この画像を大きなサイズで見る誰もが子供の頃プレイしたことがあるであろうドッジボール。様々なローカルルールはあるものの、敵チームの身体にボールを当ててその勝敗を競う。
ドジでのろまタイプの人は真っ先に狙われがちで(私がそうだった)、運動能力の高い人に思いっきりボールをぶつけられるわけだが、現在このスポーツに批判の声が上がっているという。
カナダの研究によると、ドッジボールは子供に特定の条件下なら「他人を攻撃しても良い」という認識を植え込み、 非人道的にしてしまうというのだ。
ドッジボールが子供たちを非人道化させる
カナダ・ブリティッシュコロンビア大学の教育学博士、ジョイ・バトラー率いる研究チームは、体育の授業でドッジボールをプレイしたことのある中学生を対象に調査を行った。
その調査結果を、政治哲学者のアイリス・マリオン・ヤング氏が提唱する、相互行為の構造上の5つの抑圧プロセスに照らし合わせて分析してみた。
抑圧は自我の基本的な防衛機制をいう。容認しがたい観念や記憶を意識から追出し、無意識領域のなかに閉じ込めようとするものだ。
5つの抑圧プロセスは、「搾取(人を利用する)」、「周縁化(人の地位を奪う)」、「無力化(人の自立性を奪う)」、「文化帝国主義(支配体制を築く)」、「暴力(攻撃)」である。
ドッジボールをプレイした後のヒアリング調査から、子供たちの行為はこの5つの抑圧プロセスとかなりの部分で一致していたという。
プレイ中、力の弱い女子たちは怯えて逃げ回る。逃げ遅れた生徒にパワフルなボールをあてる生徒。力の強い生徒はグループを組み、特定の生徒を集中して狙っていた。そしてグループ以外の生徒を次々と排除していった。
この画像を大きなサイズで見るドッジボールは教師に容認されたいじめ
ジョイ・バトラー教授はワシントンポストの取材に対してこう応えている。
例えそれがやわらかくて痛くないボールを使おうと、他の生徒をボールで叩いても良いという条件を教師が容認してしまうと、生徒の心には何かしらの思惑が芽生えてしまうのです。
考えてみてください。教師が生徒に集団で攻撃しても良いという許可を出すのです。ここから生徒はどんな事を学ぶでしょうか?
人によってはドッジボールが攻撃性とカタルシスを促すという人もいます。
本来は攻撃性や怒りをコントロールすることを覚えさせるための体育という授業が、ドッジボールでは真逆の事を教えているのです。
運動が得意な子供にとってはドッジボールはエネルギーを発散させる為のよい機会となりうるかもしれない。
だが、そうでない子どもにとっては我慢を強いられているだけであり、運動が苦手な生徒にとっては拷問のような苦痛を味わうことになるかもしれない。それが教師公認の元に行われているのだ。
バトラー教授らは、すぐさまドッジボールを禁止せよと言っているわけではないが、ドッジボールに負の一面があることをわきまえたうえで、全員を強制参加させることなく、ルールを改正したり、別の選択肢を与えるなどの必要性はあるだろうと語っている。
References:Dodgeball Is ‘Dehumanising’ And Should Be Dropped From School, Says Professor/ written by riki7119 / edited by parumo
運動が苦手だった私にとって小学校時代のドッジボールは苦痛でしかなかったな。絶対狙われてあてられるのわかってたからなー。
ドッジボールの授業だとわかると、前もって運動神経のいい男子に「逆らわないのでやさしく当ててください、お願いします」とか頼んでたっけ。でもそれもいい経験で、運動以外のことでがんばろうっていう気にはなったかな。
















正直メジャースポーツと言われる類のほうがよほど害悪だと思うな
日本人の気質による部分が大きいけど、知っていて当たり前、知らないわけがないと馬鹿にするだけで説明を放棄する教師とかいるし。そっちのがやってて苦痛だったし、おかげでそれらを憎むほど嫌いになったよ
※2
責任転嫁するな
その教師に反抗できない己の弱さを呪え
※2
それはスポーツじゃなく話題の同調圧力みたいな別の話かと
※2
授業で野球があった時、そうだったよ。
ルールを知っていて、当然。
道具の使い方を知っていて、当然。だった。
家族にTVで野球を観る人もいなかったから、自分は野球を知らなかった。
どちらが害悪かと言われると、迷いますね
いずれにしても球技は自分が行って楽しむものではなくなってしまった
※2 ※138
記事の内容とはずれてるけど似たようなことあった
サッカーのルール知識0でいきなりやらされて
配置された場所から動かなかったら
なんで動かないんだって名指しで皆の前でいきなり怒られた
>>2
これはじつたいけん
>>2
これは実体験あります。体育でバレーボールを初めてやったとき、ルールだのボールの打ち方拾い方一切教えられずいきなりコートに入れられて嫌な思いをしました。体育教師にとっては知っていて当たり前なんでしょうけど、いろんな特性を持つ子供の集団にそれが通用すると思わないでほしい。
以来、みごとに
>>2
分かりすぎてやばいw
元々球技できなかったしルールすら知らないのにさもできて当然みたいな雰囲気で教えられててさらに苦手になったわ
※2
説明を放棄する教師がいたんじゃなくて、
説明してちゃんと教えてくれる教師なんていなかったよ
とにかくチームに別れて試合やれ、常にそれだけでそれが普通だった
むしろあなたのいた環境は恵まれてるように思えるわ
でしょうねって感じ。そもそも友達に物ぶつけて喜ぶとか正気の沙汰じゃない。
『プレイ中、力の弱い女子たちは怯えて逃げ回る。逃げ遅れた生徒にパワフルなボールをあてる生徒。力の強い生徒はグループを組み、特定の生徒を集中して狙っていた。そしてグループ以外の生徒を次々と排除していった。』
そんな世紀末な学校に通ってなかったから、いまいちピンと来ない。
強い生徒が固まることはなかったし、女子が逃げ回ることもなかったし、『特定の生徒を狙う』って言っても一回当てたらそれで終わりでしょ?それとも一回ぶつけた後も延々とぶつけ続けるの?
そんなに荒んでる学校が存在するなら、それはもうドッジボール以前の話では
>>4
確かにこれはちょっと個人的な考えみたいなのがばりばり入ってる気がする。
うちもそんなことなかったから。
>>4
でも、弱いやつ狙ったほうが勝てるのは事実だしな…
逃げるの遅かったり、ボールをキャッチすることもできない子供には、毎回恐怖しかないだろうなとも思う
※4
この説を唱える学者は、間違いなくなんらかの宗教思想にどっぷり漬かってると思うよ。
こんなこと言い出したら、ボールを当てる競技は全部「暴力的!いじめを助長する!」
って禁止されるだけだもの。
楽しく遊んだことが無いか、自分が子供のときにいじめグループに
そうされたから世の中を禁止の流れにしたいんじゃない?
>>4
平和的な学校で良かったね
>>4
私は逃げるのもキャッチするのも下手だったから積極的に狙われた。
でも、どちらかというと強い生徒には及ばないくらいの力の子が成果を挙げるための標的って感じだったかな。
当たるまで狙われる、それが毎回、
強い子のボールはものすごく痛いし、ドッジボールは恐怖でしかなかった。
あまりにも狙われるから同じチームの強い子が前に出て庇ってくれたけど、それだって強いからできることではあって、
そこまでの強さを持たないものは弱いものを狙わざるをえないってシステムな時点で子どもにさせるものじゃないよなあ…
許可された暴力ほど人間にとっては甘美なものはないからね…
思考が未熟な子供時代なら余計尚更楽しいし、逆に植え付けられる屈辱も大きい
アレなんでしょ、ドッヂボールで屈辱を与えてきた側だからあの頃の教師は認めたくないんだと思うね。
功罪色々あるだろうけど
人間関係の縮図っぽい部分はあるから
子供の残酷性や暴力性というより人間ってこういうもんだ、ってのが増幅されるよね
鈍い子を標的としてしか見ない子とか
逆に率先して壁になってボールを受けてくれる子とかさ
確かに社会性や運動能力の発達途上の年頃の子供にやらせるには
ちょっと酷な気もするな
ドッジボール置き換えれば
一種の支配的国家になり得ますもん
力や戦略的思考を持った人たちが生き残る弱肉強食形式
ただドッジボールをしましょう!
