いへし合いしながら過ごす悪夢のような夜は荒んだものになり、一家の善良な生活を脅かし始めた。

 そして数週間後、寝不足と精神的な疲労に耐えかねた家族は、自らの健康と幸せのためにこのシェルターから出て過ごすことにした。

 それから数カ月の間、デレクの両親はそのシェルターの上で寝るようになり、デレクは床で眠るなどしてやり過ごした。そして次に空襲がひと段落した時には全員がベッドに戻ったそうだ。

 市民を守るために作られたモリスンシェルターは1941年末までに約50万台も配られ、その2年後にはドイツのV1飛行爆弾に備え、さらに10万台以上配られたという。

 と、ここまで書いてやっと、5年前に既に紹介していたことに気が付いた。またかよ!って思った読者の人、ごめんなさい。

 海外の非常時における行政の対策の歴史の1つとして、今と比較しながら何かを考える機会になってくれたら幸いだ。

追記(2018/07/16):本文を一部修正して再送します。

References:vintag. / wikipediaなど /written by D/ edited by parumo

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この記事へのコメント 29件

コメントを書く

  1. 木造&焼夷弾を受けた日本じゃ危険しかない代物だねぇ
    それにしても気が遠くなるようなパーツ数w

    • +14
  2. カーテン付きはいいかもしれないね!破片くらいからしか守れないだろうけど、破片からすら守れないかもだけど

    • +2
  3. 5年前に既に紹介していたことに気が付いたのに
    なぜ掲載をやめない?

    • -28
  4. 当時のイギリスはかなり追い詰められていて爆弾を搭載した戦闘機で敵艦に体当たり攻撃を仕掛ける特攻部隊の編成まで行っていた。
    アメリカの参戦で戦況が好転していなかったら日本よりも数年早く特攻攻撃をしていたことだろう。

    • +5
  5. 凄くこのベッドの事が好きなんだな、と思ったら忘れてただけだったのか!!おっちょこちょい可愛い

    • +5
  6. 『風が吹くとき』の旦那さんの思いで話の中で
    似た感じのモノが出てきますね

    • +6
    1. ※7
      風が吹くときの、イギリス政府推奨屋内型対核シェルターも酷かったね
      「家中のドアを外して壁に立てかけて空間を作りクッションを大量に」で
      核対策になるわけがないのに、実際に配られたものだと聞いてびっくりした

      • +5
    1. ※8
      人間が精神病みそうだったのに
      大型の猫科だったら虐待にしかなりませんよ

      • 評価
  7. 何でアミの檻にしたのか?・・・面白い発想だよね。
    瞬時に逃げ出せない方が怖いと思うけどねw

    我々、地震大国に住まう人間だと、上からの防御は理解できるけど、水平方向をアミで塞ぐ理由がよく理解できないよね。空襲による被害も基本は上からだし、仮に水平方向からも考慮するなら、アミだと駄目だよね。

    時代が違うと発想も違ってて興味深いね。

    • +3
    1. ※10
      崩れた壁や天井の瓦礫が飛んできて
      横からヒットするのを防止するためじゃね?>金網

      ※20
      あれは一応、家庭の品でできるせめてもの対策として
      それなりに有効ではあるんだよ。
      (「地震時に机の下の潜る」レベルで。)
      爆心地じゃ素人が何やっても駄目なのは当たり前じゃん。
      周辺地で爆風やガラスの破片等をしのぐのには
      作中でも機能していた。初期放射線量が低下するまでの期間
      奥に籠って保存食糧でやり過ごすという基本方針も
      現地の一般人にはそれぐらいしか出来る事はない。
      問題は、あの夫婦(に代表される平均的な国民)に
      放射能に関する知識の啓蒙が決定的に欠けていた点だろう。
      飲料水のビンを割れるのが当たり前な卓上に置いて駄目にし、
      湿気た倉庫は膝痛に悪いからと嫌だと入らず
      気晴らしに出歩いて日光浴したり、雨水は沸かせば大丈夫とか。

      • +4
  8. 爆撃で箱の周りが燃え始めたらいい感じなグリルになりそうですね

    • 評価
  9. 日本も防空壕という実際使う時には蒸し焼きになり
    相当問題のあった空襲対策道具もあったし、世界各地に
    こういう妙な道具があったのは仕方ない

