メインコンテンツにスキップ

本当の意味での思いやりとは?思いやりをもって行動する為の7つの習慣

記事の本文にスキップ

34件のコメントを見る

(著)

公開:

この画像を大きなサイズで見る
Advertisement

 思いやりとは、純粋に親切な心から出る行動のひとつで、その形や大きさはさまざまだ。相手の息災を気にしてひと言声をかける、なんの見返りも期待せずに自分が持っているものを分かち合う、こうした礼節の精神から思いやりが生まれる。

 人を思いやる行為は、巡りめぐって必ず自分に帰ってくる。メリーランド大学のアブドラ・M・アブドルハリムは、思いやりがどうして大切なのか、社会に対する思いやりを推進する手助けができるかどうかを調査した。

 「思いやりには単に善意の行動とか、思慮深く他人に接するということだけでない。」アブドルハリムは言う。他人に思いやりをもつということは、礼節の一部である。礼節は社会生活の秩序を保つために必要とされる行動・作法、礼儀のことであり、社会の幸福、果ては地球の健全までを考える現実的、積極的な行動なのだ。

 ここでは思いやりをもって行動するための7つの習慣法をあげてみよう。

1. 相手の気持ちになってみる

この画像を大きなサイズで見る

 思いやりのある人というのは、相手の立場になって考えることができるし、自分のことよりまず人のことを心配しようとする。他人に手を差し伸べ、相手の手を取って気持ちをくもうとする。こうした無私のやりとりに楽しみや満足を見出すことができるのだ。

2. 笑顔で接する

この画像を大きなサイズで見る

 笑顔でいるほうが、その人自身の気分は言うまでもなく、他人が見たその人の印象にも重要な影響を与えるというのは本当だ。人は笑うのに42の違う小さな筋肉を使っているという。あえて笑顔を習慣づけることは、いい練習になる。鏡を覗き込んで顔が笑顔かしかめっ面かでは大きく違う。それを心に留めることだ。

3.相手の様子を気遣う

この画像を大きなサイズで見る

 他人に共感できる人は、まわりの人の感情を思いやって行動することができる。ただ相手にどうしてる?と訊いてあげるだけで、相手の気分や自尊心に、驚くべき効果をもたらすことができるかもしれない。こうした場合の思いやりのポイントは、相手の答えの内容ではなく、相手を気にかけているというその態度なのだ。

4. 自分のマナーに気を配る

この画像を大きなサイズで見る

 マナーとは他人の気持ちへの細やかな心遣いのことだ。それさえわきまえていれば、よいマナーを心得ていることになる。箸の持ち方や食べ方など問題ではない。また、「ありがとう、どういたしまして。」という言葉を連発することでもない。

 相手の感情を理解し、それに従って行動する、自分がそう接してもらいたいと思うように人に対して接する、相手の時間を尊重して約束の時間を守る、自分ばかりがしゃべらないで、聞き上手になる、なども含む。相手の話にきちんと耳を傾けなければ、思いやりがあるとはいえない。真摯に相手に向き合って情報を取り込み、それに基づいて理性的に行動する。

5. 自分のことを大切にしながら他人のことを優先する

この画像を大きなサイズで見る

 自分のことを気にかけない人間は、他人のことも気にかけない。無私というのは、思いやりのある人たちにとって諸刃の剣だ。自分より他人の要求を優先すると、満足感はあるかもしれないが、いざというときにノーと言えなくなってしまう。

 思いやりの優先バランスをうまくとらないと、人を喜ばせるだけの人生になってしまい、生産性がなくなってしまう。ときにはノーということも必要だがこれが難しい。まずは重大な場面ではなく、ささやかな場面でノーと言ってみる練習をする。一番いいのは、他人を思いやるときと、自分のことを考えるときのタイミングを見極めることだ。

