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発見できたら巨万の富が!世界10の失われた秘宝

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(著)

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 日本では、「お宝」と言えば徳川の埋蔵金があげられる。江戸幕府が密かに地中に埋蔵したと伝えられている貴金属だが、いまだ発見されていない。

 世界中にはいたるところにそんな秘宝が眠っている。海外サイトにて、いまだ所在のわからないとされる10の秘宝が特集されていた。偉人の原稿、芸術作品、化石、標本、貴金属、名武器など様々なお宝がいまだどこかに眠っているそうだ。一攫千金を狙う人は、是非ともチェックしてみるといいだろう。

10.銅の巻物 死海文書

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 死海文書として有名なこの写本群は、1946年と1956年に遺跡ヒルベト・クムラン周辺で発見された。その中にあった銅の巻物は、羊皮紙やパピルスではなく、薄い銅版に文字を刻んで、巻物のように丸めたものであった。

 そしてこの巻物には非常に具体的に宝の隠し場所が書いてあった。宝の隠し場所は巻物によると60か所はあるようだ。しかし多くの人がこの物語に引き寄せられ宝を探したが、いまだに発見されない。専門家たちによると、ローマ人がすでに銅版に書かれている宝はすべて持ち帰ったあとではないかという説もある。

9.カルデニオの物語

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 シェークスピアのことを知っている人は多いが、彼の失われた作品「カルデニオの物語」について知っている人は少ない。カルデニオは、シェークスピアが共同制作者のジェームズ・フレッチャーとともに書いたとされる作品だ。しかしカルデニオの脚本はその後失われ、18世紀にルイス・シオボルドという男性が発見し改善を加え、「二重の欺瞞」というタイトルで出版したとされている。シオボルドが嘘をついているのかどうかは定かでないが、シェークスピア本人が書いた脚本が発見されないのは事実である。

8.プラネタリウム設計図『On Sphere-Making』

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 古代ギリシャのダヴィンチとも呼ばれるアルキメデスは、古典古代における第一級の科学者という揺ぎ無い評価を得ている。アルキメデスの原理を発見した時、浴場から飛び出して「エウレカ(Eureka)、エウレカ」(分かったぞ)と叫びながら裸で走っていったという伝説も有名だが、プラネタリウムの設計をしていたことはあまり知られていない。

 アルキメデスの作った機器は、太陽と月、惑星の運行を示す球体であった。アンティキティラの機械の設計もかなり近いものがあるとされているが、原稿などにはどこにも残っていない。はたしてアルキメデスのような天才が「書き残す」というあまりにも古典的な方法で、自分の技術を残すかは定かでない。しかし、そのプラネタリウムのもとになる設計の詳細が書かれているという「On Sphere Making」は1000年以上捜索され、見つからないままである。

7.リマの秘宝

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 コスタリカ沖にある、ココ島別名ココス島には300億円相当の宝があるといううわさがある。この財宝はカトリック教会がひそかに隠し持っていたものだ。教会側は、スペインの植民地化が収まるまで、ウィリアム・トンプソンという男に、船に乗せて預けた。しかし宝の魅力に抗えなくなったトンプソンは、手下とともに、宝をココス島の奥地に隠した。騒動が落ち着いた頃、また取りに行こうという算段だったが、不運にもスペインの役人に捕縛されてしまう。本来なら死刑のところ、宝のありかを教えるという話で特赦をもらったトンプソンは、ジャングルにつくや否や逃走し、宝のありかもわからなくなった。

6.マックスべルグ標本

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 始祖鳥の化石は非常に価値が高く、古生物学的にも、鳥類学的にもその発見は重要視されている。マックスベルグ標本は、1956年にドイツの採石場で発見された。所有していたエドアルド・オプティチ氏がマックスベルグ博物館に一度預け、展示されていたことに名前は由来している。

 この化石を売却しようとしたオプティチ氏だが、税金がかかることを嫌がり、博物館の展示後は家に持ち帰って、どこかに隠してしまった。彼の死後、彼の甥などが捜索したが、行方不明のままである。

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5.悲しき夜の秘宝

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 1520年、エルナン・コルテスが、アステカ、ティノティトランにて征服の途中、激怒したアステカ人による反乱・暴動にあい、自軍のスペイン兵を失い退却した。その際に彼が置いていった戦利品の宝は、アステカ人がスペイン人の目をくらますため丘の周りに埋めたとされている。コルテスが軍を率いて戻ってきた際、生き残った人たちに宝について尋ねたが、手掛かりは何一つつかめなかった。どこかにまだ、あの秘宝は眠っているのだ。

