この画像を大きなサイズで見るAdvertisement
現代における西洋の資本主義、大量消費社会に警告を促すこれらのイラストはイギリス、ロンドンを拠点に活動しているアーティスト、スティーブ・カッツの作品だ。カッツは、以前広告代理店で、世界的なブランドの様々なキャンペーンのイラストレーターとして活動していた経緯がある。その反動も大きかったのだろう。今では社会の在り方を揶揄した作品が多い。
この画像を大きなサイズで見る
この画像を大きなサイズで見る
この画像を大きなサイズで見る
この画像を大きなサイズで見る
この画像を大きなサイズで見る
この画像を大きなサイズで見る
この画像を大きなサイズで見る
この画像を大きなサイズで見る
この画像を大きなサイズで見る📌 広告の下にスタッフ厳選「あわせて読みたい」を掲載中













洋の東西を問わずだと思うけどなぁ近年は
素晴らしい!
いくらで売ってくれる?
※2
本当これですよね。資本主義の本質。全ての注意を集める行為は本人が意図していなくても富の集中に寄与している。たとえ寄付でも、それが次への布石に過ぎなかったりする。
資本主義を破壊することは不可能。世界中の市民が資本主義を避けようとすればするほど、一部の人が市民を難なく食い潰せるようになっていくから。
日本じゃなかなかこういう毒のあるアートが流行らないねぇ
こういうクリティカルな部分を忘れたくないと思うけれどね
一番最初のモンスターMondayが襲来して人が逃げまどってるの好き
食品工場で働いたことがある人なら経験してると思うけど、ほんのちょっと形がイビツになったりしたら即廃棄。
あれは勿体なさすぎてメンタルがヤられる。
結局さあ、経済の目的が「みんなで生きること」じゃなくて「資本を増やすこと」になっちゃってんのが本末転倒なんだよなあ・・・
※6
本当にそれ
ごく一部の連中の為にやるような勢いの経済じゃ、人も労働力として消費対象と見なされているわけだし、地球もモノとして経営的な資源かつ一方的な消費物の対象と見なされてしまっているのが現状。地球を削って紙切れのカネ出してる絵がまさにこれ。機能不全な思想と社会経済システムが根幹にあるせいだろうね。
善人よりも金を持ってる奴が偉い社会だからな。
おかしいと思わないほうがおかしい。
早く資本主義崩壊しねーかなぁ
限り有るエネルギーや資源を消費して経済を拡大し続けるって、皆で崖に向かってチキンレースしてるようなものだね。
資本主義はフロンティア経済だから、新たな市場、新天地がないと持続しないとあった。
量的な市場はすでに出尽くした感があるから、残りは質的な市場だけのようだけど、そうなると社会と環境が耐えきれるのか心配だ。
こういうのは、戦前の世界大恐慌からあるよ。ソ連がプロパガンダとして白黒映像で制作してる映像がある。「資本主義社会は自殺する為に高層ビルを建築してる」と。
でも対抗する共産主義も社会主義も今や崩壊してるからね。
日々の“〇〇が欲しい”“〇〇が食べたい”と思う小さい動機自体が、資本主義社会の原動力でスタンドアローンを産み出してるんだよ。
誰と打ち合わせた訳ではないのに自然と特定の消費や消費傾向が発生する。
車は赤血球、道路は血管。経済というマクロの生命体だから。
縄文時代に戻りたい、そしたら俺土器アーティストで生活するは。
世の中に株と金利の存在がなくて現金だけだったなら、
これほどまでに実体のない富の偏り、大好況と大不況の波、過剰な消費の喚起、はないような気がする。
経済学詳しくないから、株と金利がないとどんな弊害がでるのかよく知らんけど。
※15
縄文土器には時代と地方で「作法」があるから、そこを打ち破れれば
土器職人になる事は不可能では無いかもね。
でもソレするくらいなら窯の作り方覚えて陶器に移行させた方がいいかも?