と
ルールもなく放置していれば考えなしに強いものだけが優位になる仕組みになってしまう
そのスパイラルをなくして
根本的に正せばいいって
ドッジボールをする前に
仲良く作戦を練って遊びましょうね!
といえば
作戦の仕方が成功すれば
考え方の広がりや仲間意識も募る
もう子供にスポーツもゲームもさせられないな
オリンピックも全員で手を繋いでゴールするようになるのかな
>>8
走る早さに順番つけるのと相手にボールを意図的に投げつけるのとでは意味が全く違うじゃん
>>69
しかし最近は走る速さに順番をつけるのすら反対する人がそこそこいるらしいです。
そもそも勝ち負けや順位付けする事にすら文句を言う人がいるらしいです。
ソースは高校時代の先生。
>>69
子供のドッチボールは運動の得意な子も苦手な子も、身体の大きい子もひ弱な子も、男子も女子も一緒のコートでやらされるってとこが酷だな
せめて男女はわけたほうがいいわ
ゲートボールの陰湿さと来た日には、チビりますよ。
一方極東の島国では組織戦術に切り替えた。
負の一面って言い方すれば大抵の物に一面があるだろうに。
>>11
日本すげー
「搾取(人を利用する)」、「周縁化(人の地位を奪う)」、「無力化(人の自立性を奪う)」、「文化帝国主義(支配体制を築く)」は社会に出たら当たり前だからセーフ
授業でやるどのスポーツでもそうなんだけどうまいやつの独壇場になるから面白くないんだよね
運動音痴は
サッカーとかバスケはボールに触れないだけで済むけど
ドッジはボールに触れないのに加えて、一方的に攻撃されて(相手の加減次第だけど)痛みまでついてくる
まあ嫌になる気持ちもわかる
参加したくない子はバレーボール遊びでもさせとけばいい
※13
いつも思うけど、あんなやり方するなら勉強の方でも毎回勉強出来る奴の独壇場になる様にすればいいのにと思ってた。なんで学生の間って運動だけが特別視されるんだろう?
運動会だとヒーローになる奴はいるけど、小学生で成績張り出す事は一切無いよね。最近はテストの点数も隠すようになってると聞いて意味が分からない
もし勉強でグループ組ませてグループと個人の点数着けて毎回授業の度に張り出す様にしたら非難囂々なんじゃないの?なんで運動は許されて学問は許されないの?
・世の中には優秀な人間と、そうじゃない人間がいる。
・優秀な人間は仲間のために活躍しなければいけない。そうしないと仲間も含めて勝利ができない。
・そうじゃない人間は、仲間の足を引っ張らないように立ち回らないといけない。
人間にとって大切なことを教えてくれるスポーツだと思う
>>14
子供がそこまで考えるかね?
じゃあ、小学生の頃にドッジボールを嫌がっていた俺は間違ってなかったわ。
ドッジボールに関していい思い出一つもないしこの世から消え去ってくれて結構。
スクールカースト上位が下位を物理的にボコボコにし続けるだけのスポーツだよ。
ドッジボールはほんと嫌いだった
なんで小学生に強制するのか意味不明だったな。他に楽しいスポーツはいくらでもあるのに。ドッジボールのせいで球技全般、苦手意識を植え付けられたわ
>>17
ドッジボールでボール恐怖症を植え付けられて、いい年になった今も、公園でボール遊びしてる側を通るのも嫌い
理屈でなく、全てのボールが自分にぶつけられるような恐怖がある
自由参加にすれば解決するんじゃないのか?
良心的ドッジボール拒否者がいたっていいw
5つの抑圧とやらは社会に出れば当たり前にあることだし、いい予行練習になるんじゃないかな
持てる者はどこまでも増長し報いを受けることもなく、持たざる者はただ上手くやり過ごすしかない
家庭で甘やかされていたクソガキがしゃしゃり出ていって上級生に打ちのめされる。
人間としてとても大切な第一歩を教えてくれる遊びだと思ってる。
※20
クソガキはたいてい同じクラスの力の弱い女の子を集中攻撃する先生公認のいじめをドッジボールでしていたんだけどね。
女の子には強く当てないのは暗黙のルールだった気がするけどね
あの頃は皆んな楽しいのかと思ってたけど、違う子もいたなら謝りたい
>>21
個人的に好きな子には加減した男の子もいたかもしれないけど
少なくとも自分(♀)にはそんな加減してくれなかった
むしろクラス対抗戦などになると女子の方が当てやすいから狙って当てろとか言うやつもいましたよ
本当ドッジボール嫌いだったな
>>21
男女混合でやることはほとんどなかったし、混合のときは男子は利き手の反対で投げること、とかあった。
自分が得意な音楽の授業が苦痛な人もいるんだから自分が苦手な科目があるのも自然に受け入れていたよ。
>>131
特別ルールあったなぁ。自分がいたクラスは女子が強くて利き腕なしルールが廃止されたケド
苦手な人は優先的に外野とかあったよ
>>21
自分は子供の頃、田舎からそれなりに都会の学校に転校したんだが
転校先でドッジボールで逃げる際に転んでしまって、あ、これダメだと覚悟したとき、ボール持ってた男子が「さすがにここで当てるとかできんわ~」と見逃してくれて
都会の男子のジェントルマンぶりすげえな!と感動した思い出がある(笑)。
別に惚れたりはしなかったけど(笑)。
良くも悪くも、男も女もなく無邪気かつ残酷なまでに平等に遊んでた田舎と違って
都会の子供は大人になるのが早いんだなぁと感心した。
自分は得意だったから楽しかったけど、女子は弱いからできれば入れないようにしてたな
でも護衛みたいにボールをキャッチして女子を守ると株が上がったんだよなー(いい思い出)
突き指もするし顔に当たって泣いちゃう子もいたし、弱すぎて投げさせてもらえない子もいたし
当時は考えもしなかったけど思い返すと過酷な遊びだった
この学者さんは昔ドッジボールで苛められたんやろうなw
映画「S」などと同じ収容所実験に通じるのかもね。
ボールを投げるのが固定された選手になるのがよくない。
ランダムにして、あと選手ごとポイントが違う3段階とか(Aが当てると1点、Bは2、Cは3)。
でも、あえて批判を受けるつもりで書くけど、サッカーなんかのほうがはるかに野蛮。
盛んな国ほど治安が悪いし、人気が上がるほど犯罪件数が増えていく。
原始的なのが理由なのかわらないけど、社会不満が高まるほど耳目を集めるスポーツ。
不満の解消になれば良いのだが、かえって増悪させる要素がある。
>>24
サッカーは脚とボールがあれば出来るスポーツだからね。
サッカーだけは治安が悪くても手軽に遊べる(他球技は道具やネット等の盗難や破壊の恐れがある)から治安が悪い国ほどサッカーしか遊べない人が増えて、サッカーに人気が集中するのよ。
社会不満が高まるほど耳目を集めるのは、社会不満が高まるほど他のスポーツが消えていくからであって、サッカーが社会不満を煽るわけではないよ
※115
なるほど原因でないかもしれない。
でも社旗不安や治安悪化の指標にはなるね。
安定した国や幸福度が高い国にはもっと素晴らしい娯楽があるもの。
そんなんで悪影響が出るなら、ヒーローごっことかもだめだな。
つーか、遊びと現実の区別がつかないような奴は、そもそも欠陥品だよ。
※25
なるほど…たしかにこの攻撃性は欠陥だな
>>25
そもそも遊びと実際の区別がつかないというのが子供のデフォルトな希ガス
大人になってもダメだったら欠陥品どころか失敗作だけど…
そんな事言ったらほとんどのスポーツがアウトだと思うけど…
バレーボールのボールは当たると痣が出来るほど痛いものなのに
それをレシーブしろとかね
>>26
でもバレーボールのアタックって相手選手を狙うものじゃないでしょ?
野球もサッカーもバスケットもクリケットもボロも水球もテニスもボーリングも基本的に全部相手選手がいないところへ打ち込むスポーツ。
相手選手に当てろと教えられる球技はドッジボールだけだよ。
※116
じゃああくまで相手選手を意図的に狙ったものでは無いですと言い張ればいくらでもわざとぶつけ放題ですね
だいたいにしてドッジボールだって基本は「投げられたボールをキャッチするもの」で「キャッチできなかった場合はアウト」だし「顔面ヒットはアウトにならないから胴体を狙うもの」だったはず
わざと悪用して暴力的行為にするプレイヤーが居ることとスポーツそのものをごっちゃにしてはいけないと思う
※26
基本的にスポーツって全てダメなんだよ。
相手の裏をかいたり、騙したりして得点するからね。
WGIPにも書かれている。
地球一周するほどふっとばして殺害するしな
なんでこの程度のことが周知されないんだという思い出し怒りがふつふつと。
スポーツに興味ない、嫌いな子は存在が許されないのが子供時代だからか。
まあドッチボールはヒエラルキーがハッキリ出るから
低学年の学校でやるにはあまりいいスポーツじゃないね
勝手知ったる友達同士やるには楽しいスポーツだけど
ドッジボール自体もアレだが、チーム分けでクラスの有力者2人がじゃんけんして勝った方から好きな人を自分のチームに入れるシステムをまず何とかしてほしい
毎回最後に余る人間の気持ちとか考えたことある?