4.デュシャンの泉

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 20世紀美術に大きな影響を残したデュシャンは、フランス出身だがアメリカで活躍した芸術家である。デュシャンの作品で最も有名なものは、1917年に作った「泉」であろう。「泉」は、男子用小便器に「リチャード・マット」とサインし、作品化したものである。

 その後、自身が展示委員を務めていた、ニューヨーク・アンダパンダン展に匿名で出品したが、委員会の協議の末、展示されなかった。その後、デュシャンは委員会をやめる際、「泉」を引き取りにいったが紛失していた。

委員によって意図的に破壊された、など諸説ある

3.北京原人の化石

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 1920年に中国で発見された化石は、50万年以上前に存在していた北京原人のものとされている。しばらくは研究者たちのために大切に保管されていたが、1941年に緊迫化する第二次世界大戦に恐怖を感じた研究者の一人は、化石を船に積んで、アメリカに運ぼうとした。しかしその途中で行方不明になった。(日本軍に船が占領され奪われたという説や、中国で砕かれ薬にされ使われてなくなった説などもある。)

2.草薙の剣(天叢雲剣)

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 この剣は、日本の神話の三種の神器の一つである。天皇の持つ武力の象徴とされていた。江戸時代の神官が神剣を盗み見たとの記録があり、それによれば長さは2尺8寸(およそ85センチ)ほどで、刃先は菖蒲の葉に似ており、全体的に白っぽく、錆はなかったとある。神剣を見た神官は祟りで亡くなったとの逸話も伝わっている。

 神話によると、熱田神宮に安置されていることになっているが、本物は水没したとされている。形代の方は、現在皇居の「剣璽の間」に勾玉とともに安置されている。

1.レオナルドダヴィンチ「アンギアーリの戦い」

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via:listverse・原文翻訳:Yucaly

 アンギアーリの戦いは、失われたレオナルドダヴィンチの作品として有名である。フィレンツェ市庁舎の会議室に壁画を描くよう依頼されたダヴィンチは、「最後の晩餐」のように痛みやすいフレスコ画ではなく、油絵でチャレンジした。ところが絵の具が流れ落ちて混ざってしまい、ダヴィンチはこの壁画をあきらめた。

 その後ヴァザーリが、同じ場所に「マルチャーノ・ディラキアーナの戦い」を描き、ダヴィンチの絵は消えてしまった。しかし、専門家たちはヴァザーリのフレスコ画の裏に、ダヴィンチの壁画が残されているのではないかと主張した。ヴァザーリはダヴィンチを尊敬していたので、師の絵をかきつぶすのではなく、うまく保護しているに違いないと思ったのだ。

 調査を行おうとしたところ、ヴァザーリの大作に傷をつけることに反対の意見も多かった為、調査は中止となった。しかし最近になって、ヴァザーリの作品の端に小さな穴をあけ、その穴から採取した顔料を調査した結果、ダヴィンチが使用していた顔料と一致したようだ。

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この記事へのコメント 36件

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  1. リマの秘宝
    なんらかの理由でホラ吹いただけじゃ・・・

    • 評価
  2. 行方不明の宝といったらAVGNでも出てたソードクエストの大会の後半3つが行方不明なんだよな。

    • 評価
  3. 日本近海にも国家予算の1000倍以上沈んでいるし
    東京湾にもかなり沈んでいるらしいです
    楽な方法では各地埋立地には土地改良で多くの土壌持込み
    その中に埋蔵金紛れ込むことが多いようです
    ひょっとしたらコミケの帰りに見つかったり?

    • -6
  4. 5.悲しき夜の秘宝 の項ですが、ラスト一文が「アラスカのどこかにまだ、あの秘宝は眠っているのだ。」となっております。なんでアラスカ!?としばらく考えてしまいました。

    • 評価
  5. 『最後の晩餐』はテンペラ画。食堂の壁画には不向きな画材なので痛んでしまった。
    対してフレスコ画は漆喰ベースだからとても堅牢な画法。壁画といえばこれ。
    ただし、修正が困難なので、テンペラや油彩の方が全然描きやすい。

    • +1
  6. トイレの芸術品の話は知っていたけど、展示物が無くなったのは知らなかったなぁ。他のお宝と比べると価値は低そうだけど、不思議な話だ。

    • 評価
  7. 剣璽は今週両陛下が伊勢神宮に携行されてましたね
    見てみたいなぁ

    • +1
  8. 宝探し系の記事が好きです。でもゾウさんのことがもっと好きです。

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  9. ヒトラーの遺産は?
    徳川の埋蔵金は?
    山下将軍の遺産は?

