この画像を大きなサイズで見るナポリ港に駐在していた英国の役人アーチボールド・ブラウンは、手にしている名簿を見やり、その名を呼んだ――「ヴォイテク伍長」と。だが前に出る者はなかった。
1944年2月半ばのことだ。ブラウンはエジプト、アレキサンドリアから到着したばかりのポーランド兵部隊をドイツ・イタリア軍と戦う連合軍への援軍とする手続きを手伝うためにナポリに来ていた。その仕事の1つが名簿を確認し、到着したばかりの兵士と会話することだった。
ブラウンはもう一度名簿を確認した。間違いなくヴォイテクという名はある。軍籍番号と軍隊手帳もある。だが本人はどこにもいない。すると大佐が楽しそうな顔で歩み出て、ブラウンに檻を見せた。中にはシリアヒグマの成獣がいた。大佐はヴォイテク伍長だと説明した。
ポーランド軍とヴォイテクの出会い
ヴォイテクの前代未聞の従軍歴は1942年の春、ペルシア北部にあったポーランド軍キャンプで始まった。そこでポーランド兵が若い羊飼いの少年に出会った。彼は親を失って死にそうになっているヒグマの赤ん坊を見つけたのだという。
この画像を大きなサイズで見る兵士らは食べ物やチョコレートやスイスナイフなどと交換でクマをもらい受けると、ヴォイテクと名付けて飼うことにした。
ポーランド人としては一般的な名だが、将来の従軍を考えると、少々予言めいている。ヴォイテクとは「微笑む戦士」という意味だ。
この画像を大きなサイズで見る兵士たちの唯一の癒しであった子グマのヴォイテク
キャンプの兵士の多くは元戦争捕虜で、1939年のナチス・ソ連軍によるポーランド侵攻の後、ソ連で収容されていた。1941年にドイツがソ連を攻撃してから、強制収容所を生き延びた者たちの多くが解放された。彼らはペルシアと中東のキャンプに送られ、そこで兵士として訓練を受けた。
ソ連の強制収容所で散々な目に遭った彼らは、望郷の念を募らせた。だが再び戦場に送られることになる。故国は制圧されている。
大勢が家も、友人も、家族も失った。彼らにとって、子グマは唯一の慰めであったのだ。彼らはクマとじゃれあったり、ボクシングをしたり、トラックに乗せてドライブに連れて行ったりした。
ヴォイテクは果物やマーマレード、ハチミツ、そしてシロップを食し、時々ご褒美として、大好きだったビールをもらって飲んでいた。
この画像を大きなサイズで見る常に一緒にいられるように兵士としての階級と軍隊手帳を与える
ペルシアからイラク、そこからシリア、パレスチナ、エジプトへと、部隊がどこへ赴くにしてもヴォイテクは一緒だった。
その時までにはヴォイテクは子グマではなくなっていた。身長180センチ、体重220キロもあり、ペットとして扱うにはもはや難しくなりつつあった。
特に港の職員にどう説明するべきか困った。1944年4月、アレクサンドリアの港でヴォイテクは足止めを食った。職員はクマの乗船を拒み、兵士にしか出航の許可を与えなかった。
そこで兵士は機転を利かせたのだ。彼らはヴォイテクを兵士として申告した。クマに階級と軍籍番号と軍隊手帳を与えた。これが功を奏し、ヴォイテクは乗船を認められた。
この画像を大きなサイズで見るできれば楽したいけどやるときはやるヴォイテク
正式に兵士になったヴォイテクは、仲間から重たい迫撃砲の弾丸が詰まったクレートを運ぶよう訓練された。
だがヴォイテクは怠け者であることが判明する。いつも空の箱ばかり運ぼうとするのだ。ところがだ、1944年のモンテ・カッシーノの戦いで手柄を立てる。要請に応じて、50キロ近い迫撃砲の弾丸や補給物資の箱を前線まで運び、見事部隊を助けた。
その勇気と戦う意思が認められ、第22弾薬補給中隊の部隊章のデザインは、弾薬を運ぶクマの絵柄に変更された。
この画像を大きなサイズで見る終戦後はスコットランドへ