何をおっしゃってんのあんた!?
柔道とかボクシングとかなんなの?
それなら、バレーボールは?
アタックなんて人の顔を狙って打ちますよ
返せませんからね
がん面くらったら凄い痛いよ
因みに全国大会ではバレーで有名な高校出身者です
※31
バレーボールは終わった後手の内側が赤い内出血だらけになるよね
>>31
柔道とボクシングなんか全然違うじゃん
一対一でお互い戦う意志があるし
※110
ドッジボールも相手にボールを
ぶつけるという意思があるだろ。
運動苦手だけどドッジボールは別に嫌いではなかった。
ルールが簡単だし当たれば外に出て休憩するしボールを避ける工夫もする。
逆にバスケやバレーボールみたいに下手だとハブられたり非難されるスポーツの方が嫌だった。
>>32
だよなぁ、当たれば外に出てたまに来たボールをパス回してりゃ良いんだから、球技苦手な奴には一番参加しやすいと思うわ。
>>32
私も。
逃げ足だけは速かったのかも(笑)
バスケとかサッカーの方が存在を否定されてる感があって苦痛だった。
いじめられっ子はイジメをある程度許容してる。
見学、トイレ、怒鳴る、などで回避できる。
言われてみれば、「公然と他者をボールで攻撃していい競技」なのか。
確かにアウトかも。
全然関係ないけど、サッカーで相手のユニフォーム引っ張って妨害するやつ、反則の匙加減が素人目には全くわからないんですが!
ユニフォーム掴んだら、それもう全部反則でしょ! って思うんですが!!!
>「逆らわないのでやさしく当ててください、お願いします」とか頼んでたっけ
かわいい♡
※36
これ、だんすぃーも言えたんでしょーか
かわいい、とかって許してもらえた?
少なくとも、成功者への称賛に幻惑され、自分の能力を超えた出過ぎた事をすると
簡単に被害甚大な報いがもたらされる。才能無き者、栄光に挑むべからず・・・
と、言う真理は《ボールが全視界を覆い意識と前歯がぶっ飛んだ》事で学べた。
成功の柿の実はに全然手が届かないが、折れ枝から叩き落ちて呻く事の無い人生も良いモノだよ。
次はサッカー辺りが「物に当たり散らすことを容認している」とか言い出すんだろうか。
結局「包丁は犯罪に使われる危険なもの」理論と一緒だよなぁ。
筋肉を犯罪に使うか、スポーツや救助みたいなことに使うか、程度の問題・・・。
というよりむしろそういう闘争心を発散させるために作られたのがスポーツの起源じゃないのか?アレもコレも犯罪の芽、なんて言い出したらキリがないぞ。
>>38
サッカーはボールをゴールに入れるのが目的であってボールを蹴ることを目的にしてるわけじゃないだろ
それに人にぶつけるのNGならボール蹴るのもNGなのかとかそんな発想が出ること自体おかしい。
要するに人への攻撃と物への攻撃が全く次元の違う話だとは思ってないってことで
それこそ人に攻撃することを軽く考えるようになってしまったという何よりの証拠じゃないのか?
※118
>サッカーはボールをゴールに入れるのが目的であって
>ボールを蹴ることを目的にしてるわけじゃない
それを言い出したら、ドッジボールだって
外野へ出して相手コートの人数を減らすのが目的であって
人をボールでボコることを目的にしてるわけじゃなくない?
※127
>外野へ出して相手コートの人数を減らすのが目的であって
その際に「ボールを相手にぶつける」のが必要、というのを無視して何言ってんの?
※134
サッカーだって、
ゴールへ入れる際「ボールを蹴る」のが必要だけど?
※136
127→118→38と元レスを遡ってみなよ。
サッカーについては、
ドッジボールが人に物を投げつけることを容認しているなら
サッカーも「物を蹴り飛ばす」ことを容認している事になるが、
それはどうなのか?という論点だよ。
>>127
サッカーは人に当てる競技じゃないでしょ?
※136
人に当てる競技ではないけどプロサッカーではイエローカード切られないように誤魔化しながら突き飛ばしたり足引っ掛けたり、あるいは逆に突き飛ばされたと偽装して相手にイエローカード切らせるようなことも横行したことがある
まあ現在は流石に目に余るというので減少したそうだけど
>>136
でも、“当てる”つもりじゃなくても結構“当たる”し人同士も“ぶつかって”危険な印象も否定出来ないな。
※205
詳しくはないけど、サッカーは当ててもポイントにならないし、逆にイエローカードとかもらうんじゃなかったっけ。
逆に当てないようにした方がいいもんだと思うけど。
※207
既に書いてるけどサッカーであれ野球であれバレーであれバスケであれ「故意にボールをぶつけようとしなくてもボールが当って痛い場所に当たり怪我をすることはあるスポーツ」かつドッジボールだって顔面などに狙って当てるのは許容されていません
でもってそのつもりは無くても当ってしまっただけの事を厳罰に処されるルールは殆どありません
明らかにわざとぶつけに行ったのでなければ、そして危険行為の注意勧告を受けてもなお同じ事を続行したのでなければ野球やサッカーでもイエローカードや退場措置になることは無いです
ドッジボールだけを特殊とする考え方の前にドッジボール以外のスポーツにすら詳しくないのなら、否定的なコメントをする人は単に「スポーツ全般苦手だし興味が無く詳しくも無い」だけではないでしょうか?
この理屈で言ったら、サッカーなんかは「見咎められなければどんなを違反してもいい」とか
「法的に勝てるなら当たり屋で稼ぐのは真っ当な商売」と考えるようになる害悪スポーツって事になるわな。
大抵の競争事は弱点を突く・弱い所を叩くなんてのは「セオリー」であり、そこを否定すると大抵の競争事が、競争事として成り立たなくなる。
現実に至っては、ゲームなんかよりもっと熾烈な「競争」社会なのに…どうかしてるよ。
60年ほど前、小学生だったが休み時間になるといつもドッジボール
で遊んでいた。ある日突然私らの6年の担任が、ドッジボール禁止だと
宣言した。その理由は、発育ざかりの子供が強いボールをを受け続け
ていると胸とかの体に悪影響が出るということだった。
ドッジボールというのはいつの時代も悪者にされるものらしい。
じゃあ他のスポーツはどうなの?と言いたい。
屁理屈
死者の生首を蹴り回して遊ぶサッカーは
世界的に人気だけどドッジはアカンか。
スポーツって体を鍛えるとか、コミュ力を高めて集団に溶け込めるようになるとか、自信を持てるとかポジティブな面もあるけど、根底には攻撃性や暴力性があるんだよな。
古代ギリシャのオリンピックとかローマのコロセウムからほとんど進歩していない。
いつもボール避けまくって最後の1人になるパターンだった。
>>45
同じく。
どんなスポーツでも足引っ張るだけの人間だけどドッジボールは最後まで逃げ続けてた。
ただしキャッチは出来ないから反撃は出来ないw
てか※欄の皆さんの学校って相当荒れてたの?
いくらテンション上がってても強い子達は相手によって手加減するのが普通だったけど…。
当てられてもそんなに痛くないのが普通だったよ?
>>77
全員がそうではなかったけど手加減を知らない人達もいたし顔に当てられたこともあるから本当に怖かったよ…
優しい学校だったんですね
>>77
逃げるのが壊滅的に下手な子やパニックになってしまう子の中には
上手いやつが手加減してても転んで自滅してしまったり友達とぶつかってしまったりして、投げる側があてる気なくても当たってしまったり
そもそも、当てられるかもしれないということ自体が恐怖なんだよ
※153
恐怖を感じてたという記憶は無いな
嫌いは嫌いでも他の人と理由が違うような気がしてきた
ただ走ったりボールを投げたりすることが嫌でしたくなかった
だからドッジボールに限った話ではないのだけどね
自分に向かってくるボールを避ける動きをする他のスポーツはない。ドッヂボールは他の球技への発展性がないのだから,世の中からなくなってしかるべきだと思う。
ドッジボールがいじめ?
