この画像を大きなサイズで見るYOUTUBEチャンネル、人生の学校では、日常の疑問、心理学や思想史、哲学などを動画形式で紹介している。
ふと孤独を感じたり、なんとなく自分だけ仲間外れのような気分になったことはないだろうか?心の奥からふつふつと湧き出てくるひとりぼっちの感覚。
その正体はいったい何なんだろう?
「人はなぜ?孤独や疎外感を感じるのか?」という興味深いテーマが取り上げられていたので見ていくことにしよう。
私たちはいつも向かい合っている自分の内側から自己を知る。
だが、他人についてはその選択や話す内容からしか分からない
私たちは常に強烈な希望・欲求・記憶にさらされ、それゆえに無力感を感じる。だが他人については、彼らが明かしたことからしか分からない。
私たちに与えられるのは、他人の現実についての不完全なヒントだけだ
その結果が「心理学的非対称性」である
この画像を大きなサイズで見るそれは自分はいつも他人より劣っており
不安・怒り・妬み・ストレスなどのひどい経験ばかり起きるという錯覚だ。
だが本当はただ自分しか見えていないだけだ
その結果、孤独を感じ、臆病になる。
私たちは他人もまた同じ苦悩を味わっていることを知らない
ゆえに疎外感を感じ、自分は生まれつき変人で、不快な人間だと思い込む
それは誰も知らない闇だが、実は誰しもが同じだ
まさが相手にもそんな弱さや心の狭さがあり
ひねくれた考えや理想主義的な考えが始終心に浮かんでいるとは
夢にも思わないのだ。
この画像を大きなサイズで見る他人に怯え、引っ込み思案になる。
地位が上がると、前任者とあまりにも違うという思い込みから、自分がまるで詐欺師のように思えてくる。
退屈な平々凡々とした考えに囚われ、他人の間違ったイメージを真似するようになる。
心理学的非対称性の処方箋は芸術と愛だ。
この画像を大きなサイズで見る芸術は赤の他人の内面の正しいイメージや、自分だけだと思っていた苦悩や希望を他人も味わっていると教えてくれる。
愛は深い安心感を与え、他人にとって自分が本当は何者かを明かし、親密さの中で相手の立場をも学ばせてくれる
これを克服するには、証拠がなくても信じねばならないことがある。
この画像を大きなサイズで見る誰だって意外にも自分に近く、見た目以上にシャイで、心配性で、不完全だということだ。幸いにも、みんなそれほど変わり者でも、特別でもない。
だって人間だもの。みんなが同じように悩んでいるのだ。
この画像を大きなサイズで見るvia:Why We Feel Lonely and Odd/ written by hiroching / edited by parumo
















何故孤独感やら疎外感やらを感じるか?
だって人間は社会性の鎧で身を守って生きる生物だもの
かつては社会から弾かれたら死に直結してた訳ですし
本能的に恐怖感じないと不味いんじゃないかね
気にするな
こっちが気にしているほど向こうは気にしちゃいない
頭では分かっていても心で分かるのは難しい
てか動画のサムネイルこわ
※4
よくわかる
心で理解するには何が必要なんだろう?
アートには期待し過ぎちゃう?
脚色や誇張、欺瞞、尊大さが多過ぎる気がするな
※5
本来アートは自分の感じたままに感動するものなのに余計な権威づけがそれを阻んでいる
日本の高尚ぶった拝金主義的なものに触れてたらそう感じるだろうね
貴志祐介の極悪鳥になる夢を見るっていうエッセイを読んでみたらまた考え方が変わるかもよ
美術品を作者独自の解釈を試みるっていう章があるんだけどアートって本来こう見るもんなんだよなって思い出させてくれる
※5
アートって言葉に期待しすぎてるのは貴方なんじゃないかな、きっと。
確かに誇張、欺瞞、尊大さで塗り固められたものもあるけど、そんなのアートの本質じゃないよ。
「アート」ならなんでも受け入れろ、賞賛しろ、ではなくて、色々見ていって自分が素敵だと思ったものを心に留めておけばいいんじゃないかな。
結婚式に呼ばれなかったことやグループラインで自分だけハブられた時かな。
それを知ったことで疎外感を感じたことならある。
億万ぼっちか
でも精神病の奴は大きく違うからな
勘違いするなよ
とは言うものの…
いい記事だね。
いいものを読ませてもらったよ。
孤独を好むのは君子の心境なんよ
なるほどねー。
面白い視点。
まぁでも、ね。
愛が処方箋なら俺には解決不可能だな
※14
それが不可能だと思うことこそが、この記事の内容なのかもね
でもたぶん、大丈夫だよ
みんなそうだもん
※14
愛されることは予測不可能だけど
愛することは100%可能
って昔の偉い人が言ってた
※14
そんなあなたに仏陀の教え。
米14
誰かに愛を求めるのはリスクが高いし、難しいかもしれないけど
自分が自分自身に愛を贈るのはノーリスクじゃない?
鏡を見ながら自分をほめると、とても安心するんだ。
気持ちがこもってなくてもいいから、
先ずはそーいうのからやってみればいいと思うけど、どうかな?
※14
いつの時代も「愛」は「無関心」としてやってきて、それを受け入れることで「愛」に変化するもんだ。
誰もあなたなど見ていない、自由に行け。という歌詞に救われましたなぁ昔。
数年前に同窓会が開かれていた事を偶然知ったときぃ~ ♪
アートって言ってもよく分からん抽象的な絵画のことだけじゃなくて色々ひっくるめた創作物全般のことでしょ
小説やマンガでだって普遍的なヒトの不安や苦しみを共有して「自分だけじゃない」って安心することができるし、もっと言えばありきたりなJPOPの歌詞だってそういう意味では捨てたもんじゃない
共感能力の無いサイコパスは 疎外感も孤独感もないんだろうね だから少なくとも自分はサイコパスじゃないと安心できる 疎外感も孤独感もないからといってサイコパスではないけどね
芸術はともかく愛が処方箋と言われたらもう無理
何故、孤独や疎外感を感じてるかって?