6. イライラしていても、その感情を表にださない

この画像を大きなサイズで見る

 誰にだってカチンときたり、イラっとすることはある。ストレスを感じたり、圧倒されたり、せっつかれているときにぐっと我慢するのは難しいが、だからこそ取り組む価値がある。

 自分が最悪なときに、どうして他人に思いやりを示さなくてはならないのか? と思うこともある。確かに誰かに親切にしても、その見返りがあるわけではない。だが、結局はまわり巡って自分に好ましい影響が戻ってくるのだ。あなたが自分でこの好ましい影響を与える側になれば、前向きな方向で他人とよりよい関係をつくろうという動機になる。

7. 正当な理由があるときだけ謝る

この画像を大きなサイズで見る
via:7 Habits Of Considerate People・原文翻訳:konohazuku

 相手を怒らせたくないがゆえに、やたらごめんなさいと謝る人がいる。謝られたほうはあまりにごめんなさいを連発されると、その言葉に無感覚になってしまう。

 やたら人を喜ばせようとする人にも同じことが言えるが、謝罪にもバランスが必要だ。あまりにも人を喜ばせたり、謝ってばかりいると、自分自身を傷つけるだけだ。

📌 広告の下にスタッフ厳選「あわせて読みたい」を掲載中

この記事へのコメント 34件

コメントを書く

  1. 思いやりを持って人に接して色々お世話をしても、最初は有り難く思ってくれてても、次第に相手がそれをお節介や、重荷に感じるみたい。
    バカらしくなって何もしなくなった。

    • +1
  2. 相手の機嫌を損ねないよう気を遣うことは思いやりなんだろうか
    笑顔やマナーなど表面的な態度は思いやりとは言わないと思う
    本当の思いやりとはむしろ相手も中々気づかないようなもの

    • +3
    1. ※5
      結局本当の意味で相手の立場に立って必要な事を出来てなかったんだろう。
      されてる側も好意でやってるのは分かってるので、
      なかなか「思いやり」や「お世話」が的外れだとか重荷だとか言い出せないけど、
      結局ミスマッチに我慢の限界が来て決裂しちゃう状況。

      • +8
    2. ※5
      自分はそういう人間を鬱陶しく感じるタイプだから「思いやりの効果には個人差がありますとしか言いようがないな」

      • -4
  3. 他人に気を使いすぎて、結果悪い方向に向かうのがいつものパターン。
    自分にはもっと砕けた感じで接してきても気にしないのにと思ってたんだけど、
    相手も同じ事を思ってたんだな。(相手の気持ちになる。)
    相手に気を使いすぎると、相手にも気を使わせてしまう。。。

    • +1
  4. 思いやりが返ってくるには時間がかかるが、敵意には敵意がすぐに返ってくるものだ。

    • +6
  5. 押しつける思いやりほど迷惑なものはない。
    自分と相手のそれぞれメンタリティとそれぞれの距離感を読むことが大事。
    合わない人と無理に合わせようとして合わせられるものじゃない。
    そういう人とはそういう距離で”上手く”付き合うしかない。
    その距離感を読めない、読まない相手は本当に嫌いになってしまう。

    • +13
  6. まあ、今のご時世は優しかったり気遣うだけで敵が出来てしまうからね。
    無関心無行動に限るよ、君子危うきに近づきたくなければね。

    • 評価
  7. ごめんなさいよりもありがとうと言う事を心がけています

    • +7
  8. 自分は5番がとても苦手だ。自分を優先するべき場面がわからず、
    とにかくできるだけ相手に合わせていればそれが善だと自分をだまし続けてきたが、
    それだと「自分はこれだけあなたにしてあげたのに」と一人で怒りが高まるだけ。
    しかも書いてあるとおり、相手に合わせてばかりいては生産性がない。
    それを改めて突き付けられた、良い記事でした。

    • +46
  9. 「汝、自らを愛するが如く、隣人を愛せ」
    宗教の信仰はないが、時々こういった類の言葉は時々思い出すようにしてる。

    • +1
  10. こういうことって分かっててもなかなかできないんだよね
    忘れたころにカラパイアでこういう記事見るとちゃんとしなきゃ!って思う
    パルモさんありがとう!