俺はスポーツ苦手だったがそれでも嫌いにはならなかった
逝っている意味は分かるがこれを無理やり通したら学校教育を
すべて否定しかねないと思うぜ
逃げるスリルがあるからドリブルもシュートもできん自分には唯一好きな球技だった、他の球技は才能ないとチームのお荷物扱いでしんどい子ども結構いるんでない
たしかに弱い人にボール当てる時は快感だった…。ごめんね…。
※49
どっちかっていうと、運動神経のいい奴に胴体へバシッと当てれた時こそ「ヤリィ!」って快感で、小柄で運動音痴な女の子とかには「目的を果たせる(当てて外野に出せる)範囲で、ソフトめに」って感じで無意識に手加減していたな…。
弱い子を集中狙いってのもあまりピンとこない。
そういう子らって早々に当たって外野に出たら終わりで、
なまじコート内で球を受けようと手を出す俊敏な奴のほうが
取り損ねると手先が当たって外野に出て、
また外から当てて内野に戻って…を繰り返し
何度もバンバン当たっていたようなイメージがある。
内野と外野でタッグ組んで間髪入れず集中狙いするのも、
弱い奴よりそういう強い奴への作戦行動。
そして、最後まで残ってチョコマカ逃げ回る奴は
投擲力は弱くてもすばしっこく決して「運動音痴」ではない。
他の人も指摘しているけど、
なんかやたらバイオレンスなプレーの仕方だった学校は
ドッジボール自体が悪いというより
教師がそこらへんの指導を疎かにしていたせいじゃないか?
>>49
こわい
いたかったよ
小学校は運動能力格差社会だからなー
女子には女子しか当てられないとか、
トランプのようなジョーカー役を両チームに一人混ぜて、敵に当てられたら、相手の強力な内野を一人道連れにできるようにしてみるとかどうだろ?
ゲームに罪はないよ
むしろ人間性を炙り出すいい道具
どんなに取り繕っても、力任せにしか楽しめない人間は最終的にハブられてた(それもやばいけど)
体が小さく運動神経も良くなかったので、審判が立つ位置(両コートの間)の近くにいて審判のフリしたり、座って小さくなってみんなの視界に入らないようにして最後までコートに残ってた思い出。
※52
ひととおり眺めたコメで一番笑いました。
ドッジボールやるときはぜひ組みたいな。
例えば創作であればどんな下劣で低俗なものであっても
力の弱い相手を集団で攻撃する者は「悪役」として描かれるのに
ドッヂボールだけはそういうヤツがヒーローになれる遊びだからね。
子供にやらせるものではないとは思う。
かといって大人になったら集団でボールのぶつけ合いなんかしても楽しくないだろうし
まあ、今時代には必要ないものなんだろうね。
>>53
オトナでやったら確かに、、、
私もドッヂ大嫌いだったけど、これを読んでそっくりそのままおかしなとこだけ間に受ける変わった奴も出てくるんだろうな。
運動全般、得意だったし、武道経験者だけど
この記事には共感する部分が多い。
球技は数あれど、直接相手にボールをぶつけるのが大正義なんて
ドッジくらいしか思い浮かばない。
運動が苦手な子にそんなに必死にならなくてもいいじゃんと思うくらい
鬼の形相で全力のボールをぶつける脳筋馬鹿と調子乗りの賑やかし、
顔面セーフとかいう最悪の謎ルール、教師は楽で良いでしょうが
毎回のように泣かされる子がでるのが本当に嫌だった。
ドッヂボールって特定の子の運動にしかならないよね。
休み時間にやりたい子だけで集まってやるのはいいけど、
体育でやることじゃないかもね。
自分も最初のほうで当てられて、ずっと外野で見学状態だった。
ある意味、楽でいいと思ってはいたけどw
こうやって子供の遊びを危険だから害悪だからと取り上げていったら何が残るのだろう
遊びを子供に返してあげて
こういうトンチンカンな結論を出すのが流行りなの?
たしかに
運動神経がいい子だけが楽しいだけだ
わかる、理屈としては十分わかるんだけど・・・そんなに目くじら立てるほどのことかと。
自分も運動は全然ダメだったけど、逃げ回っているだけでも全身動かしてて結構楽しかったな。ルール単純だし、野球やバスケの類より参加できてる感はあった。
「ボールを投げつけていいのは競技内だけ」は徹底して教える前提で、指導者の監督のもとであれば、さほど問題ないような気がする。
教授もすぐに禁止せよとは言っていないが、こういう主張がいずれ独り歩きし始めて、害悪部分だけがクローズアップされるようになり、競技自体が廃れていってしまうことになりかねない。競技団体の反論がいずれ出てくればいいけど。
>特定の条件下なら「他人を攻撃しても良い」という認識を植え込み
むしろ、これは正しいことなのでは?
逆に言えば、
「普段は攻撃してはいけない」「無条件に攻撃してはいけない」 というこだし。
※61
法の中でなら暴れてもいい。
まさに今の世の中だね・・・
またトンデモ研究来たな…と思ったけど悪意が感じられるルールではあるかもな
弱点を攻めるのは定石としても他の競技のようなカバーリングが難しい
結果デスゲームのような展開になる
「理屈と膏薬はどこにでもつく」と言って、理屈はこねようと思えばいくらでもこねることができる。
社会科学系の研究に取り組む際には、この点に本当に気を付けなくてはいけない。
自然科学系の学問と違って社会科学系の学問は、前提となる因果関係の方向性があいまいだったり、偽相関(実際は関連はないが、統計的な相関は出てしまうこと)が出やすかったりという、独特の問題が横たわっている。
その気になれば、この分野は何でも悪者に出来てしまうから、本当にそうだというなら、精密なデザインの実験を慎重に続けてやってほしいところ。
抑圧プロセスを念入りに取り除いた結果、家に引きこもることが判明…という研究結果待ってます
FPSとか人殺しのテレビゲームよりもよっぽど害悪だと思う
実際に体を動かして「ドッジボールという条件(ルール)ならば他人を攻撃してもいい」っていうのを実感させるんだし
「法律というルールに沿っていれば何をしてもいい」って教えるのと同じ
ちょっとコレには思い当たるふしがある、しっかり競技としてやってるドッジボールは良いとしてな
小学校の頃授業や遊びでやった時誰を狙うんですか?ってなった時対象は【当てやすい相手】だった
それは動きが鈍い運動神経の悪い子や、当てる事で今後報復が無いであろう気の弱い子達だった。
それは皆同じらしく、それらの子が内野に居れば集中して的にされてた。
競技の上では常套手段な『弱者を集中して攻撃する』だけど授業や遊びならこれはイジめに近いのかもしれない。
ボールがあれば室内外どこでも出来る準備の楽なスポーツだけど幼少期の授業としては確かに不適切なのかも知れん。
避ける投げるでいい運動になるんだけど、全力で物を投げつけられるのは最初恐怖だったしなぁ
うわぁ~、ドッジボール!授業というよりほうかこ
うわぁ~、ドッジボール!授業というより放課後等遊び時間によくやっていたな。すごい弱虫で運動神経ゼロだったから恐怖だったけど、同時に最後まで生き延びたり難しい強力なボールを受け止めたり出来ると自己肯定感上がったからキライじゃなかった
なんとも刺激的な球技だよね、
おとなしい女子に限って鬼のような形相だったな。
>>72
私の事ですね
うーん、ぶつけられる側だったから、納得してしまうかも。
本来は「ボールを避けたり投げたりする身体能力を、遊びながら育てる」ためのゲームのはずだけど、特に子供だけで白熱すると…「徹底的にやれ」という雰囲気になってしまう。
最後の1人になって、周りは全部敵、ボールを投げるのが上手い子たちの標的にされた記憶は数少なくない…
のちに「頭や顔は狙わない」というルールが出来たけれど、自分が受け止められない高さやスピードのボールがビュンビュン飛んでくるのは怖いもんだよ。
※73です
追記すると、ドッジボールは怖かったが他の球技までは嫌いにならなかった。ルールがちゃんと決まっていて、審判がセーフか反則かきっぱりと判断してくれるような「競技」である球技は、スポーツとして楽しめたよ。
たしかに、あっちからこっちから高速で一人の子を集中攻撃したり、目の前にいる後姿に向かって全力でボール叩きつける子とかいたもんな
悪意剥き出しで、なんでそこまで…とよく思ったもんだ
>>74
そんなに悪意に満ちてしまうのは、どんなクラス?どんな世代?
