この画像を大きなサイズで見る学術誌「応用心理学( Journal of Applied Social Psychology)」に興味深い論文が発表されていた。小説、映画でおなじみのハリーポッターシリーズを読んでいる若者は、そうでない人に比べて、偏見を受けやすい人々(移民・同性愛者・難民等)に対して寛容であることがわかったそうだ。特にハリーポッターシリーズの登場人物に感情移入する子供たちにその傾向が強かったという。
イタリアのモデナ・レッジョ・エミリア大学、パドヴァ大学、ヴェローナ大学と英国グリニッジ大学の共同研究チームは、イタリアの小学生から高校生を対象に移民や人種差別、性差別などに関するアンケート調査を行った。その結果、ハリーポッターの小説や映画を良く読んだり見ている子どもほど、差別的感覚を持たなかったという。
この画像を大きなサイズで見るこれは実は合点が行く結果なのだ。
例えばまずは作中で度々使用される言葉、「マッドブラッド(汚れた血)」について考えてみよう。マッドブラッドは作中で「マグル(普通の人間)と魔法使いの間に生まれた子供」の事を指す言葉である。この言葉と同じような意味を持つ言葉は私たちの世界にも存在するだろう。例えば人種差別や少数派の人間を批判する際に使われる言葉がその類である。
作中において「マッドブラッド」という単語が使われる度に、主人公であるハリーはその言葉を吐いた人間に対して軽蔑の眼差しを向けている。この作品を正しく使えば、子供たちに人種差別や人を侮辱する言葉を使う事はただ「悪いことなのだ」と教える事が出来るだろう。
この画像を大きなサイズで見るまた、ハリーポッターはナチズムとの関連性が強いのは明白である。例えば、ナチズムでも「マッドブラッド」に近い言葉が使われることがある。これはナチスが半ユダヤ系・半アーリア系のドイツ人に対してドイツ語で「Mischling(混ぜもの)」と迫害していた時期の事を指す。
ナチスはユダヤ系か否かを血筋のみで判断していたのだ。ナチズムにおいて、ユダヤ人の定義は自分の祖父・祖母の内3~4人がユダヤ人であれば自身もユダヤ人として扱われるのだ。また仮に祖父・祖母の内1~2人がユダヤ人であっても「半ユダヤ人・Mischling」として迫害された。その結果が殺戮を生み出したのである。
この画像を大きなサイズで見るこれをハリーポッターと関連付けてみよう。
物語の中で登場する魔法省(魔法政府機関)が過激派にハイジャックされた時、魔法省は「マグル生まれ登録委員会(マグル生まれを投獄する為の委員会)」を設け、マグル生まれを迫害し、純血主義を掲げた。純血主義は家系にマグル生まれが一人もおらず、魔法使いのみの家系から生まれた人々の事を言う。
これらの純血主義が絶対的だという主義を持つ過激派は物語に何人か登場するが、考えてみればナチズムも全く同じことをしていたのである。
この画像を大きなサイズで見るホグワーツ魔法魔術学校校長のアルバス・ダンブルドアは物語の中で重要な言葉を述べている。
君は昔から純血という物に重きを置きすぎておる!忘れておるのだ、人がどのように生まれたかが重要なのではなく、どのように育っていくのかが重要なのだと!
ここにもう一人、有名な人物の言葉を引用しよう。これはキング牧師の「私には夢がある」のスピーチ内で語られた言葉である。
私には夢がある。それは何時の日か、私の四人の子供達が、肌の色によってではなく、人格そのものによって評価される国に住むという夢だ。
ハリーポッターをただのフィクションだと切り捨てる人もいれば、その中で起きる出来事を読み解き、考える人も居る。それは読む人々の心を変える魔法なのかもしれない。via:elitedaily・原文翻訳:riki7119
ハリーポッターだけではない。小説や漫画、アニメや映画が子どもたちに与える影響は大きい。勧善懲悪ものばかりを見ていると、悪と善は同居せず、悪の烙印を押された者にはどんな暴力的制裁を加えても当然と思い込む子どもも少なくない。ただ、最近の少年マンガの傾向を見ていると、悪い奴でも心を入れ替えたり仲間になったり、良いとされている主人公でも魔が差して悪に落ちそうになる描写もでてくる。
子供の頃、どんな創作物を好んで見たり読んだりするかは、学校教育や家庭環境、そして遺伝子的要因に匹敵するほどの影響力があるのかもしれない。逆にどんな創作物が好きかで、その子の特性がある程度把握できる可能性もあるかもしれない。ちなみに私は魔法が使える系、特殊能力系がもれなく好きだったわけだが、大丈夫なんだろうか?
