    • 評価
  11. 見返りを求めない・・・愛に近いものがあると思うんだけどな。

    • +13
  12. 記事のほぼ全部が犬画像なところにヒントがあると思う

    • -3
    1. ※17
      けっこうたくさんマイナスつけられちゃってるけど、あなたと同じ思いの人はたくさんいると思うよ!

      • 評価
  13. これに限らずそうすればいい、というのはなるほど納得でそうしたいなと素直に思えるんだけど、そうする技術的な方法がわからないというか、どうやったらこれをマスターできるか、ってのが難しいとこだよね…
    カッとなったらすぐ忘れちゃったり、ついつい今までのダメなパターン続けちゃってたり。
    こういう心構えを凡人でもうまく身につけて安定的に実践できる方法ってのが技術として確立されたらいいんだけど。

    • +2
  14. 謝罪の連発は耳が痛いなぁ
    父がすごく怖い人だったので、怒られるのが怖くて
    とにかくまず謝ってしまう癖が付いてしまった
    分かってても直らないんだなこれが

    • +1
  15. 無慈悲の愛と完全無視・無関心が対義しているなら
    究極の愛情は完全無視にならないか?
    思いやり、敬意を払い接すると無関心の人が行う素行にたどり着く。

    • +2
  16. 究極の愛は完全無視か。
    白の反対は黒
    だから究極の白は黒ってことかな。
    日本語の読解力足らないのかもしれないけど、自分には無関心を正当化するための方便のようにきこえる。

    • 評価
  17. ここに来てる人は多分みな思いやれる人だと思うんだけど、大切に思う相手を思いやるように自分をも思いやる事が出来るようになったら皆どんな風になるだろうね、と思う。

    • +7
  18. 相手に関心を持てば、相手が喜ぶと思い込んでると上手くいくはずがない。
    相手に無関心を貫けば、相手が喜ぶと(ry
    バランスは何事も大事ですね。

    • +9
  19. 笑顔が怖い私は引きこもる事が愛?みんなこれからもずっと愛してるよ

    • +4
  20. 難しい・・・。
    意識しないで自然に出来るようになれば最強なんだろうけど。

    • +1
  21. 追加で後一つ。
    新鮮な体験や感動や小さな喜びを誰とでも共有しあうこと

    • 評価
  22. 職場によく気を使う先輩がいる。
    それはおそらく、”思いやり”と世間では呼べるものだと思う。
    まめに、普段の生活の何気ない事を話のネタに
    どんな人でもコミニケーションを取ろうとするし、
    労いの言葉とか感謝や謝罪の言葉もこまめに言う。
    でも、人のタイミングを計らない。
    あくまで自分のタイミングでその思いやりのある行動や
    言葉を掛けてくる。
    普通に人を観察してたら
    その話題をそのタイミングで振るべきではないというのが
    丸わかりなのに、それに気づかず話しかける。
    本人が気を使って話しかけているのは良くわかるので、
    変に指摘もしづらい。
    一方通行の思いやりにならないように、
    相手を良く観察し、どういう状況か把握する努力も必要だな、
    とその先輩を見るといつも考える。

    • +4
  23. 結局思いやりはあってないようなものだと思う
    他人との物差し、相手を罵倒する時によく使う「あなたは思いやりが無い」「あの人は思いやりがあるから、少しは見習いなさい」って使い方が一般的で、直接本人に「思いやりがあるねー」なんて滅多に言わない、あっても社交辞令やお世辞のようなものだろう
    上にも書いてあったかもしれんが、ほんとの思いやりはされた時気付かず、後になってからその時の対応に救われていたことに気づく