私は80年代に小学生だったんだけど、手加減は当たり前だったし、楽しむものというのは変わらなかった。むしろ、みんな見ているから、ムキになって誰かを狙うとか、そんな悪意は発現されることなかったような…
>>74
当てやすい子から狙って数を減らしたいと考えればそうなるわな
狙われる側からするととっとと外野に行きたいから強く当てるのはやめて欲しかった
後頭部直撃すると頭は無効とか言って継続されるから踏んだり蹴ったり
それをいいことに頭を狙われるしもう最悪だった
小学校6年の時の担任教師が、休み時間に強制的にクラス全員に
ドッジボールをさせてたのを思い出した(先生も一緒に)
みんなで遊んだ方が楽しいからと言って
自分にとってはボールから逃げて常に走らないといけないだけの遊びで
何が楽しいのか全くわからなかった
体が小さく、運動音痴で女。普段は男子にイジメられがちだったけど、ドッジボールはわりと楽しかった。(足を引っ張らないように)いかに逃げ切るかって方向でやってた。
痛いほどぶつけるとか集中狙いとか盾扱いとか邪魔者扱いとか、そんなんなかったよ。ドッジボールが悪いんじゃなくて、やってる人間たちが最初から問題あるんじゃないの?
運動昔から苦手で野球もサッカーもバスケも嫌い。走るのも遅いから鬼ごっことかも嫌いだった私。もちろんドッジボールも嫌い…ではなくドッジボールは大好きでした。運動神経悪いのに逃げるの得意だったから。逃げ回ったり避けたり、スリル満点ですごく楽しかった。少人数校で一年生から六年生まで一緒にやってて運動の得意なカッコいい上級生にかばってもらってドキドキしたりした。もちろん意地悪な奴に狙われたりもしたけど逃げ切ってやった時にはスッキリした。そんな楽しい思い出を偉い学者や沢山のコメントに否定されて悲しい私はとても悪い人間なのでしょうね…ごめんなさい。小学生の頃はもっと野蛮な遊びをしていました。本気になりすぎて泣いたり泣かせたりしょっちゅうでした。私にとっては楽しい思い出なんですがそんな遊びしないでいる今の子どもたちはとても幸せなのでしょうね..
もちろん皮肉です
ドッヂボール、良い思い出が無いから嫌いだけど教師側の指導方法によると思う
ドッジボールが嫌いだった子供時代から同じこと思ってたわw
体育の授業でやらされるときは先生に「一人一回は必ずボールを触れ」って指示されたり、ボールを2つ使うパターンで試合したりの地獄だったわ。
この記事でドッジボールを擁護してるのはそれが楽しかった人だけだろうからな。
これはわかる。
思いっきり投げてくる奴いたわ。
安全っぽいボールを使ってるから攻撃する側はそんなに危険と思わないし、当てることが正義だし、思いっきり投げないと当たらないし。
上手く避けられる人はいいけど、苦手な人はただボールをぶつけられるだけ。
格闘技とかも同じだけど、やりたくない人にも強要するのはやめるべきだね
仲間側でも人を盾にするやつとか出てくる
肩まで掴んでくるから本当最悪
外野にいたらいたで自分のところに来てもないボールを死に物狂いで追いかけなきゃ教師に怒られるという謎スポーツだった
当たったらめっちゃ痛いし自分にとってはいい思い出ない(´・∀・`)
勝負事は大抵そうなるものでは
※85
相手を直接攻撃するスポーツは少ない気がする。
他に学校でやったものだと剣道あたりかな。
防具付けてるせいか思いっきり叩いてくる奴いた・・・・
自分の右手の小指が曲がってるのはドッジボールで当てられたせいだった
1ヶ月以上痛かったのを覚えてる
そういう危険もあるんだよな
定位置、外野
こんな危険極まりないスポーツが小中学校体育の必修科目ってのが狂気の沙汰だと思ってたわ。性格悪いヤツとかいじめっ子あたりはわざと顔面めがけてフルパワーで投げつけてきたりするし
自分が苦手だと何でも悪って発想こそ危険だと思うけどな。
下手な奴を守る意識も持てるし、得て不得手があって協力するって学習するじゃん。
確かに全方位に嫌われている奴は救いが無いのかもしれないけどな。
知らんかったけどアメリカンドッジ(マルチボール)って熱いすね。
記事はカナダの話だから俺が知ってる昭和から遊んだ玉ひとつのドッジとは違うのでしょうけど、日本でもドッジを学校授業でやるのどーよって動きはあるそうなので似たようなものか。しかしマルチボールルールで起きる問題の方が苛烈そうなので対策の動き早いほうが良い気がする。
日本の小学校でもマルチボールルールって取り入れているのかしら。ちょっと運用とか監督者の技量とか気をつけないといけない感じでしょうかね。
あ。日本代表の方々がんばってください。
加虐性の高い子供がより凶暴にはなるってだけで、もともとまともな子供の加虐性が増すって事は無いと思うよ。
ドッジボール下手でいつも当てられる側だったけど、皆でわいわいやって普通に楽しかった思い出。
そりゃ顔面や指に当たったりしたら痛いだろうけど、それはどんな球技でも言えることだし
あとそういう時は投げた人がちゃんと謝りに行ってたよ
漫画「六三四の剣」で好いてくれてる女の子の顔にボールをぶつけて泣かせてしまうシーンは本当に切なかったなぁ
顔面セーフっていうほどセーフじゃないって思ってたわ
わいの正しさがまた証明されてしまった
道具使わず腕の力だけで投げて当てる分なんぼかマシなのではと思ってしまう
他に危険競技なんて山ほどある
球技じゃなくて組体操なんかもそう
ドッジボールでいじめみたいな目にあった経験目撃も正直ないのでピンとこない…
小さいけどすばしこい子が最後まで残ることが多くて、いつも賞賛されてたよ
まあ禁止したいなら禁止すれば、程度
温度低くて申し訳ない
ドッジボール嫌いだったわー
突き指するし、とにかく痛い思い出しかない。
ボールが硬すぎるから犬のおもちゃくらい柔らかいボールにしたら、精神的にも緩和されるんじゃない?
小学生の時馬鹿みたいにドッジボールさせられてたなあ
まったく面白くなかったが
「相手チームの弱いポイント(選手)を狙って攻めていく」のがいじめとか非人道的とかに繋がって行くんだったら
野球もバスケットもサッカーもチームでやるスポーツは何でもそうだろ
何言ってるんだとしか言えない
じゃあその弱点になる選手はチームから除外するのが正しいのか?ってなると今度はそれもいじめだの不平等だの言い出すんだろ?
ほんと馬鹿みたい
悪用が不可能な競技なんて存在しない、いじめに悪用されそうなの防ぐためにルールと審判が存在するっての理解できてないのか?
スポーツ内でいじめが発生するなら問題はそれを抑止しない審判役にあるのであってスポーツそのものに原因があるのでは無い、履き違えるな
抑止と制御がなければどんなものでも非人道的で暴力的になるのは当たり前だ
これじゃ研究じゃなくてただのクレーマーでしかない
※103
多分スポーツとして考えたらちょっと特殊だから議論になるんだと思うよ。
・人の身体を直接攻撃するスポーツ(例えばレスリングとか)=基本一対一
・チーム同士で相手の弱点を突くゲーム(サッカーとかバスケとか)=ボールを取り合ったりするのが基本で人の身体は攻撃しない。
対してドッヂボールは
・個人を攻撃するのに一対一ではない。
・防具等の安全策がとられないケースが多い、とか。
※111
その問題点はバレーにも言える気がするけど
まあバレーは選手じゃなくコートを狙って打つものだが
※103
問題の本質は弱い子が狙われる事というよりも
「それを守る」チーム戦術がほぼ無いって事だろうな。
野球やサッカーなら穴になる子がいてもフォーメーションでカバーできる。
ドッヂボールにはそういうのがない。
ちょっとチームメイトがガードしたところで、パス回しで走らせればすぐgdgdになる。
小学生なら特に。
そのパス回ししていつまでも当てないってのもいじめ的プレイの手口として使われる。
単純すぎる競技ゆえに、格差が絶対的に生じてしまう。
※175
ドッジボールにも受け取るのが上手い子が楯になってカバーとか複数人で囲んで中央に弱い子を守るとか
わざと当って浮き上がったボールを他の子がキャッチ(これで当ってもセーフになる)とかの仲間を補い合う戦術が存在するんですが…
なんなら受けたり避けたりするの苦手な子をあえて外野に配置したっていい(外野はボール投げつけられることはない)んだし
昔、ボンボンやコロコロなどの児童誌でドッジボール漫画が連載され、ブームだったころの小学生のドッジボール全国大会ではそういうのが常套手段だった
なんかコメント見てると「嫌い」とか「ここが良くない」って指摘は多いけど「じゃあ上手い子らはどうやってプレーしてるのか」の言及があまりにも少ない気がする
まあ嫌い、苦手って人はそういうチームプレーやカバーの仕方なんかに触れるほど興味持てないから知識にも入ってないだけなんだろうけど
えっ?
