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18世紀のフランスで、助産婦の研修に使用された布製の実物大教育用マネキン

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 生成りの布で作られた小さな子どもの人形が、布製の子宮から出てきている。これは、分娩を学ぶために作られた史上初の実物大マネキンである。

 18世紀の産科のパイオニアである、フランス人女性のアンジェリーク=マルグリット・デュ・クドレーは、このマネキンを使って、地方の女性たちに分娩時の子どものとり上げ方を実践的に教えた。彼女は当時のフランスの産科医療に大きく貢献したのである。

助産婦教育用マネキンを作り出した女性、アンジェリーク

 この助産婦教育用マネキンを作り出した、アンジェリーク=マルグリット・デュ・クドレーは1715年に、中世フランスのクレルモン=フェランの高名な家庭に生まれた。

 若い頃のことはあまり知られていないが、25歳のときに3年間の年季奉公をつとめあげて、パリの外科大学を卒業したことはわかっている。

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18世紀のフランスで起きた助産婦排除の動き

 この頃、自らを外科医と称していた男の開業医たちと助産婦との間に確執が起きた。男の医者たちは、これまで、分娩を助け、妊娠時から出産後まで妊婦の世話をしてきた助産婦を排除し、医療と健康に関することはすべて自分たちが担当すると断言し始めた。

 彼らは自分たちの現代的な科学技術のほうが、助産婦が行う民間療法よりも母体や胎児のためにいいと主張したのだ。

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image credit:Frederic BISSON/Flickr

女性が産科を学べなくなる。立ち上がったアンジェリーク

 アンジェリークが卒業してすぐ、学校は女性が産科を学ぶことを禁止し始めた。この決定に驚いた女性たちは、助産婦になるために適切な指導が受けられるよう抗議、要求し始めた。アンジェリークはそんな女性たちを支援する側についた。

 適切な産科教育か受けられないと、訓練なしで分娩を続けることになり、却って患者のために良くないと主張し、さらに、きちんとした教育がなされなければ、助産婦が足りなくなると断言した。

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image credit:Ji-Elle/Wikimedia

当時の産科医療に大きく貢献したアンジェリーク

 医学界はこの訴えを聞き入れ、再び女性たちは分娩技術を学ぶことができるようになった。アンジェリークの支援の役割が大きかったため、彼女は有名なオテル・デュー・ド・パリ病院で助産婦長として指名された。

 1759年、アンジェリークはルイ十五世と謁見し、乳児の死亡率をを減らすために、地方の農民の女性たちに助産術を教えるよう依頼された。

 1760年から1783年の間、アンジェリークはフランスじゅうの地方に出向き、貧しい女性たちに自分の幅広い知識を伝授した。

 この間、40以上のフランスの都市や地方で、およそ4000人の生徒、500人以上の男性外科医や内科医たちに直接指導したと言われている。

助産婦の研修用に作られた精巧な布製マネキン「マシン」

 地方の助産婦の卵たちの助けにするために、アンジェリークは実物大のマネキンを作成し、”マシン”と呼んだ。

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image credit:DITTRICK Museum Blog

 これは、布や革に詰め物をしてこしらえた女性の下半身のモデルで、ときに本物の人間の骨を使って胴体部分を作ることもあった。

 さまざまな糸ひもや革ひもを産道や会陰部に見立てて、分娩の仕組みをデモンストレーションした。胎児のマネキンの頭には、ちゃんと鼻や耳が縫いつけられ、インクで描かれた髪の毛、口、舌まであった。

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image credit:DITTRICK Museum Blog

 この”マシン”は細かいところまで正確で、外科大学が分娩法の練習教材にふさわしいモデルとして認定したものだ。

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image credit:DITTRICK Museum Blog

 アンジェリークは、フランスじゅうをまわって講義した内容すべてを「Abrege de l’Art des Accouchemens(Abbreed of the Art of Delivery)」という本にまとめた。38章にわたって、女性の生殖器、適切な胎児健診、助産、出産時のさまざまな問題、22ヶ月も妊娠していた珍しいケースなどが網羅されている。

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image credit:culture.gouv.fr