あと、土器は「意図的に割る」習慣もあったようだ、宗教的なものなのか
もっと軽い験担ぎ的な物なのかまでは判らないが。
弥生時代の大型土器なんかは意図的に上下半分に割って埋葬などに使われているよ。
埋蔵遺物整理のパートやって大型土器の洗浄もやった時に担当社員の人に聞いた。
搾取は大前提が資本主義だからな。
奪うものと奪われるものがあってこそ成り立つのが資本主義。
こうなって当たり前。
貧乏は嫌だけど働く能力も大してないし、なのに物価は上がり続けてるからなぁ
なんか、個人的には使い古された時代遅れの資本主義批判だなぁという感じがする
別に間違いはないんだけどこんな事50年前から言われてる事だ、未だに社会がそこから脱せていないだけとも言えるけど
少なくともアートは、それを見る人がこれまでに気がつかなかった事に気付かされるような、もう少し違う切り取り方を試みるべきだと思うんだよな
スマホを見ながら歩いてるゾンビは毎日見かけるな。時間・お金・視力を吸い取られてる姿は、正に生ける屍。しかも彼らはまるでその事に気づいていない。個人の勝手、と言う人もいるが、果たして本当にそうなのだろうか?
※19
ここ最近、物心付いたりしてる人も居るので
そういう人らには新鮮なんだと思うよ。
最後の絵は「このオッサンが叩きのめしたのかなー」って思うと楽しい。
やったッ!! さすがイギリス人!
俺たちにできないえげつない表現を
平然とやってのけるッ!
そこにシビれるけどあこがれないィ!
※19
すでに知っていることであっても、
忘れた頃に表現を変えて改めて突き付けることは必要だ
知っていることと人間性として根付くことは別だから
※19
うんざりするのは自由。
でも一つだけ確かな事がある。
人間は永遠に変われない。
残念ながらね。
この絵は農耕社会が始まって間もない1万年前であっても十分に通用する内容。
※19
知りながらも見ないふりをしている人に改めてそれを突きつけるのもアートの役目ではないだろうか。
とか言いながら作者も大量生産されたモノを常用してたりするんだよな
※20
スマホ・ゾンビの駆逐ってどうやったらいいんだろうねえ
でも資本主義社会のおかげで、この絵を高値で売ることができるんでしょ?
「全員」が「自由」で「幸せ」に暮らせる社会は成り立たないからちょっと仕方ないよね
地球には限られたリソースしか無いんだから
どうしてもそれがイヤなら、個人の自由を犠牲に、何から何まで管理されるような社会で生きるしかない
※22
売り物じゃなくね
人間がネコに運転されている図はアルアルだな。ある意味、人間の方が飼われているのかも?って思う事も有るもの。
※23
すべて管理される社会?既にそうなっていると思います。お気づきでない?例えばマイナンバーとか、住基カードとか、税金とか、保険とか、会社とか、学校とか、町内会とか、・・・ 人間は社会という名の管理された世界の中で、自己家畜化された生活を送る生物です。
資本主義批判してる人って当たり前に手に入ってるものが当たり前すぎてそれすら手に入らなくなる可能性があることを想像しきれてないよね。
目の前のPCなりスマホを庶民でも手にして愚にもつかない自己主張が世界に発信できるようになったのも資本主義のおかげだし、暑さ寒さ空腹をしのげるのも資本主義のおかげ。
断言するけど、資本主義にうんざりした今の世代でそれを終わらせることができたとしても
次の世代が復活させるよ。
石田徹也って画家思い出したわ
中学生がよくこういう批判的なポスター描くよねw
中2くらいの子がw
お、ムカデ人間かな?