そもそも最初から国はその事を織り込み済みで、むしろ有事には戦争を起こしやすい様国民を教育する目的だと思っていたのだが?
まあ、苦手だった人と得意だった人で意見分かれるでしょ、これは
これも多様性ってことで、ひとつ。ね?
なおワイ、逃げる専門だった模様
そもそも体育が全体的にアカンかったわ
はい、じゃあスポーツも全面禁止で!
この記事が「搾取」「周縁化」「無力化」「文化帝国主義」「暴力」を象徴してるように感じる。
この一文でイラっと来たあなた、それは図星だからだよ。
カナダでは「やられる」と覚悟を決めた相手には介錯のようにやさしく当てるとかはないのかな?
ドッジボール嫌だったなさっさと当てられてずっと外野に居たかった。運動苦手ではなかったけど、防具も付けてない人間にボールを当てるなんてしたくなかったしされるのも嫌だった
ドッジボールは本当に嫌だったな
他の球技はわりと得意で楽しんでやったけど、ドッジだけは嫌いだった
なんで故意にぶつけたりぶつけられたりしなきゃならないんだ…と子供心に不快だったんだと思う
ドッジボールは滅びろ。
ガキの頃にどれだけ嫌な思いをしたか。
全ての競技の中でいちばんクソなやつがドッジボール。
体育の授業は苦手で嫌いだったけど、ドッチボールは逃げるのが得意だったな。人は何からでも学ぶものだな。
バーンと顔面あたって鼻血出た子もいたしなあ
私は弱かったけど、とても楽しかった。
ボールが強く当てられることはなかったし、むしろ的になるのは関心がそれだけ持たれてるってことで、悪い気しなかった。
キャーキャー大声出して逃げ回るのって、いつでも楽しかったなぁ。
競争を教える必要があっても、それがドッジボールである必要はない。
「負の面もあるから『スポーツはみな素晴らしいもの!』って盲信しないで、それなりの指導や工夫が必要だって事も覚えておいてね」
「特に小さな子供への影響ってこんな事もあるよ」
って感じでしょうか。
その「負の面」を体験する事自体が社会を学べる一面もあると言えるかもしれませんが、それが「学び」になる為にはやっぱりそれなりの指導や工夫が必要なんじゃないかなと思います。
それが出来ないならそれは子供にとってただの「教師に容認された暴力的遊び遊び」としてしか記憶に残らない、という事なのかなと思います。
体育の授業は嫌な思いでしかないね
組体操とかさぁ、あれ要は教員による小さなマスゲームでしょ?
手軽に権力者ぶって悦に浸る為の奴
現実を知ることが果たして「悪影響」なのか?という疑問が
常用されてる方の意味での性善説に偏りすぎてないか?
ドッジを無くしたからといって学校生活から挙げた性質を排除できるわけではないだろうし
わかりやすく視覚化されてるだけで人が元々持つ性質じゃねえの?
そんでだからそれを改善していくのが理性であり学びってやつじゃないのかね?
ドッジにも陣形作って死角をカバーする戦法あるわけで
弱点に乗じるという攻者の論理以外にも弱者をフォローするって相互協力の考え方もあるわな
子供が小学校時代に子供会役員に選ばれて、4年か5年かくらいドッジボール審判やらされ
ましたわ。 両手に旗持って笛くわえて「今の一本はこんなん」みたいなルール覚えさせ
られて。 確かに試合としては殺伐としてたかな。
ソフトボールのほうがのんびりホンワカしてたな。
太ってて足が遅いから狙われてたけどいかに避けるか効率のいい逃げ方を考えた
投げても遅いからフェイントや狙う場所 スピンをかけるなど工夫してたよ
格闘技はどうなる?と思ったけどあれは学校じゃやらせんしな
ドッチボールは(子供に)謎の人気があるスポーツってイメージしかなかったから
人を攻撃するっていう面白さがあったのかと初めて知った
人に当てられる時くらいしかボールに触れなかったし、
ある意味目からウロコ
いじめられっ子だったんだけど、ドッジボールは好きだった。頑張れば逃げられるから。そこに監督する先生の目もあるし。
頑張って走って走って、最後の一人になるまで逃げ続けた時なんかは、自分は親からも必要ない子扱いされるゴミだった事を忘れられて、生活の中で唯一「楽しい」って思える瞬間だったよ。
※137
自分もいじめられっ子だったけど、何故か一番最後まで残ることが多くて、
誰も当ててくれないって感じがして悲しかった
全然当ててくれても構わなかったのに 嬉しいなんてこれっぽちも思えなかったな
>>150
確かに、仲間外れにするタイプのいじめを受けていたら、最後まで残る=いじめの延長であって、悲しいって思ってしまうね。
あなたみたいな思いをする方もいたんだな…と思うと、胸が痛い。
ところで、私達はカラパイアを見ている時点で、何かしら共通点があるのかもしれない。きっと、なかなかいい友達になれる気がする。というわけで、今日から勝手に、あなたの幸せと健康を願ってるよ!
137より
※150
確かにそういう扱いも精神的にキツイな
ドッジは当ててもらえたが、別の競技で出来なさ過ぎて哀れみの目で見られたわ
強い人を逃げられないよう拘束してボール当てて、「普段集中攻撃されている子の気持ちになってみましょう」ってのまであればいいと思うね。
相手を攻撃するのはドッジボールだけって言ってる人たちいるけどホントかな?
雪合戦も楽しいけど、あれも駄目になるんじゃないの?
※141
テニスとかバトミントンでも相手の体に当てて得点はルール上認められてるしな
そもそも格闘技とか全滅やんっていう
特定の条件下なら「他人を攻撃しても良い」に両方該当するぞ
※143
格闘技と同じだよ。
要するに、
小学校の授業でドッジボールをやらせる≒小学校の授業で格闘技をやらせる
ってくらい、ちょっと気をつけないといけない事なんじゃないの?って話。
小学生になんの配慮も指導も監視もなく、子供らだけで例えば「空手」を好き勝手にやらせるか?やらせないだろ。
でも、ボールが介在すれば「暴力」が許される。
※177
それ言ったら小学校の授業で軟式野球つまりソフトボールやるのもバスケやるのも「ボールを投げあう以上はボールがぶつかる危険性がある」しボールどころかプレイヤー同士が体ぶつかりあって怪我することに注意しなきゃならないのは同じだ
ドッジボールだけが特殊性があるとか、大人が監督指導されてない例外みたいな言い方は、本当に球技を経験したことあるのか?と疑わしくなってくる
まあ体育で経験したことない人なんて居ないだろうからおかしな話なんだけど
※183
デッドボール投げに行く前提のソフトボールとかファウル前提のバスケとかそんな指導してる学校があるの?