    • +8
    1. ※12 イギリスにも日本同様の穴掘ってトタンを屋根にした防空壕がけっこうあったそうだね。日本同様、掘れる地面はあるけど豊かでない人たちの個人宅向け防空壕だったそうだ。
      日本の個人宅で住宅密集地だと地面が余ってないから、防空壕として部屋の畳を上げて床下を掘り、蓋をつけるものがあった。これなんかが記事のシェルターベッドに設置位置としては近いのかな……。
      こっちは竹槍だったけどイギリスは鉄パイプ槍(こっちの竹同様入手しやすかった)だったとも聞くし、物資が不足すると人がやることはどうしても似てくるのかも。

      話変わってロンドンっ子のやけっぱちジョーク、ロンドン大空襲の後の焼け跡に立てられた立て看板『ティーパーティーの会場はあちら』の画像が悲愴だけど人の底力を感じて好きです。そうだよね、どうにもできない最悪の状況だとなぜかすぐに泣けないし、とりあえず今生きるためにとりあえず笑いの種を探すよね、時間経ってようやく泣けるよね、それは自然なことだよなって。

      • +4
  10. デジャヴ?まあ、こういうのは何回読んでも良いけど

    • +1
  11. 日本でも「耐震ベッド」や「防災シェルター」の名前で類似の製品が販売されています。
    住宅全体の補強よりお手軽で補助金制度もあります。

    • +8
  12. こんなところにいて火災でも発生したら逆に逃げ遅れる

    • +8
  13. 閉所恐怖症としては万一これに閉じ込められて
    自力脱出できなくなるくらいなら死を選ぶ

    • +1
  14. 阪神大震災の時、就寝中に上から落ちてきた家具の下敷きになって亡くなった人が多かったと聞いたことがある。布団で寝ていた人が亡くなり、炬燵で寝ていた人が生き延びたとも。

    確かに空襲にあたっては多方向からの衝撃も考えなければならないのだろうが、家屋が倒壊、あるいは落下物から就寝中の身を守るという点ではとても優秀なケージなんじゃないのかなあ。

    横も網ではなく金属で完全に密閉してしまうと、今度は捜索のときにお互いの声や音などが届かなくて発見が大幅に遅れそうだし、もしかしたらそのせいで亡くなる人も出てくるかもしれない。

    このベッドの中に懐中電灯と水と食料と多少の工具(緊急脱出時への備え)を持って寝ていればかなり優秀な防災グッズになると思うのだけれど。

    • +13
  15. 行政の対策で思い出したけど、災害時に避難する先が、今どき体育館、公民館しかないというのはどうなんだろう。体育館で雑魚寝を考えると避難したくなくなるんだけどね。

    • +1
    1. ※24
      10年に一回使うかどうか分からない
      一万人規模のカプセルホテルでも作るの?
      その金あったら河川改修に使おうや。

      • +1
    2. ※24 最近は体育館とかの中でもプライバシーや快適性保つための工夫が進んでて、専用段ボールで授乳室や着替え室作ったり、ベッド作ったりしてる。クーラーも今回大量に入ってる(それでもこの猛暑だと足りるか心配になる)。
      日本だと災害が多種類あって丈夫な建物じゃないと避難所にできない事情もあるし、仮設住宅建つのも他国に比べれば早いほうらしい。
      避難所が体育館になるのも仕方ない。
      仕方ないなら、こういう避難所の快適性高める工夫を応援したいな。他国からもいいとこ取りで、災害関連死をどんどん減らしたらいいよね。
      ちょっとTwitterで話題になってたイタリア避難テントもどきを体育館内で設置するとか。

      ※28さんのおっしゃるとおり、予防の予算もとても大事だけど、起きちゃった時の対策予算も大事だよ。そこまで予算を用意できない国ではまだないはず。

      ただ、避難所指定されてなくても、熱中症対策に体育館と学校と職場にクーラーはつけたいところ。猛暑もここまで来るとミニ災害感ある。

      • +1
  16. そもそも檻は要らないし、高さを上げれば快適じゃん。
    ・・・って、二段ベッドでいいじゃん。

    • 評価
  17. 当時のホームガードっていうイギリスの自警組織が、パイプにナイフを溶接しただけの槍でドーバー海峡を渡って来ようとするドイツの機甲師団を迎え撃とうとしたぐらい、この時期のイギリスは切羽詰まってたところがあるからな…

    • 評価

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