イギリスの風刺は、海峡の向こうとちがって知性があるよな。
代案が描かれてないがない
20代まではこういうのに感心してればええけど
その先は代案にも責任持たんと単なる屑
※30
euphoriaでしょ。
悲しいね。自然の中で暮らす原住民に戻りたい
頑張った人が報われるのが資本主義の本質だったはずなのに頑張っても報われず、資本のある人間がない人間を使い潰す社会だもんな。そして潰れても代わりはいくらでもいると言わんばかりの傲慢さが露呈している。これじゃ経済冷えきるのも当たり前、まだ社会主義のほうがマシだろと最近は感じる
偶然にも昨日、「日本は物にあふれかえってるなぁ」
と思ったばかり。物に支配されすぎてるのかな?って。
そういう自分も雑貨とかすごい好きなの。
iPhonとかは便利でも欲しくないのに・・
※33
ポル・ポトのような原始共産は嫌である。
俺も石田徹也氏を思い出した。作風は全然違うけどネズミのラッシュアワーを描いたのと、「I CANT TAKE ・・・」って叫んでいるのを見て石田徹也氏の作品を連想した。そういえば石田哲也氏の作品にも人間を携帯電話とノートパソコンで操縦されるロボットのように描いた作品があったなぁ
広告代理店のイラストレーターやってた時大変だったんだなって。
金金金まったく浅ましい。だが金ほど分かりやすい価値基準も無い。
資本主義も社会主義も軍国主義も上手くやれば人はまとまり、多くの人がある程度の幸せは得られる。
道具に罪は無く、ただ人間のみが浅ましい。
良い絵だな、資本主義にせよなんにせよどんな思想も偏屈に偏るとこうなっちゃうわな・・・
こう言ったら投げやりだけど、資本主義より良いものが仮に生まれても
きっと新たな…或いは同じような問題で延々と不満を重ねるのが人間だと思う。
聖書の一幕でもありますよね。「知恵の実」を食べたことで楽園を追い出される
シーン。思考というものを持ったことが人間の延々苦しめる要素となった所以を
古代人も思ってた部分あるのでしょう。それが現代2000年過ぎても繰り替えされ
てるあたり哲学者や文学者に自殺が多いのも納得いく気がする。
資本主義に育てられたから文句は言えん
※45
農耕社会が始まって間もない頃にはまだ「お金」という価値観すらないよ。
人間自体は何も変わらないけど、人間をとりまく文化と社会は変わり続けている。それは決して普遍的絶対的なものではないし、私たちの価値観もまた同じ。
※46
少なくとも当たり前のように法律違反をしている企業達を野放しにしている日本には当てはまりませんね・・
犯罪や違法等を0にできてようやく「すべて管理されてる社会」と言える
※45
人間が変われないのは何でだろう?。簡単に変わることが出来れば世の中が良くなるのに。
※81
「明日は我が身」という言葉も、大人になったら学べてないとね。今あなたが享受している幸運が明日も続くとは限らないのです。地震・火事・交通事故・犯罪被害・リストラ・取引先の倒産・勤務先の倒産・病気・癌・家族の病気・家族の死亡・etc. 人間は一個人だけではたいした事は何も出来ません。日頃から敵を作らず、他人から助けを得られるような言動を心がけると、そうした不運から守られると思いますよ。「明日は我が身」そして「情けは人の為ならず」です。ご自愛を。
世の中はどこかおかしいのではないか?
という問いかけは世間ズレした大人になっても
常に心のどこかに持っておきたいね
スマートホンから得られる情報以上の利益が我々の周りにありますか?