※177
そりゃ指導力の問題であってドッジボールが非人道的か?とは関係ないだろ
空手が非人道的なのならドッジボールも非人道的。逆なら違うということ
※185
「どちらも」「指導次第で非人道的になりかねない競技」ってだけの話だよ。
純粋に競い合う事だけではなく、過剰に嗜虐心を煽る可能性があるから取り扱いに気をつけないといけないはずなのに、ドッジだけ無節操に扱われすぎている。
ここにはドッジが苦手だった人が多いみたいだし、そう言われればそうかもなぁと思う所もある。
ただ単純に楽しいと思ってドッジで遊びたい人もいるから、今回みたいな言い分でドッジを完全に禁止、奪うような真似はしないで欲しいな。そちら側の主張権利が強くなりすぎてもそれこそ弱者の皮を被った強者になりかねない。
したい人、したくない人がそれぞれ許されるべき。
スポーツと心理とか、ゲームと心理とか、そういうものは研究結果も、賛否いずれの意見も、結局は個人の思想と屁理屈が大部分を占めることになるよね。
なんというか苦手だった、嫌いだったという人たちの気持ちもそりゃわかるんだが、そこからじゃあどうやったら勝てるかとかそういう思考に至る人は少数派なんだろうか。
雪合戦にしても枕投げにしてもトマト祭りにしても、ぶつけ合うってのは爽快感あるものだと思うんだけど、ネガティブな意識で臨むとゲームとして楽しむことができないほどトラウマになってしまうものなんだね…
※147
そもそもぶつける事に爽快感を持つ人と、全く楽しくない人と別れると思う。
自分はドッジ苦手だった。当てられるのも嫌だし、人に当てて何が面白いのか全くピンと来なかったし。
全面禁止とかで思考停止しないで、授業でもドッジかバトミントン選択できるとか、顔に当てたらマイナス点とか、誰かを守ってキャッチしたら高得点とか、なんか建設的に考えられたら良いね。
個人的にはドッジは滅びろと思ってるけどw
※147
好きじゃ無いと勝敗なんてどうでもよくなるよ
それに単純に好みの問題ってある
例えばの話、子供だとしてもドッジボール大会より百人一首大会の方が自分はよっぽど楽しい (小学生は百人一首はしないかもしれないけど)
ネガティブとかじゃなく好きになれないものは好きになれないだけなんだよ
ドッジボールね、あんなもん学校の授業中にやるもんじゃねーよ
じゃあ雪合戦とかもできないんじゃないのかなあ・・・・・。
弱い子は外野に回ってボール拾って、内野の強い子にどんどんパス回す
って方法で結構楽しくやってたんだけど・・・・・。
本当に運動がダメで苦手だった頃は嫌いだったし今もやりたくはない
でも少し運動神経が良くなって、投げてくる奴らの手癖を把握して全弾回避してやった時だけは気持ちが良かった
わざと回転ジャンプしながら避けたり「当ててみろバーカ!(実際はもっと酷い言葉を使った)」って挑発したり
そうしたらボールどころか学校生活で言葉すら投げて貰えなくなったけどいい思い出
※154
うちの地域じゃ氷片や石を仕込む奴がゴロゴロいたからもう二度とやりたくねーわ
※164
君を含め、君の育った地域は人格育成や情操教育のプログラムでなにか欠陥があったんじゃないか(笑)
※206
我が事を含めて否定はできません
実際に欠陥だらけだったと思います
エキサイトする前の割と初期の頃に緩いボールに腕をあててさっさと外に出て
後はぶらぶらと遊んですごす
ドッヂボールでつらい想いなんてしたことないよw
子供の中で公に目に見える形で競えるもの、優劣がつくものが運動・スポーツで
スポーツの中でも学年、ルールの難易度、季節、道具、場所の制約が少ないからやる頻度も多くなるのがドッジボールだから、そうなるとドッジボールの上手さだけが子供間のヒエラルキーに直結しやすくなる
ドッジボールが完全に悪とは言えないが、勉学系でもいいしeスポーツでもいいから運動以外で目に見えて順位がわかるものがいくつもあったり、運動や遊びでもドッジボール以外の頻度をもっと上げられればいいんだが
ぎりぎりブルマ世代、しかも体操着は何故か年中半袖推奨という校風だったんだけど当たり前のようにドッジボールは男女混合
わざと頭を狙うアホが多発したため当てていいのは脚のみ…になったのはいいんだけど、ブルマのおかげで冬場に冷えまくった脚に、至近距離なのにこれでもかと全力で投げつけてくるアホが絶えず女子はドッジボールが苦痛だった
今だったら色々と問題になってるだろうなぁ
休み時間にやるドッジボールくらい楽しい遊びないと思ったが
いつの間にかドッジボール地面に転がして蹴る野球みたいな遊びに代わってた
あれなんていう名前なんだろう
※169
キックベースっぽいけど、キックベースはメジャーな遊びだと思うから違うゲームなのかなあ……
>>169
キックベースかな?
※169
ヌッキヌキポンか?稲中でやってたMAXとか出場するヤツ
自分はドッチボールが嫌だった記憶はないな
当たったら後ろのコートでサボれたし。
むしろバスケットボールのほうが嫌いだった。
大げさに取り立てる事は愚だと思うけど確かに他のいくつかのゲームのルールと比べても、ちょっとひどいものではあるよね。
問題はそこにに対して強制的に参加させられる事じゃないかな。
そういう経験も必要だよ、となりだしたらもう水掛け論だけど。
回避能力が高すぎてボール3個にするという謎ルールがあったなぁ
>>173
うちはボール2個でした!
ボール2個貯めて一気に投げる作戦やられましたね( ˊᵕˋ ;)💦
雪合戦もダメって言ってる奴がいるけど、
あれも「当てる」競技だけど、
投げるのがヘタな子は雪玉生産に回るとか、築陣とか、防楯係とか、伏兵とか、
いろいろチームの役割分担で楽しめる方法があるんだよ。
ドッヂにはそういう選択肢が何も無い。
能力の無い奴は一方的に搾取されろ、ってマウント構造が最初から最後まで突きつけられる。
そりゃ、面白くは無いわな。
※176
そもそも雪合戦は授業(全員参加)ではやらないしね。
(もしかしたら雪国でやるとこあるのかもしれないけどあるとしてもあくまでも例外)
友達同士が遊びでやるならなんの問題もない。
競技としての雪合戦があることも国際大会があることも知ってるけど
それをやってる人たちだったら本当に雪合戦が好きなんだろうし
当然雪玉ぶつけ合ってもなんの問題もない。
※186
そもそも、自由時間に雪合戦をやった事はあるけど、
ドッジボールってほとんどやらなかったわ。
ほぼサッカーで、時々キックベース、人数少ないと田んぼ(複数人でワンバンで他陣地にボールを返しあってラリー続ける遊び)をやってた。
子供なりに「みんなでやる遊び」としてはあんま盛り上がんないのわかってたんだよ。
確かに、授業中でも運動神経いい奴同士でアタック&キャッチの応酬になると激アツではあるんだけど、そこに加われるレベルの奴ってクラスに1,2人いるかいないかだから。
「楽しめる」と「蚊帳の外」の絶対的な差が出ちゃう。
※224
最初に狙われて外野送りにされた子はたまったもんじゃないよね
当てられたら教室に戻っていいルールに変更しよう
※176
だから比較的弱い球に自分からあたりにいって外にでるんだよ
後はのんびりできる
筋力弱いならその程度の知恵働かせるのも子どもの義務だぞ
勘違いするんじゃない、ドッジは避けるという意味の言葉
つまり、ドッジボールは球をぶつけるゲームではなく、球を避けるゲームだ
小学生の時顔にボール当たった男の子が顔抑えて地面に伏せた瞬間その子目掛けてボール投げまくった同級生達にこいつらとは一生分かり合えないって思ったことあるわ
先生が慌てて止めに入ったけどおせーよ
非難している人は大勢いるのに
教育委員会や政治家に陳情する人は誰もいない件
だから永遠に続くことになる
対戦要素のあるスポーツはみんなこの傾向アリじゃないか
そういうのが許されない世の中になってきたってことだろうね
カナダデこういう事が言われだしたってことは数年後はアメリカで、そのまた数年後は日本で言われるようになるんだろうし
ドッジボール好きな人って「人にボールをぶつける」ことを楽しんでた事実をやたら否定するよね。
「自分とこは違う」とか「女の子は狙わなかった」とか「荒れてる地域だったのねー」とか。
自分を客観的に見られないのかもしれないけど(子供の頃だし)ドッジボールで張り切るタイプの人ってみんな同じ顔してたよ。
「楽しくてたまらない」
誤解しないで欲しいんだけどそういうのを楽しむこと自体を否定してるわけじゃないのよ。
闘争心みたいなのは誰でも持ってるし、どこかで発散させずにいられないタイプの子が一定数いるのは当然だし。
ただ、今はそんなのゲームとかバーチャルな世界でいくらでもできるでしょ。
サバゲーだってあるし。
それでもやりたい人は仲の良い友達同士でルールを決めてやれば良い。
周囲を巻き込む必要はないってこと。
※190
仮に「女の子は狙わなかった」としても誰かが当ててるんだよねぇ・・・
ただ気付いてないだけ
※190
そもそも「人にボールをぶつけることを楽しんでた事実」とやらがあなたの脳内の思い込みによる決め付け、あるいは被害妄想では?