謎に包まれたアンジェリークの死

 アンジェリークは1794年4月17日にボルドーで亡くなったが、その死は謎に包まれている。当時は折しもフランス革命のさなか、敵を一掃し、外国の侵略から国を守ろうとしていた恐怖政治の時代だったためだ。

 アンジェリークはそれまでルイ15世によってその身分を保証され、仕事を委託されていたため、秘かに処刑されたのではないか、と考える学者も多い。享年82歳だったので、単に高齢のため死んだと考える者もいる。

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image credit:culture.gouv.fr

 アンジェリークのマネキンは現在、ルーアンにあるフローベル医療歴史博物館に所蔵されている。

References:Wikipedia / Geri Walton / DITTRICK Museum Blog / amusingplanet/ written by konohazuku / edited by parumo

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この記事へのコメント 43件

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  1. マネキンもこの方の生涯もとても興味深いけど「22ヶ月も妊娠していた珍しいケース」が何より気になって仕方ない

    • +25
    1. ※1
      俺も22ヶ月ってのが気になってしまった。

      成し遂げた仕事は偉大だと思うけど、このマネキンは、かなりホラーを感じます。
      ホラーゲームのサイレントヒルの情景が脳裏に蘇る。

      • -10
  2. 同じモデル作ったら今でも十分実用性がありそう。

    • +31
  3. は 迫真のリアリティ・・  布なのに・・・

    • +21
  4. 布製でどこか微笑ましさを感じる
    出産の際助けてくれるのはやはり同じ女性の方が安心できるよなあ

    そういえば日本でも近年病院の出産が主流だったけど産科医や産婦人科が減少してる今
    助産婦制度も見直されつつあると聞いたことある

    • +25
    1. ※5
      >日本でも近年病院の出産が主流だったけど産科医や産婦人科が減少してる今
      >助産婦制度も見直されつつあると聞いたことある

      そんな事はない。
      助産院での出産率は
      相変らずごく少ない上、減少を続けている。

      一部のナチュラリスト等に持ち上げられているけれど、
      大多数の一般妊婦は「いくら経過が順調でも
      分娩時に急変することは間々ある」
      「提携先の病院があるとはいえ、
      その場ですぐ緊急帝王切開に切り替えられるのに比べ
      搬送時間のロスは怖い」といった判断で
      それなりに設備が整った産科を希望する人がほとんど。

      • +10
      1. ※17
        助産院というか、簡単な助産施設でいいから求めてる地域はあるよ
        北海道だけど、道東、道北が本当に産科不足なんだよ
        一番近くても車で3時間以上とか。少し前の新聞では冬に分娩の為に車で移動している間に吹雪にあって、あやうく閉じ込められるところだったけれど無事に着いたけど、自分と同じように吹雪で遅れた人の赤ちゃんがチアノーゼを起こして運ばれていた、という記事を見て、本当にせめて簡単な施設でもあればと思う(分娩異常の場合はそこから搬送)

        • +9
  5. 尊敬する
    近世とはいえ革命前だし、まだまだ色々なことが『これから』だった時代にこういう活動が出来たとかすごすぎる
    立体的なモデル=マネキンを使って、っていうのが教わる方も解りやすかっただろうし、またこのマネキンが布製っていうところが(授業とは無関係かもしれないけど)温かみを感じるし、実際女性の身体と赤ちゃんだもの柔らかさの表現としてもぴったりだと思う

    いい記事をありがとう

    • +56
    1. ※8. 同意!本当に尊敬する。いい記事をありがとう。私からも感謝。

      • +15
    2. >男の医者たちは、これまで、分娩を助け、妊娠時から出産後まで妊婦の世話をしてきた助産婦を排除し、医療と健康に関することはすべて自分たちが担当すると断言し始めた。

      実際に産むのは女なのに、なんで今も昔も男は女を排除しようとするのか?
      出産は物理的に母体と子供を分離するだけじゃなく肝心なのはそれに伴う痛みの問題。でも男にそれがわかるわけない。痛みっていうのは主観的だしそういうのは精神的なケアに左右される部分がかなり大きいんだから、出産に女手は必要不可欠に決まってる。
      現代は出産の痛みが体験できる機械もあるんだから、文句がある男はそれを体験してから言えばいい。(というか、出産に関わる医療関係者は全員体験すべきでしょう。あれで死ぬことはないんだから。

