この画像を大きなサイズで見るこれまでに知られきた現実の大きさを巡るこの旅路の始まりは、既知と未知の境界にある(カレブ・シャーフ)
天文学者でありアメリカ・コロンビア宇宙生物学センターのディレクターを務めるカレブ・シャーフが「大きさ」という観点で、あなたを壮大な宇宙の旅路に連れ出そうとしている。
彼の新刊『The Zoomable Universe(拡大して眺める宇宙)』では、観測可能な宇宙の終わりから始まって銀河団のような宇宙最大の構造を探索し、次いでプランク長までの極小の世界へと誘う。マクロとミクロの息を飲むような共演だ。
大きさに興味が尽きない理由
大きさは面白い。科学の視点から見れば、それは現実の基本的な性質だ。それについて考えを巡らせることすらないほど当たり前のものなのだ。私たちは時空について語る――そして、おそらく大きさや空間の性質よりも時間の性質について不思議に思うことだろう。だが、どちらも等しく神秘的だ。
この画像を大きなサイズで見るミクロとマクロ、大きさの神秘
誰もがそれについて直接的で、直感的ですらある経験を有している。私たちは物の大きさを測る方法を学ぶ。だが人間である私たちには、そこにある事物についてごくごく狭い一側面しか測れない。
また私たちは非常に狭い範囲に収まる物の大きさについても知っているが、ある意味、極大の物より極小の物のほうが把握しにくい。
以下の画像を見てほしい。異星人がいる惑星みたいに見えるかもしれない。だがこれは象の皮膚にへばりついたシラミの複眼だ。
この画像を大きなサイズで見る原子については多少なりとも判明している。だが、さらに小さな世界を見ようとすれば物事は不確かさの色合いを増す。
それは本質的に不確かであるという理由だけでなく、今の物理学がそうした世界ではより不完全なものでしかないからだ。
そこで何が起きているのか本当のことは分からない。それこそがプランク長の神秘である。大きなスケールなら、私たちは物事を実際に見ることができるし、それをグラフで表したりもできる。
ある大きさでは、あまり現象が発生しなくなる。
その背景にある謎のヒントだろうか?
これについてはじっくり考えてみる価値があると思う。クォークがあり、その20桁小さな場所がある。それはとても小さな経験だが、同じようなものが大きなスケールでもある……星間空間の虚空だ。
太陽系や地球、あるいは私たちの生物学的スケールでは、さまざまな現象が生じている。ここで私たちの洞察のほとんどが得られるし、ほとんどの知識が蓄積されるのもここだ。
この大きさでは、実際には中身が変わらず空であるのに、物質が凝縮し、それによって物が固体のように見える。それは人間の文化的バイアスであろうか? それとも宇宙の性質について深遠な何がしかを告げているのだろうか?
その答えははっきりとは分からない。だが、そこには私たちが形作られた仕組みや私たちがこの世界について考えるやり方に関する何かがある。私たちは明らかにそうした虚空に波長を合わせるようにはできてはいない。
この画像を大きなサイズで見る宇宙は我々人類を惹きつける
私たちはそれゆえ宇宙に惹かれている。
その様子はあたかも星々が引きつけ合うかのようだ。銀河にあるすべての星々を集めて、太陽系くらいの範囲に閉じ込めることはできるだろうか?
衝撃的ではあるが、信じてほしい。彼は数年前試算した結果、「なんてことだ、本当にできるじゃないか」と思わずこぼしたことがあるという。
この画像を大きなサイズで見るということで、宇宙の壮大さと神秘、そして「大きさ」の観点からミクロとマクロを行き来できる、カレブ・シャーフ氏の本、The Zoomable Universe(拡大して眺める宇宙)は要チェックなのだ。できれば翻訳版が早く出てくれるといいのだが。
via:nautil/ written by hiroching / edited by parumo
















宇宙のはじまりは、どこから、どんな状況で見ても同じで大きさを捉えることなんて不可能。そもそも、大きさという概念がないんじゃないかと。相対性理論の光の速度と同じで宇宙のはじまりは、どこから見ても137億年だったりして。
2番目の画像、絨毯の上にゴム製のボールが落ちてるのかと思った。
宇宙と深海の浪漫は異常やで
死ぬまでに宇宙のこともう少し進展あったらいいな
プランク長が最小という保証は無いそうだけど、そこまで行ったらもう観測手段そのものがないというね…
無限っていう事実が理解を超えてる
地球が宇宙の果て。
そもそも宇宙なるモノは存在しない。
そこは空間ではなく無だから。
地球から観測可能な範囲が、たしか半径約450億光年だったかなw
更に、その先にも宇宙は広がっているから、想像を絶するねw
宇宙の果てに神のいたずらでハズレの紙が貼ってあったらいやだ
仮にあっても俺の生きている間にその紙は見つからんし
真実なんてわからんけどさ
※11
或いはそこに「工事中」の看板があったりしてね(笑)
♪宇宙(そら)の広さを記すとき人は何で測るのだろう?
宇宙そこは最後のフロンティア
色即是空
空即是色
仮にプランク長の大きさの生き物がいて知性があったとしても人間のことは理解できないと思う
余りに巨大すぎて体表面調べるのも気が遠くなる位時間かかるし中身はもっと、
たとえ部分部分は解明できても全体像は把握できないだろうし何十億も個体がいる
コミニュケーションも無理
と考えると、宇宙も人間に理解できない位巨大な知性体なのかもしれない
それで宇宙の大きさは?
宇宙ってのは俺の夢だよ
人類が観測可能なのは全宇宙の○%だけだって言ってる人らは知ってるんじゃない?
プランクサイズからクォークまでのスケールブランクを超ひも理論でもカバーできないかね。ひもにも構造があるとか考えたら気が遠くなりそうだ、、
ワイ、子供の頃、宇宙の広がりとは真逆の「何もない」を想像したことあんねん。
みな、暇人、ちょっと想像してみて?
何もない・・・
あんた今、目のまえが、「真っ白」か「真っ黒」になるイメージ想像しなかった?
駄目やで、白くも黒くもないんや!
「どこまでも透明」←駄目やで、「透明」言うてるやん!透明でもないんやで!
たいてい透明の先に「白」か「黒」想像してるんや。←これ小学生の頃のわい
授業中こんなんもくもくと考えて、「まくーくうかん」いっとったら、「だほや」こいつ言われたねん!せやから、やってたこと説明して「んなことあらへん!科学や!か・が・く、わからんかボケ!」いうたら、先生「廊下で考えててね、ハイ、こっち」やと
↑悲しいかな・・・実話やで。そんでいまそれ「何もない」を研究しとるで!喰えんけどな!
ごめ、続き、精確にいえば、当時、「透明って考えてる自分」がいるからそれも駄目となって、ぐわあああああ。となった。誰にも解ってもらえんかった「黒歴史」や・・・完
悲しいかな実話(小学生のときの「日記」みつけた(嫁が発見)のをきっかけに、デスノート再度触る状態で所有者ルールで、ばあああああとなったので、本当のこと・・・)
おそまつ
宇宙はヒトの概念を超えるものが当り前に出てきすぎるので、最近はシミュレーション仮説を信じていて、色々変な限界があるのはプログラマーの世界のPC環境の問題だよって思うようになった
宇宙の大きさを実感する方法はある。
地球上のすべての葉っぱ(庭の木、アマゾンの森・・・)すべての枚数の
1000倍が宇宙の星の個数(恒星、惑星・・・)。
宇宙の星同志の密度は最も密なところで太平洋にテニスボール3個。
どれだけ広いか想像ぐらいはできるだろう。