    • -2
    1. >>30
      最近辞めたブラック企業ではその手の口撃を散々喰らったな。思いやりがない、自分だけ◯◯するのか、お前はそんな人間だって。

      スピーカーみたいに悪口ばっか言ってる奴は野放しになってて
      文句を言いやすい自分なんかは標的にされて上から下まで、徹底的にいじめられた。
      俺は、俺達はこいつから気遣いを受けて当たり前って感覚が相手側に根付くと
      最終的にたったひとつの見落としにまで難癖つけられて気分悪い思いするし、
      自分自身にもともとあった優しい感情も奪われて消耗する。
      そんな連中に思いやりがあるのかよって思ったし、人間はほんと、付け上がる生き物なんだとつくづく感じさせられた。
      記事の前文にあるように”社会の幸福、果ては地球の健全までを考える現実的、積極的な行動なのだ”としたら、
      相当広い心をもって、それを行う意思を持ち続けないと見返りを求めたり結果に左右されて撃沈することになる。
      前職が特殊過ぎて社会復帰はまだ程遠いわ。

      • 評価
  24. 思いやりなんて人に言われて身に付く物じゃないよ。
    幼少の頃から身につけられた素養か先天的な物。
    人の心の感情や行動の最もベーシックな部分から無意識でるものだからね。
    思いやりのない人は常に自分優先の感情や思考が先行するから
    自分が他人に思いやりがない事を気づかず、
    他人が自分に対して思いやりがないせいと先ず考えるから
    永遠に気づかないし、余程の事件でもない限り変わる事は難しい。
    つくづくそう思ったよ。

    • -1
  25. 7つの習慣の対義語、対義文章でも思いやりの方法はあると思います。7つの習慣を自分らしい思いやりや世間体ばかりで捉えずに人間らしい喜怒哀楽のある思いやりとは何か?として唱えれば、短期的な思いやりばかりではなく長期的な感覚で思いやりの意味深さを思い、知る事が出来ると思います。その過程で、時には厳しさや辛さの中から哀しみからでも長い年月から思いやりが出来ると思います。怒り、厳しさを思い知らせる、辛さを思い知らせる。哀しみを思い知らせる。そして自身も知る。謙虚に素直に自分は人間である事を忘れない。全世界中の人間の感性はいくつなのか?考えます。思いやりと思いやる、という言葉の範囲内で人間の気持ちを押さえつけてしまう世の中には理解不能。日本の言葉、意味合いです。感性の違う国や世間体もあるかも知れないと考えれば、思いやりと思いやるは
    7つの習慣でおさまるどころかいくつ理屈を並べてもおさまる訳がない。
    相手にも自分にも控え目だけの習慣と捉えずにいらない。結論は思いやりと思いやると言う言葉の意味深さを再理解してから人間定、も考えてから悟ったほうが善いのでは。

    • 評価
  26. なんか面白い事書いてあるかな?と思ったが、残念ながら今回はなかった。時々予想外の内容があるから、相変わらず過去記事でも読むの止められないけどねw

    発達障害と大人になってから診断され、「空気を読む」という事が致命的に出来てないと気付かされてからは、なるべく『世間一般に言う・社会的に望まれる、思いやりのある行動』を取らないようにしている。
    「自分の事で精いっぱい(十分に出来ていない分野も多い)の人間が『他人のため』なんてお題目で『普通』になろうと頑張ったって、『余計なお世話・はた迷惑』なだけだったんだ」と知れたのはよかったよ。
    『普通』にすらなれない以上、どうせ最初から「最善」「理想」には到達しえないんだから、まずできる事として「親切の押し売りを止める」。これで自分も他人もイライラしないで済む。一歩前進だ。

    • +2

コメントを書く

0/400文字

書き込む前にコメントポリシーをご一読ください。

リニューアルについてのご意見はこちらのページで募集中!

知る

知るについての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

料理・健康・暮らし

料理・健康・暮らしについての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

最新記事

最新記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。