      ※8
      自分も同意。
      現代でも子供の性教育とか妊娠~出産のメカニズムとか、こういう布のマネキン使ってやったらわかりやすくていいと思う。
      マネキンの顔がどうとか言ってる人がいるけど、そんなの本当どうでもいい。

      • +22
      1. ※19
        そこんとこ詳しく知りたいなら「魔女・産婆・看護婦」という書籍をお勧めする。
        医学・薬学を司り、それ故忌み嫌われてきた女性が近代医学の台頭で如何に周縁へと追いやられていったかという経緯を知ることができる。

        • +3
      2. ※19
        男が女を排除したがるというより、
        初期の栄養学なんかにしてもそうだけど、
        経験則による民間療法を非科学的として見下していた
        近代の「科学至上主義」的な要素が強いように思う。

        そして、そういう医科学を修めるのは男の専売特許で
        頭の弱い女なんかに高度な学問が理解できる訳がない、
        という偏見的な社会背景のせいで
        (「男性産科医」と「女性助産師」のみで、逆はない)、
        2段階建ての間接的な女性締め出しになった感じで。

        • +5
  6. 立派な仕事だとは思うけど、もうちょっと何とかならんかったのか、顔…

    子供二人産んだ自分でも、こえーよ…

    • -25
  7. 出産に立ち会いながら
    「これ、進◯ゼミでやったところだ ! 」
    みたいに

    • +27
  8. 凄い。こんな人がいたんだ。努力と功績に感服するよ
    現代では母子の死亡率低下の貢献に産科医の存在はとても大きいが、
    19世紀オーストリアで医師による自身の手や器具の消毒の重大さが認知されていなかった為に、同じ産科の病棟でも助産婦が行う分娩に比べて医師が行う分娩では産褥熱の発生が非常に高くなるという自体が発生していた。センメルヴェイス・イグナーツというハンガリー人医師が塩素水による器具の消毒を徹底した病院ではそれをする前と後では妊婦の死亡率が30%から3%と10分の1になった…
    それこそ、昔は6人も10人も元気に産む人もいれば、初産で死んでしまう人も少なからずいたけれど、医師の手についた黄色ブドウ球菌の為に次々と感染して死んでしまっていた時期があったことは本当に痛ましい

    • +35
  9. これ相当非難されただろうし、変人扱いされただろうね。
    昔のヨーロッパって今じゃ考えられないくらい性の知識を隠されていたから、
    若い女性にこんなものを見せる事自体異端扱いだっただろう。
    時代が時代なら魔女扱いされて火あぶりになってたかもね。

    • +1
    1. ※18
      女性が性的欲求を持つこと自体が「ヒステリー」という病気にされた時代ですからね。
      その「治療法」も調べると今だとちょっと笑えるし。
      自分からそれらの医学的知識を求める女性が
      如何に異端視されてたかは想像がつきます。

      • +9
    2. ※18
      産婆さんは全然OKだよ。それに、女性が女性の裸を見るのは大丈夫だよ。例えば、画家になる為のヌードデッサンでは女性が裸体の男性モデルを見る事はだダメだったけれど、女性が裸体の女性モデルを見て描くことはOKだったよ(後の時代にはどっちもOKになるけど)
      それと、異端尋問と魔女狩りは違うんだよ。例えばカトリックは魔女は信憑性に欠ける存在としていて、魔女裁判でも多数が無罪(刑罰も軽微なものが結構あった)になったけれど、異端尋問には容赦しなかった(自分達の立場を脅かす確かな脅威なので)

      • +11
      1. ※28に補足
        魔女狩りの時期には産婆さんもターゲットにされたけど、性の知識を持っているからといって産婆自体が非難されてきた歴史はないよ

        • +3
  10. 22ヶ月もお腹の中にいたら相当大きく育って産むのたいへんそう

    • +4
  11. 分娩解除の実習で使う「骨盤付きファントーム」という教材があります。
    材質や細かい部分は改良されてますが、基本的なデザインと機能ほとんど変わってないようです。
    この人がルーツだったとは。すごいですね。