そうかな?
自分の学校ではハリーポッター読む子でも差別する子全員じゃないにしろ結構いるよ
それこそ偏見じゃないのかな…?
とそれはさておきハリーポッター読みたくなってきた
米1
そりゃ、ハリポタ読ませれば差別する子が完全にゼロになるとは誰もどこにも書いてないからね
差別する子の割合が減少する傾向にあるって話だよ
聖書は何の役にも立たなかったということか
良い作品をよく目に入る状況を作ることが教育上重要だな
小説にしろドラマにしろアニメにしろ
※2
まぁ、旧約はとことん人間の愚かしさを書いてるから
ある意味差別的ではなくなりそうだが
じゃあ、これからの世界中の子供にハリーポッター見てもらえば人種差別が減るかも…
フォーイフォイフォイwwwwwwww
ドラえもんを見ると・・・・・・
どら焼きが食いたくなったりネズミが嫌いになったり
風呂を覗きたくなったりのび太を殴りたくなったり
劇場版で世界を救いたくなったり
劇場版で出木杉をハブりたくなったりするわけだな(´・ω・`)
※5
自分は子供の頃ドラえもんを読んで初めてドラ焼きなるものの存在を知り、親にせがんで買ってもらった思い出があるからあながち間違いでもないかも。多分ドラえもんに出てこなければドラ焼きにそこまでの興味なかっただろうし。
ハリーがスリザリン向きの能力だったり、屋敷しもべ妖精は杖なしで魔法が使えたりと産まれた時からある違いを肯定した上で「どう産まれたかではなく、どう生きるのかが重要」と諭す作品
これはキリスト教観を持つ国の人に限るね
ヘイトスピーチが蔓延する今の日本には
ハリーポッター(レイシストしばき隊)が必要だ
ハリーポッターを読んでいる若者は既成概念にとらわれず、差別・偏見を持たないという偏見
これはとても良い記事ですな。
うちの一年坊に映画でハリーの頑張りぶりを見せようと思う。
くだらねえこと研究してるな
逆の見方もできないかな? ハリポタって、欧米の保守的な家庭では「魔法使いが出てくる話なんて異端だ!」って言って読ませないんじゃないかと。つまり「ハリポタを読んでる子=リベラルな家庭の子」って考え方もあるのでは。日本だとあんまり関係ないけどね。
ついでにこちらの記事もドゾ。「ハリポタキャストを猫で再現してみたった」
h ttp://www.buzzfeed.com/kaelintully/the-original-cast-of-harry-potter-was-a-bunch-of-cats#1arrnjw
すんごい可愛いよ~。
価値観の多様性を肯定する物語作品を共感しながら読めば、多かれ少なかれ作品の価値観の影響を受けるわけでありまして、そんなモノはハリーポッターに限った話でもない。
ついでに言うと、物語に対し感情移入して読む人ってのはつまり、他者に対し感情移入する習慣を持ち、かつ想像力・共感能力が高いわけだからモノが対云々以前に他人に対して攻撃性を抱きにくい気質を持っているって事にもなる。
そんなモノは大学で研究せずとも分かる事だけど、でも多分そういった分かりきった事でもデータ化するのが大学だったり研究だったりするんだろうな。
研究の結果はおもしろいと思うけど、
本や漫画から受ける影響って絶対じゃないから、その後の経験で変わってしまうんだよね
ほら、上のコメント欄にも人生経験を経てやぐされた人がいっぱい集まってる
※15
なるほどそういうことか!
ちゃんと読めてなかったよありがとう
「だから親御さんはシリーズを各家庭に揃えて、新作ハリー映画をみせて、新しいアトラクションにもどんどんいきましょう(ゲス顔)」
じゃあ今度は因果応報と友情と愛情を伝えるアンパンマンやドラえもんなんかを一度はみたことのある日本国民と犯罪率の低さについてどうぞ。っていう冗談はさておき、つまりハリーポッターの高い本を与えて映画をみせてもらえる余裕のないイタリアの貧困層家庭では教育がちゃんとしてなかったり、ストレスから排他的になったりするってことじゃないのかな。
この着眼点が差別的な気がするのは俺だけか?