シュールと皮肉がいい感じに混ざりあっている。
※49
農奴と王の関係は全く変わっていない。何が変化しているのやら。
※56明治時代に渋沢栄一は、行き過ぎた資本主義によって、ここに書かれているような弊害が起こることを恐れて、「論語と算盤」を書いている。
この本で、彼が言っていることは、例えば、資本主義を原子力発電所になぞらえた場合に、資本主義下での利益の追求は、原子炉の核分裂反応にあたって、当然ながらこの核分裂反応がなければ、電気は起きない。
けれども、原発は大量の熱を発生させてその熱が冷却されないと、暴走して爆発を起こす。
そのために、冷却システムが重要な意味を持ってくる。
そして、渋沢栄一は、その資本主義の冷却システムとして、「論語」の重要性を説いているのだけど。
もちろん、渋沢栄一の生きた時代には、原発なんぞないけれど。
要は、資本主義の暴走を抑えるための「クールダウンシステム」が、今の社会にないことが問題なんだと思う。
問題は人間の欲望を全肯定する強欲資本主義でしょう。
モラルが介入しコントロールする資本主義もあると思うよ。
消費者が買う必要があるモノがもう言うほどないのに、常に売り続けないと資本主義は成り立たないからなあ・・・
そらオワコン化するわ
普段は知的でユーモアに溢れたコメントつけてるカラパイアンのおともだちですら時代遅れの重商主義・清算主義的経済観を堂々と宣う辺り経済学の軽んじられ具合を感じて真顔になる。中高生ぐらいならまだ仕方ないけど不勉強で済ますにはあまりに深刻。
最後は動物っていうより貧しい国の人々のほうが適当じゃないか?
よく勘違いされてるけど、「資本主義」という言葉自体が産業革命以後、努力した人には富を築く権利があると唱えた市場経済の流れに対して、社会主義者や共産主義者が否定する為に作った言葉にしか過ぎないんだけどね。
実際に資本主義に対する反対者だったレーニンは、「人間社会は根本的に資本主義である」として、それを形作る根源である「愛」や「幸福」を求めない「一労働力」に作り変えないと社会主義、共産主義は成立しないと、各国の共産党員と共に資本主義の中で生まれた人権を敵視し、恐怖と暴力による人権破壊を掲げていた訳で…。
要は人間は人間であるがゆえに資本主義であり、それを変えるにはまず人間である事を変えないと無理って事なんだよね。
良くも悪くも…。
このままガンガン進化して太陽が消える前に銀河に漕ぎ出すやで!
資本主義経済が、大きく発展した理由に、実は、企業会計における「複式簿記」の導入があげられる。
複式簿記導入以前は、「単式簿記」で帳簿の記入や利益管理が行われていて、単式簿記ではお金とモノの流れが自分と取引相手との間で、明確に区別されずそのため、利益の確定に混乱が生じるなどの欠点があった。
その点を解決したのが、「複式簿記」であり、複式簿記では一回当たりの取引を「借方」と「貸方」に分けて帳簿に記入し、それらの積み重ねの中から利益の確定が、明確にできるようになった。
例えば、100万円を元手にして、何か商売を始めた場合、一番最初は「借方 現金100万 貸方 資本金 100万」になり、翌年、トータルで現金が10万円増えた場合、「借方 現金110万円 貸方 資本金100万円」になり、これで10万円利益が出たことが分かる。
もちろん、実際には様々な複雑な処理があるわけだけど。
ポイントは何かというと、「利益の追求を「借方」と考えた場合に、「貸方」になるものは何だろう」。こういう発想の欠落が、今の社会の「害」を生んでいると思う。
残念だけど、百万人が百万回は繰り返したような、すごくありきたりな資本至上主義・大量消費社会批判だな。
既存のモノと比べて、新しいものは何もない。
現行の資本至上主義・大量消費社会では、まったくの無価値だ。
でも君らはそんな今の社会の恩恵で生きてんだぜ。
それとも率先して生き方を変える度胸あるかい?自分一人だけだとしても。
こき使う機械にだってメンテやエネルギーがいる