終戦後、兵士はソ連に支配されたポーランドに戻りたがらなかった。強制収容所の記憶が脳裏にこびりついていた。
しかもポーランドの地位も不確かだった。公式には、彼らはスターリンの恩赦によって釈放された元ソ連の囚人であった。そこで大勢がイギリスへの亡命を希望した。
ヴォイテクと兵士3000名はスコットランド、ベリックシャーにあるハットンのキャンプへ送られた。
この画像を大きなサイズで見るヴォイテクはすぐに地元で人気者になり、村の舞踏会や子供達のパーティ、あるいはコンサートに参加した。子供を背中に乗せたり、村人が橋の上から見守る中、川で泳ぎを披露したりもした。
この画像を大きなサイズで見る隊が解散するとエディンバラ動物園へ
やがて第22弾薬補給中隊は解散となった。ヴォイテクはエディンバラ動物園に引き取られることになり、ここで残りの人生を過ごした。
昔の仲間はその後も訪れたが、孤独な暮らしのせいでヴォイテクはやがて鬱になり、以前に比べるとかなり気難しくなっていた。
1963年、ヴォイテクは21歳で息を引き取ると、かつての仲間はもちろんこと、国中が悲しみに沈んだという。
References:Wojtek: The Bear That Drank Beer And Went to War | Amusing Planet/ written by hiroching / edited by parumo
















世の中って信じられんようなエピソードがまだまだあるんだな…
幼いころから 人間のように育てられた 志村動物園のパン君・・・理解能力が普通のチンパンジーと違って 寂しくないかなぁ
動物と話せる 超能力者の女性 ハイジさんに心の内を聞き出してもらいたい
※2
パン君が特別賢いわけではなく、普通のチンパンジーと変わらないよ。ただ幼少期から動物園で訓練されていたため芸および人間みたいな振る舞いが上手になったんだ。またテレビの編集の演出もあり、実際の知能以上に賢いと誤解された面は否定できないんじゃないかな。寂しいという心配は大丈夫だろう、元から動物園暮らしだったし(TVはあくまで出演)、ポコちゃんという妻がいるし、時々志村園長が会いに行っているからね。暇だなー、またご馳走欲しいなーぐらいにしか思ってなさそう。
ハイジさんにこそ聞いてもらいたいことがある。12歳の時になぜ、女性研修生を噛みついてしまったのか?そこについては一切だんまりなのが怪しい・・・そう思わない?
ポーランド軍っていうとシモ・ヘイヘしか知らなかったけど
今ヴォイテク伍長が記憶に刻まれた
ヴォイテクにとって動物園は安全かもしれないけど孤独で、
危険でも泥まみれで笑いあえる兵士たちが家族だったんだよね
平和になると家族と暮らせない
なんて嫌な矛盾なんだろう
※3
ヘイヘはフィンランドじゃなかったっけ
※3 それでも安全なところで最後まで過ごせただけでもいい
中国で日本の部隊に拾われて育てられたた迷子の豹の子「ハチ」は戦火が激しくなったので上野動物園に引き取られた 結局「かわいそうな象」と同様に殺処分になった。(こちらは毒で)
戦後 復員した兵隊さんたちがそれを知って泣いた。
その一人が剥製を引き取って故郷で開いた店に展示した 戦争の記憶をつたえるために。
今は高知市こども科学図書館に飾られています。
米3
シモ・ヘイヘはフィンランドやぞ。ムーミン谷を追放された白い妖精がシモ・ヘイヘ。
檻の中にいるだけの動物園の熊じゃなくて
サーカスの熊になって
芸をするお仕事があるなら
調教師の人と絆が深いから
幸せでいられたかもしれないね…
※4
調教だからね。
その動物の性格によるけれど、ムチで叩かれたり、ナイフで刺されることもあるんだよ。
この熊プーさんのモデルだってな
泣いた
晩年も幸せであってほしかった
>>ポーランド軍っていうとシモ・ヘイヘしか知らなかったけど
はぁ?