    • -2
  10. ソロモンの莫大な秘宝はどうよ?
    いまなら、契約のアークもついてまっせ(伝説では)

    • 評価
  11. 草薙の剣は壇ノ浦に沈んだやつでさえレプリカのレプリカ

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  12. 草薙の剣は、壇ノ浦で沈んだのも形代じゃなかったか。

    • +4
  13. こんな大掛かりなものでなければ日常的に価値のあるものは失われているんだけどね。
     国宝の様な国指定の文化財も相当数盗難や紛失しているけど「
    多分一番身近なものでは古写真かな。
     古写真は当時の事を知る上で一級の史料だけど嵩張るし、ぼろくなったりして
    写っている人を偲ぶ人がいなくなれば捨てられる。
     蔵の解体、整理等で業者が回収してもまともな業者は個人情報になるので捨てられる。

    • 評価
  14. On Sphere-Making は、ある日見つかるです。

    • 評価
  15. 徳川はいきなり終わったわけじゃなく、徐々に権力が衰退したから終わったんだろ。
    埋蔵できるほどの金があったら終わらないんじゃないかな

    • 評価
  16. 徳川埋蔵金はないだろうな…
    後年になるほど財政火の車だしな

    • +6
  17. 埋蔵金が大量にあったとして市場に流れたら値崩れすると思うんだよね。
    金そのもの以上の価値があるんなら関係ないけどね。

    • 評価
  18. 3北京原人の化石 中国人は日本軍が盗んだと信じてるよ

    • -1
  19. 山下将軍の宝ではなくて、南方軍がアジアの植民地で接収した金塊がフィリピン決戦の際の軍資金として比国にもたらされて、結局、埋められたという話だということをTVでやっていたな。謎の丸福金貨はその名残の軍札代わりだと。

    • -1
  20. 持ち主判ってそうなのは
    見つけても礼金くらいしかもらえなかったりしないのかな?

    • 評価
  21. 今現在価値が上がりそうなお宝情報聞きたいのだがな

    • 評価
  22. 埋蔵金はその当時に所有していた金の一部でかつ、輸送できる量と場所で、後で取り出せるようにしか隠さない。
    現代と違って機械がないのだから、限界がある。重機ないと掘り出せない深さに大量の金などない。
    既出だけど突然滅んだのでなければ、非常時に使ってしまいないよね、。

    • 評価
  23. 1番目のアンギアーリの戦いの下絵の一部らしいものが日本の富士美術館というところが手に入れたが真贋が不明で結局、伊政府に譲渡したという記事が新聞に掲載されていた。

    • 評価
  24. 徳川埋蔵金は探していた糸井重里が、ある時期を境に、その件に関して口を閉ざしたっていうのが怪しい。ていうか埋蔵金探しを辞めたと言い出した途端に、借金があったはずなのに突然二年ほど仕事休業したのが怪しい。さらに休んでたはずなのに、なぜが自社ビル立てたのも怪しい。

    • 評価
  25. 埋蔵金ってえと詐欺のイメージしかない。M資金詐欺とか流行ったな。

    • +1
    1. ※31
      どうせ換金すればバレるのに…
      金だけで現物を数十億売却ってのは公表しないといけないんだ

      • 評価
  26. 草薙の剣は現在伊勢神宮にあるのが本物だよ。御霊を移してるから。
    神道じゃ御霊こそが重要だからね。

    • 評価
  27. 草薙の剣は天皇嫌いと有名で本体を熱田神宮へ写し身を天皇家へとした
    壇之浦で沈んで引き上げられたのは写し身
    明治天皇までは確実にご行幸に随行され御召し列車にも草薙の剣用の神棚がこさえてあった

    • 評価
  28. 徳川の埋蔵金は新政府軍が回収して英国の武器購入をした費用(後払い)に充てられた
    日本國金貨が英国から購入(後払い)した鋳造機械で生産されたのだが その金はどこから出たのか考えると

    • 評価

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