運動神経最下層でもドッジボールは楽しかったけどなあ。最初は集団に紛れてしまえば即退場なんてことも無いし、当たって外野出た頃には疲れてるからちょうど良い休憩時間だし。
年数回位ならそんな悪影響ないと思うんだけどね。
ドッヂボールが恐怖の対象でしかなかった俺、この報告に思わずガッツポーズ
地域バレる全体で言うけど
それを悪化させたローカルスポーツ
エースドッジを経験すると、ドッジボールは本当にお遊戯だよ…
大会まで開催されるあんな競技が無い地域に生まれたかった…
ドッジボールって男子女子一緒にできる楽しい遊びと思ってたが人によってはこんなに感じかたが違ってたんだな
ドッヂボールはいつも恐怖でした・・・
賛否に関して、個人の好みや考え方によるところが大きいというのはよくわかったけど、子供のうちに嫌なことも含めて多様な体験をしておくというのは必要なんじゃないのかな。
「ドッヂ苦手だから嫌だ」で廃止にするなら「あーあ算数やだな」「ぼくは図工がきらい」「わたしは家庭科。買えばいいじゃん」も理屈をつけることで通用してしまう気がする。
公園から遊具がゼロになったのと同じような虚無感と空恐ろしい感じがした。
たしかにドッジでニヤニヤしながら全力でボールぶつけてくる奴って、普段からオラついてる脳筋いじめっ子タイプが多かった気がする。
体育の授業という大義名分のもと、暴力性を発揮できて楽しくてしかたなかったんだろうな。
自分はどちらかというと狙われるタイプだったので、高速カニ走りで逃げまくってた。
運動音痴でもともと体育は苦手だったんだけど、とくにドッジは嫌いだったな~。
うちの学校では「教師の前でいじめられっ子に堂々と全力でボールをぶつけられる」楽しい授業として人気だったよ
なおいじめられっ子はワイ
別に得意な訳でもなかったけどオレはドッジボール大好きだった
逃げ回るスリルがたまらなかった
”強制参加”ってのがネックなんじゃないかな
※213
強制参加そのものは他のスポーツ全般に言えることでドッジボールだけの問題ではないですね
※210の例なんかを見るとどうも「いじめに悪用することを許容しているその学校や教師の姿勢」が問題であって
ルール上では反則や注意勧告となるような行為を問題視してないのが最大の原因でしょう
ドッジボールでも公式試合では転んだプレイヤーにボールを当てることは、避けられず怪我をする当り方になる可能性があるので禁止してる場合がありますし、
ルールそのものがいじめに繋がると主張してる人のドッジボール認識や知識はちょっと疑問が大きいです
バスケに置換えたら「タックルしてボールを奪うのを許容」サッカーでも「足引っ掛けてボールを奪ったり相手を阻止するのを許容」そんな状態ですよこれ
(もっともプロの試合でも度々あり、故意ではなく事故と見なされれば処罰受けないグレー判定が存在する)
そんなルール違反を許容する教師の体育授業はなんのスポーツやらせても問題しかありません
「ドッジボールだから」ではないですよね?
ドッジボールを通して自分より要領が悪い、運がない、鈍くさい、、、、そんな奴が居ることを学んだし
知った仲の潰し合いでの生き残り方を学んだ
柔らかいボールでも投げつけられること自体が恐かったし、
本気でやられると結構痛い。
嬉々として人にボールをぶつけようとする人も本当に嫌だった。
ドッジボールは大嫌いだけど、この学者の主張もなんだか極端に聞こえる
ドッジボールが好きな子もいるから、不参加の自由を認めてやりたい子だけやるようにするのが一番いいよね
>やわらかくて痛くないボール
私が子供の頃はそんな配慮無かったなー
そんな殺伐とした競技じゃなかったけどなー
顔面は一律禁止だったし
男子は女子にふんわりボールしか投げてなかったし(女子からは剛速球で返球)
徒党も組んでなかったし
最初に外野の希望を聞いてたから苦手な子は最初から外にいたよ。
ははは懐かしーなあ
小学校6年生のときに、仲のいい友人と一緒に「ドッジボールは野蛮な遊戯」だって愚痴ってたっけ
今気づいたが、この学者の指摘は中学生のやるドッジボールのことなのか?
他の記事を見ても調査対象は中学生としか書いてないんだが・・
中学生の話だとすると徒党を組むとかいじめだとかの話が出てくるのはわからなくもないかな (中学でドッジボールをした覚えはないが)
小学生だと思うと違和感ありまくりだったけど
大学の偉い先生だって馬鹿は居るっていう記事じゃないの?したり顔でその通りとか言ってる奴大丈夫?
(投げる)
ぽ~ん てんてん コロコロ
(拾う&投げる)
ぽ~ん てんてん コロコロ
(拾う&投げる)
ぽ~ん てんてん コロコロ
はーい!今日も全員無事でしたね終ぅ~了っっッ!
「やってられねぇぇ」北島
「今まで生きてきた中で一番つまらね」・・・ド忘れ。
すぐさまドッジボールを禁止せよと言っているわけではないが、ドッジボールに負の一面があることをわきまえたうえで、全員を強制参加させることなく、ルールを改正したり、別の選択肢を与えるなどの必要性はあるだろうと語っている。
この記事の教授の「すぐさまドッジボールを禁止せよ」という言葉の部分だけ切り取ってる人多くない?その後に語ってる内容の対策が肝心なのに
こういうドッジボールの負の面を弁えながら指導意識を持った先生が大多数として普通に存在していたら苦手になる人も嫌いになる人ももっと少なかっただろうに、残念ながらドッジボールに関しての意識と指導能力不足なのがデフォルトで、軽視されている状態が当たり前として考えられているんだろうな
その結果がこのコメ欄での多くの怨嗟の声として出てる
上記理由ならめちゃくちゃ戦略的で有能なゲームだよね。将棋みたい。
どこに問題があるのだろう。
ちなみに女性や弱い人を狙い撃ちにする人はいなかった記憶がある。狙い撃ちにする人はあとで立場がなくなってたから、誰もしなくなった。
※236
狙い撃ちにする人いるんじゃん・・・。
そのドッジで活躍しようと善意で狙い撃ちした結果イジメに遭ってしまった子はどうなるの?
私は休憩時間も男の子たちと一緒にドッジボールやってたから「女の子は~」って言われるとなんだかなぁってなる
そもそも勉強できるのを自慢するのは駄目だが、スポーツは自慢していいとか
不思議な規律があるよな。そういうものが背景にあったうえでの話だと思うけど
弱者が真っ先に狙われるスポーツだからね!
野球はキャッチボールの練習がある
サッカーもドリブルの練習がある
ドッジボールだけそういうのなしにいきなりやらされる
意味不明な競技
組体操でも論争あるらしいが、こんな感じなんかな
結局この指摘に対する意見ではなく、個人のドッジボール考察に終始してしまったような
スポーツ苦手で特に球技はダメだったけど、ドッジボールが嫌いだとか思わなかったなあ
コメ欄見てると嫌な思いをしてた人が結構いるけど、よほど殺伐とした試合をしてたのか
それとも極度の運動音痴なのか、超消極的な性格なのか
もう一度書くけど、スポーツ苦手な自分でもそれなりに楽しめる単純な競技だったから
なんでそこまで目の敵にするのか、割と本気で理解出来ない
ドッジボールってか体育でやるスポーツ全般がカースト上位用って感じ
下位がミスれば「あ~こいつのせいで負けたwwww」と批判され、スポーツ自体嫌いになる
本当に恐ろしい競技だった。男女無差別級で問答無用に参加させられる、首から上はセーフという糞ルール。
ドッジボールを愛して、そのために体を鍛えぬいて、チームワークで信頼を深めてルールもちゃんと決めて、
プロテクターみたいな防具を着けた上ならなんとかスポーツとして成り立つんじゃない?
そこまでしたって、小学校低学年が無理やり参加させられるものではないだろうけど。
案外ドッジボール嫌われてるんだな、コメ欄見て笑った
運動関係では常に絶対的エースとして君臨していた俺には全くわからんが、君ら辛かったんだな
陰キャわらわらで草
体力も協調性もないボッチだから最初の方から狙われてあとは外野でパスも回されずにぼーっとみてたんだろうなw
>>251
ずいぶん詳しいね まるで実体験かのようだ
自己紹介かな?
やりたいやつはやればいいし、そうでないやつはやらなくていいだけだけど。強要するからおかしくなるのよ。