金持ちが消費せず下に金を回さなかったら
神輿がすっころんで乗ってる奴も死ぬと思うね
でもこういう風刺を声高にいうとなら共産主義がいいのかみたいなずれた反論が返ってくるという
同じような、共産主義への風刺画も見てみたいね。
でもさーWW2の時も資本主義はもうアカンつって
ファシズムとか全体主義が取って代わっちゃったのよねえ…
そっちに行っちゃダメでしょていう。
あれがリバティー ユートピアのパロディ
※73
「知ってた」ですか?w まあ、私にもそんな時期がありましたww ところで「コロンブスの卵」という逸話を知っていますか?誰もが知っている事を”あえて”やって見せる事も人間にとっては必要な場合があります。誰もが知っていても「気づいていない」事が多いのが現実の社会です。「アメリカなんて誰でも見つけられた」と後から言うのは、それこそ「誰にでも」出来ることです。
海外では知性はまだ死んでいないのね…。稚拙だ、代案を出せと言って法匪を擁護するなら一つ提案を。今まさしく欧米で叫ばれている個人主義の台頭以外無いと思う。優しい独裁者に主依存する社会、すなわち共産社会の欠陥は既にソ連と中国、第三世界が証明しているのだから。
スマホの犬の風刺は、
画面に映ってるアイコンはソーシャルメディアばかりで
「取ってこい」用のオモチャはいいねボタンなんだな
これは時流に合ってて好きだ、早速いいね押させてもらうよw
資本主義のおかけでこれだけ豊かな生活が出来るのか
それとも資本主義が足を引っ張って生活が苦しくなってるのか
こういう風刺に共感するのは中学生まで。
経済・経営・人間模様を理解すると印象は変わってくる。ただし、その印象は置かれた立場によって天国にも地獄にもなる
※79
実際資本主義の要素は必要だよね。今後科学発展によって生きること自体が大変ではなくなれば、資本主義の流れに乗れないのんびりした人達も笑顔で生き残れるような社会が来るかもしれない。でも、過渡期は犠牲者がわんさか出そうな予感・・・
スマホの奴隷になりたくなければ、スマホを持たないか、スマホを逆に支配すればいい。
民主主義国家として効率よくやっていくには、もう少し格差が小さい方が良い。
コメント欄でも、資本主義とカネシステムありきとするものが多い印象だけど、どれもこういった資源の消費する態度から資源の再生に尽力することで得られるであろう新たな可能性を探ろうとせずに、その可能性が念頭から予め除外されているような気がしてならない。そうして絶望に陥っては経済システムを非難する感情と、一部のいい思いをしてる連中による現状肯定の感情の対立構造を形成してしまっているように思える。結局のところ一元的な貨幣経済に縛られない新しい経済の地盤を作っていく方向に意識を向けて、できれば新しい社会を生み出せればいいんだろうけどね。里山とか里海とか、元来から日本には参考になるものが多いはず。
差し詰め俺達は良いも悪いもゾンビだった訳だな
自然の掟
「弱肉強食」
資本主義もまたしかり
本当の自然の掟、それは「強弱共生」。
ライオンも、自分が満腹な時は、目の前にガゼルの子供がいても見向きもしない。
前後の見境もなく、「狩り」を行うと、いずれ自分の縄張りに獲物がいなくなり、自分が餓死することを本能的に知っているから。
言葉を換えれば、「自分が生きていくことができるのは、捕食の対象と共存(共生)しているから」ということを野生動物は、本能的に理解しているということ。
それがいつのころからか理解できなくなったのが、「人間」ということ。
もっとも、それもここ数百年のことかもしれないけど。
たとえば、オーストラリアのアボリジニーや、アメリカのネイティブアメリカンたちは「強弱共生」の理の中で長年生きてきたはずだけど、彼らも今では「資本主義的弱肉強食」の「輪」に捕まってるのだろう。
資本主義がどうこう言うよりも、そのバックボーンに唯一神教である、キリスト教の哲学があることが、むしろ問題かもしれない。