※17
アメリカはどうか知らんが、欧の特に非カトリック圏は単なるフィクションの魔法使いにどうこう言うほどキリスト教が絶対的な価値観ではないよ
どっちかというと子供が本を読む=ある程度のインテリ層の家庭が多いっていうほうが関係ありそう
特異な能力を伝える血筋と一般人との混血に対する蔑視や能力の劣化は、ファンタジー全般ではよくあること
そこから派生する純血主義自体やその是非をテーマにした話も、ファンタジーでは良くあること
たった一つのシリーズだけの影響と考えるのは、いささか早計に過ぎるのでは無いですかね
マグルは落ちこぼれフォイ!!
ハリーポッターを”感情移入しながら”読める子は、差別・偏見を持ちにくい
子供は大人が思ってるほど幼稚じゃないからあんまりね
親や教師の前でだけいい子でいて、見えないところでイジメやる
大人って大きくなると自分が子供だったときのこと忘れて、純真な存在だと思いたがるだねえ
ハリーボテは児童文学の域に留まる作品だろうね。
海外小説(ファンタジー系)を読むが、この作品の良さが判らない。
映画化される前に立ち読みしたが、無理、と感じた。あれは、翻訳家が悪いのか?
ロック好きに悪いやつは居ない的な
てか逆にこの手の純血主義を肯定してる作品なんて殆どないだろ まあハリーが有名だからこれにしたんだろうけど 生まれよりも育ち、人種よりも人格なんてのは物語のコンセプトとしては定番で王道そのものじゃねーか
児童文学が本来持っている特性だよね。「ナルニア国物語」も本来はキリスト教的な倫理観を啓蒙するために書かれたという側面が強い。ファンタジー世界に例えてわかりやすく説明するのは効果的だと思う。
ただ、ファンタジーの魅力がそこにあると勘違いされると厄介だ。エンデが言うように、「一冊の本は、何かの思想のお説教であってはならない」「物語は人に知識を与えるものではなく、人の心を豊かにするものだ」ということを忘れないでほしい。
汚れた血はマグルの両親から生まれた魔法使いを指す言葉で片親でも魔法使いの場合は使わないんだけど
勧善懲悪の物語に何を言ってるんだ
もし相対主義を突き詰めるなら、ヴォルデモードたちも もうひとつの正義として描写できれば
たいしたものだけどね。この作品ではたびたび主人公が悪と判断したものには何をしてもいいというような表現が見受けられたよ。
この記事だけ読んでマジレスすると、この論文には、よくある因果関係と相関関係の混乱を感じてしまうのだが・・・
まあ、結果が建設的だからいいか
単純に読者は当然みんなマグルだし差別されてる側に自分を重ねやすくて気持ちが分かりやすいから差別的になりにくいんじゃないかなーと思った
単純に文学好きはリベラルっぽくなる。自分が頭が良いという自覚があるからそういうノリになるんだ。
そもそも長い物語を読んで理解できる子供にはそれなりの知能と想像力があって、幼いなりにも理論的に物事を考える傾向があるわな
子供に与える影響はともかく
内容としては差別問題を扱っている点で、読みやすく面白い作品だったと思う
私が同性愛賛成派になったのは腐女子になったからかな…
大流行している日本は差別主義だと言われる差別
映画やドラマ、楽曲などの作品、報道番組の姿勢にしても、情報の発信側には、作り手の意思や意向が反映される。
受け取り手は、安易に扇動されることなく、自分自身で判断することが大切だと思う。すんなり受け取れるもの、そうでないものと選別していると思うけど、環境や状況の変化で、以前の自分とは全く違った価値観が出てくることもあるはず。
情報の吸収量や経験が、選択肢を広げ理解力を深めることに繋がるわけだから、
とりあえず、頭は柔らかくしておこう~っと。流されず固まらず流動的に。
※36
前半は特にそう。だけど、このシリーズはハリーの年齢に合わせてものの見え方が変わっていくから、最後の方だとまた違うので、最後まで読んで見て。日本語版は訳がひどいので出来れば原書がオススメ。
アメリカのカトリックの一派はハリポタを悪魔の書として忌避し、図書館への受け入れを拒否させているみたいですよ。「
現代の魔女狩り? 米国で「問題本リスト」に載る『ハリー・ポッター』」でググッてみて下さい。
ふと寅さん世界に広がったら
どうだろねって思った
まあ、、読めば良くなった。じゃくてもともと読んでた人が良かったんだと思う。
管理人さん、「汚れた血」は非魔法使いの親を持つ魔法使い・魔女に対する用語で混血に対する言葉じゃないはずですよ~
>どのように生まれたかが重要なのではなく、どのように育っていくのかが重要
このシリーズが伝えたいことは正にこれに尽きる。
ハリーもロンもマルフォイも皆「名家」の生まれで「血統が良い」けど、ご存じのとおりそれぞれ作中での役割はまるで違う。
むしろハリー・ポッターは差別的だと思ってたから意外な結果だ。
基本的にグリフィンドール至上主義で校長からの扱いが違うし、スリザリン生は頭から悪人と断じている描写が多いから
まあ、寮を選ぶこと自体が生き方を選ぶことの表現と考えれば仕方がないんだけれどね
小3の頃から賢者読み始めて、ハリーたちの成長を見ながら育った
自分の年齢がハリーに追いついたときは色々考えさせられたなぁ…懐かしい
>どのように生まれたかが重要なのではなく、どのように育っていくのかが重要
ネビル「」
マグルという用語とそれに対する偏見が絶妙だよな。
読者を被差別者に落とすことによって疑似体験させることができ
ある種の痛みと嫌悪感情をわかすことができる。
オイラ読んだ事がないのでコメントしようがねぇぜファーーーッ!!