    • +21
  12. ルイ15世も理解あるなぁ
    やるじゃんと思ったけど
    もしかしてポンパドゥール夫人の口添えもあったのかな

    • +14
    1. ※23
      国政面では頼りないルイ15世に、二度の流産経験を踏まえて口添えした可能性はあるね。浪費癖はアレだがただの愛人じゃない、いわゆる女傑だったわけだし。

      • +3
  13. 二階&ハム「死産でした」
    教授「直しとけ」

    • +13
  14. この時代って今のような自然すっぽんや帝王切開なんてなぜか
    消えちゃって、穴あきの椅子に母体を縛り付けて、そのお腹を
    たくさんの人で叩きまくるという書いている自分も意味わからん
    という恐怖の出産だったのとフランス人がはじめて現代の出産へ
    変えた。その転換期の道具だと思うと当時の産婦や助産婦の人から
    見たら命に匹敵する道具だぜ

    • +4
    1. ※27
      叩きまくるってヤバくない?なぜにこの時代それがヨーロッパでメジャーな分娩法法になったん。ていうか本当にメジャーだったのだろうか

      • +3
      1. ※30
        誰でも彼でも無闇にやるのは害悪でしかないけど、
        医者や助産師が妊婦に馬乗りになって
        体重かけてグリグリ腹を押すのは、今でも時々あるぞ。

        帝王切開での開腹が必要な程の根本的な難産ではないが、
        妊婦のいきみが弱くて出かかってるのがなかなか出きらず
        「早く生まないと胎児が衰弱でそろそろヤバい」
        ってなってきた時、最後の一押しでグゥ~~~ッとやる。

        • +8
        1. ※36
          なるほど、そういう助産の方法なのか。ありがとう

          • 評価
    2. ※27
      帝王切開といっても、
      古代は死亡(ないし救命不能な瀕死)の母体から
      ダメ元で埋葬前に赤ん坊を取り出してみる程度の
      臨終儀式だしなぁ…。
      16世紀ごろからはポツポツと母体生存例も出始めるが、
      基本的には19世紀末に術式が改善されるまでは
      7~9割方の母親が死亡する術後傷放置の切腹入刀で、
      「どうせ死ぬなら、何もせずただ待つよりは
      せめてイチかバチかで腹を裂いてみよう。
      運が良ければ傷が塞がって生き残る奴もいるかも」って感じな、
      ある意味、腹を叩きまくるよりも遥かに荒っぽい所業。

      • +9
  15. レントゲンやエコーとか、自分の中を知る技術がなかった時代で、ここまでリアルな人形があったら、そりゃ驚くだろうけど(笑)知識として学業としてだけじゃなく、自分がこうして。自分の子がこうやって。て言う感動もあっただろうなぁ。色々凄いお方だ。

    • +7
  16. 22ヵ月って凄まじいな
    11ヵ月でさえ大きくなりすぎて大変なのに

    • +3
  17. 22ヶ月妊娠は恐らく妊娠じゃなくて腫瘍では?
    当時は判断できないだろうし

    • +2
  18. 22ヶ月の妊娠期間のやつは、
    そもそも生きて出産されたんだろうか?

    死産ってか、腹の中で死んだまま石化したりして
    何年か経ってから出てくる、みたいなのは稀にあるが。

    血流不足などによる胎盤の発育遅滞で
    出産できるほど胎児が育つまでに通常より長くかかるケース
    もあったりするが、生存児で22ヶ月はさすがに長い気が…。

    • +5
  19. 本当に素晴らしいの一言…
    女性が知識を持つ事が叩かれた時代に、これだけ精巧な模型を作り教育して回ったなんて、どれだけ家がお金持ちでも情熱があっても出来る事ではないよ
    私は現在妊娠待ちだから産科婦人科に携わる方々に感謝の日々だわ
    田舎住まいのせいもあるにしても、今の時代の日本でも産婦人科選びは大変だよ
    この方の行動と教育で沢山の助産婦さん達が活躍された=たくさんの赤ちゃんが無事に産まれたんだと思うと、本当に胸が熱くなるね

    • +8
  20. ほんとに素敵な記事をありがとう。
    もう少し分かりやすく改訂して、
    小学校1年生くらいか、それ以下で
    この教材で習うといいのでは。
    妊婦さんや赤ちゃんに対するいたわりも
    生まれると思う。

    • +2

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