シモ・ヘイヘは、フィンランドの軍人
ヘイヘはフィンランドやぞ
ヴォイテクはタバコもすきだったんだよね
ttp://karapaia.com/archives/52059701.html
この記事2回目やね
※11
昔の記事も読んでみたが、読後感がまるで違った。
因みに享年があっちは22歳でこっちは21歳やけど?
二匹の黒猫と盲目アライグマの二つの記事でもそうだったが、書き方次第で受け手側が享受する反応も千変万化するんやな・・・
志村動物園のパン君を思い出した・・・
ポーランド軍のアンデルス将軍によって発給された正規の軍籍で、好きなタバコとビールが購入できるように給金も出ていたそうですよ
部隊の人間がヴォイテクを可愛がったのは、国を失い家族を失った自分達とヴォイテクが被って見えたというのもあるらしい。
※16
人の情をあれこれ勘ぐるのは無粋ってもんさ。一緒に居て幸せな時間を過ごせたならなんも言うこと無い。
Hoi4でヴォイテク知ったわ、可愛い熊だよな
ずっと周りに人がいてご褒美ももらってたりしてたのに
ある日突然狭い檻に閉じ込められたら鬱にもなるよ。
晩年がさびしかったと思うと切ないな。
空の箱ばかり運ぶのワロタ
確か高級将校のペンギンもどこの国か忘れたけどいたよな
日本軍も戦時中に現地で保護したヒョウ飼ってた部隊があったよな。
誰にでも愛想良くてかわいがられてたそうな。
熊版ランボー爆誕
21歳はクマさんの寿命としてはちょい短いかな?
ロシアのステパン君みたいなクマもいるんだろうな
賑やかな戦場しか知らないから穏やかで孤独な動物園の暮らしが合わなかったのか、それとも戦時下で強制的にハイになっていただけでPTSDを患っていたのか、孤独の中酒とタバコを取り上げられて鬱になってしまったのか…
波乱万丈なクマ生だなぁ
※26
クマは神経質だしPTSDの可能性は否定出来ないかもね
同じ部隊の戦友達と戦場で弾を運ぶという日常から、ある日突然自由を奪われたような生活だし
元同僚が動物園を訪ねポーランド語で呼ぶとヴォイテクが反応したらしいから、馴染みの無い英語のみの環境というのも孤独感を強めたのかも
やるときはやるけど普段は飲んべー?何か中年おやじみたいな熊。
野生のままなら孤独が普通だったろうけど、たくさんの兵士に囲まれて育った以上、晩年はさぞ辛かったに違い無い。せめて苦しまずに死んだかなー?
ファンタジー小説なら、
酒とタバコが好きな、クマとか
前世はニートかサラリーマン
熊に酒飲ませて……
トラになったらどうする!
ビールビール!
ヴォイテク、冷えてるかー
ヴォイテクは知ってたけど、こんだけ細かいバッグラウンドがあって、しかもそれを母国語で読めるなんて!! ありがとう。
てっきり亡命ポーランド軍として、イラクの親独政権かシリアのヴィシーフランス軍と戦うために中東に行ってたと思ってたけど、全然違った。ソ連軍に捕まって、数奇な運命の元にコーカサス経由で流れ着いたポーランド兵だったとは……。映画ですよ~!!
お礼にカラパイアさんにネタ提供しやす
∟中世ヨーロッパには、民衆を苦しめたり困らせた動物を裁く、動物裁判なるものがあ
ったそうで……
>>ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%95%E7%89%A9%E8%A3%81%E5%88%A4
>ヴォイテクとは「微笑む戦士」という意味だ。
笑兵ヘーーーーーイwwwww
切ない