一神教の価値観では、「正義は一つであり、それ以外はすべて悪」そういう決めつけが行われ、それによる格差や差別、迫害などが起こる。
もちろん、現代社会における人の生活は、資本主義経済なしに成立しないところまで来ているけれど、だからと言って、資本主義が「唯一の正義」というわけではない。
また逆に、それ以外(例えば共産主義など)を「唯一の正義」にしてしまい、資本主義を「全否定」すると、今度は近代文明が完全崩壊することになる。
だから、「○×、黒白」ではない、緩やかなグラデーションの中から、複数のものを組み合わせていく発想を生み出して、現代社会の欠点を補完する方法を作っていくしかない。
実は、日本人がそのためのカギを握っていると思う。
その代表として、西洋の料理である「ホークコートレット」を和食化したとんかつがあり、さらにそのとんかつを卵とじにして、ご飯に乗せたカツ丼がある。
つまり、和食と洋食を組み合わせたものが、「カツ丼」ということ。
また、西洋のパンに日本の食材であるあんこを入れた、「アンパン」も和洋組み合わせのものだけど。
日本人に、そういう真似ができるのは、もともと日本人は、一方的に○×白黒を決めつける「唯一神教」的な価値観とは異なる文化圏に、生きてきたからだけど、戦後にあっては、そういう伝統も軽視され現在では、物事を○×で決めつけ自分と違う意見の持ち主を、一本的に攻撃するものも増えているのが嘆かわしい。
資本主義と共産主義どっちがいいとか自民党と共和党どっちがいいとかは諸悪の根源から目を背けさせる為の餌だよ
どの道ロスチャイルドやロックフェラーといった時代の支配者の意志のままに動くように計算されている
そしてそんな時代の支配者を操っているのは人の欲望という人ではない孤立した「意識」だ
その「欲望」の目的は世界を自分だけの物にすること。
つまり悪にすがって私腹を肥やし他人の不幸に無関心でいて満足している人は実は自分が不幸であると気づくだけの自由さえも与えられていない、実際には大変不幸な人達なんだよ
そして金という概念を人に与えたのは人じゃない
原生人類より知能に勝るあるヒト科の生き物が我々ホモサピエンスをコントロールする為に「欲望」という名前の彼らの崇める存在にしたがい作り与えたものだ
その宗教ではピラミッドを使う
人間に求められている進化は欲望からの開放と他者の気持ちを知る創造性を見につける事だ
そのようにしてこの世の弱肉強食から離れない限り人は欲望という肉食的存在に食われて滅ぶだろう
※93
再生と消費が1:1に留められるわけがないのは子供でもわかりそうなものだが
豊かにになるとこんなのが出てくるのが人間
貧すればこんなこと言ってられない
人間は単なる生物であってそれを超える事は出来ない
神もいないし、ユートピアもない
政治や社会についての議論で「批判をするのなら代案をだせ(代案をだせないものは批判するべきではないみたいなニュアンス)」なんて主張する がよくいるけど、常に代案に先立ち批判があるわけで、それがなければ代案どころか適切な改善すらできない…批判というのはそれそのものが問題設定を共有する上でもとても重要な役割があるんだよ、
※95
それが何だっての
現代じゃあ子供も知らなければ大人も知らず、その手法も忘れ去られもはや捨てられてるとは想像できないのか?それに消費の仕方や工程にある問題も改善する必要性はあるだろう、簡単に言ってくれちゃあ困るんだがな
アダムスミスやM・ウェーバーもつまるところ倫理の問題なんだ。資本主義によって、かつての物質的窮乏はなくなったが買っても買っても満たされない精神的窮乏を生み出した。ガルブレイスの言っていることは正しかった。マルクスだって問題提起は正しかった。でも方法論が間違っていた。これだけの先人たちが取り組んで解決できない問題をすぐに解決できるわけはないけれど、真摯な態度とは明日を信じて一歩ずつ進むことしかないのではないだろうか。
ハートマン軍曹「それとも努力してこうなったのか?」
努力してこうなりました。