丸め込まれ易い子ってことじゃないの?
秘密の部屋「スリザリンを全員閉じ込めればいいじゃないか」
最終回「スリザリンの生徒は全員地下牢へ」
たしか、ロンと先生の台詞だったと・・・
ちょっと無理無理な研究結果な気がします。
日本のハリーポッターはどうなんだろう
邦訳で色々酷い事になってるからな…単純な誤訳も多いし粗悪で間違ってる訳文もあるからもしイタリアではこれが事実でも日本じゃ当てはまるかどうか
感動的なシーンで「自由なしもべ妖精ドビー ここに眠る」とかやられた日にはもうどうしようかと思ったよ 自由なのにしもべなんかい!
一神教信者には、ハリーポッターで効果があるなら
金子みすゞを読ませれば、世界に平和が訪れるな
子供が好きなのは勧善懲悪の物語ですし、ハリポタも充分そうかと。
成長途中で受ける様々なストレスを緩和する効果があるのです。
それでも移民は嫌だし、ハリポタの中でも彼らはマグルに差別的だよ
結局あれは同族で争わず目下はナチュラルに見下しつつ寛容にってことでしかない
ハリーとダーズリー家の、かつて見下されていた相手へ時にやり返し時に見下し時に寛容に接するという関係はユダヤと白人連中の関係に照らし合わせられるかもしれないね
コメ欄見てて思うけど
お前らも偏見と差別が十八番だよね
日本に生まれたなら1回くらい古事記読めよ。
最近は現代語に訳されて読みやすい。
ハリーポッターを読まずに育ったヨーロッパの子供が、ハリーポッター7冊を与えられて育った子どもと比較してどの程度の経済力・教育力の家庭で育ったかを検証すべき。
ハリーポッターが人格を作ったのではないだろう、どう考えても。
ここまで全員・・・「ハッフルパフ!!」
ハリー・ポッターは子どもが愛と死について学ぶよい教科書となるだろうね。
これは他の様々な物語からも学べるが、正義と友情についても。
そして、想像することの素晴らしさも。
ハリポタって、どうもモヤっとするし感情移入しにくいのは、私がキリスト教圏で育ってないからかも。
あー私はハリポタ苦手だな…
賢者の石を読んで映画も1と2を見たけど、
いまいち入りこめなかった。
私の中では指輪物語の方がしっくりくる。
ハリーポッターに限った話で無く、物語に出てくる虐げられた何かに対し、共感したり、苦しみを想像したり、心を痛められるような訓練が出来るんだろうね。児童文学とかは。
そもそも、感情移入できる性質を持ってるか持ってないかにも多少はかかってるとは思うが
読めば誰もが、ってわけじゃないけど、子どもの頃に”自分で”読んだ本ってのは大事な気がするよね
むしろスリザリンへの偏見が酷すぎるやろ
ダンブルドアといいあの作品のキャラはロクなのがいないしな
ハリポタはあのナチュラルな差別主義と階級意識が苦手で読まなくなったから、自分も意外に感じた。下僕妖精とか、魔法使えない相手に対する態度とか。イジメとか。主人公の敵は分かりやすく見た目が醜く不潔だったり…。嫌いな奴には何しても許されるみたいな考えが受け入れられてるのも怖い。
でも、差別は良くないって言うメッセージを受け取る子も居るんだから、読み手の受取り方なんだろうね。