それは自分以外に何かを期待したり信じたりするからだよ。
それらを一切感じる事の無い簡単な方法がある、社会とは切り離された生活をすればいい。
別に絶海の孤島や人里離れた山奥などに移住せずともそれは出来る。
自分以外何も信じない、他人に期待しない、他人を信じない。
自分はこれが日常なんで疎外感や孤独なんぞ全く感じない。
愛とやらは安心感を与えるものかも知れないが、同時に取り返しのつかない深い傷を負うリスクも孕んでいる、そんなリスクをかけてまで得る程大層なものでもなかろうに。
※21
これは「孤独に苛まれてそれをどうにかしたい」と望む人に向けての記事だから貴方の意見とは主旨がまったく喰い違う。
貴方にとっていらないもの、価値のないものでも他人がすべてそうとは限らない。
>>21
人間が個人に対して社会側として振る舞える立場の時にできる事を高めようとしないで個人責任にする方が人の真の社会的な倦怠であると思うよ。
自分は子供の頃から1人が好きで、「孤独感」というものを感じたことがない。誰とも喋らなくても平気、友達と呼べる人はいない。自己分析するとすれば、4人兄弟で育って今も両親元気で帰省すればワイワイ賑やか、兄弟とは切りようがない縁がある、という環境だからかな。普段はとにかく1人で行動したい、人の話に興味がない、人に話したいこともない。仕事は問題ないし、必要なコミュニケーションはとってる。
前コメントの>>は>>22の間違いになります。
ワイ、ソシオパス孤独なんて全然感じない
みーんな努力してるのに、劣等感を感じながら努力もしなかった私は、今とても辛い思いをしている。
結局、劣等感が強いのって、努力してないからなんだろうな…
愛が処方箋ってのはある意味ふじの
一人で自己完結で耐えられる人は、特殊なスキルを持ってる人だと思うよ
幼い頃から一人で考え 一人で戦い 一人で解決してきたのだと思う。
人類の大多数の人は、周りに家族がいて友達が居て常に他者と感情を共感し
相談して失敗しないように、周りの考えを聞いて行動して生きてきた人が多いから
考える、思考すると言う事が得意な才能持ち主は一人でも生きられる。
でもそれはきっとレアなスキルで誰しもが出切る訳じゃない
人と接していないと生きていても死んでるのと変わらないと感じる人の方が大多数
金の切れ目が縁の切れ目と言う言葉もある。
金と生活基盤、この2つがあれば安心でしょ。
愛?、そんなあるかどうかも疑わしいものより確実に自分を守ってくれるものの方がよっぽど安心するよ、他人なんていつ裏切るか分からないのだから。
愛と芸術から学べる事。
孤独と仲間はずれと自分抜きで盛り上がってるの見せられるのは
割と別カテゴリだからな
逆でしょ、寧ろそんなものがある(と信じ込まされてる)から寂しさとか孤独とかを感じるんじゃないの?
俺は迷わない。目の前に敵が現れたら叩っ斬るだけだ
あんまり心理学なんて気にしない方がいい。
何がそうであると証明されたとこで、役には立たないよ。
素直に正直に生きてれば見えてくる。
正論ズバッと言われたところで響かんよ。そういう葛藤こそ人間らしさなんだから。
安易に正解を作り出したらつまらんよ。
>芸術と愛が処方箋
終わった……
私の幼少時には花いちもんめという残酷な遊びが行われていたんだけど今もやってる子供はいるんだろうか
今しかない、ここしかない、自己しかない。
過去は単なる記憶、未来は単なる希望。
自灯明、法灯明。
人間は知性と欲求を手に入れた代償として複雑で、かつ簡単な心理状態を手に入れた。
その代償は良くも悪くも人間が求めたモノでもある。
それでいくら苦しもうが自業自得に変わらない。
だが、マイナスだらけではない事も確かな事。
人形が糸に操られる様に、操るモノも操られる。
光と闇は相容れぬ相対的な存在。
しかし、一対が消えてしまうともう一対も消えてしまう。
受け入れる事はとても大変だ。
一方で、とても簡単なのだ。
知る喜びもあれば知らない喜びもある。
だからこそ、人間は自ら歩み、
喜び、悲しみ、苦悩する。
だからこそ、糸によって操り、
また操られ、未来という空想を創り上げるのだ。
*17
中野信子さんの著書「サイコパス」によると、
サイコパスは疎外感、孤独感の塊のようです
他人を理解することは絶対に無理、それは分かるんだけどねぇ。
ゆえに他人も孤独を感じている、ってとこを納得するのも無理なんだよねぇ。
芸術性も愛する相手も持ち合わせてないのでねぇ・・
「愛」をいいことのように語る人が多いけど、執着って意味だからね。
他人なんかいないの。
天上天下唯我独尊。
己しかいないの。
心の状態で天国にも地獄にもできるの。
コメ読んでると愛についての解釈が私とはちょっとちがうなーって…
愛を与えられたら孤独が癒されるという都合のいいものじゃなくて、
何かを愛することによって自分の心が癒されるのだと私は思います。
そこにはリスクや期待外れなど残念な結果はないです。
誰かに認められたいという欲求は孤独や疎外感とは違うと思う。
おまえらほんとになやんでんのかよ。