この画像を大きなサイズで見るロシアがまだ赤の時代の社会主義国家だったころ、西側諸国の文化は禁忌とされていた。だがそれでも若者たちは、西から生まれたロック文化を吸収しようと必死だったのだ。
情報が規制されている中、彼らがどんな手段で西側の文化を知りえたのかはわからない。だが時代の最先端を行きたかった彼らは、ソルホーズ・コルホーズといった時代にゴス・パンク・ロック・ヘヴィメタなどを吸収していったのだ。
ここでは、ソ連崩壊前、1980年代のソ連の若者たちのロックな写真を見ていくことにしよう。
1. モスクワ―1987年 Photo by Asa Kari Frank
この画像を大きなサイズで見る2. ボルゴグラード―1988年
この画像を大きなサイズで見る3. モスクワ―1989年 Photo by Petra Gall
この画像を大きなサイズで見る4. モスクワ―1986年 Photo by Sergey Borisov
この画像を大きなサイズで見る5. モスクワ―1986年
この画像を大きなサイズで見る6. レニングラード―1987年 Photo by Yaroslav Mayev
この画像を大きなサイズで見る7. Face Magazineでの1ページ―1988年
この画像を大きなサイズで見る8. スペイン語の雑誌のモスクワのロッカーについての1ページ―1990年
この画像を大きなサイズで見る9. パンクスの女の子―1988年 Photo by Yaroslav Mayev
この画像を大きなサイズで見る10. ドイツの雑誌Blickpunktの撮影、モスクワにて―1987年 Photo by Petra Gall
この画像を大きなサイズで見る11. 1987年
この画像を大きなサイズで見る12. ドイツの雑誌のモスクワのロッカーについての記事―1988年
この画像を大きなサイズで見る13. Blickpunktの表紙[1988年]
この画像を大きなサイズで見る14. レニングラード―1986年 Photo by Natalia Vasilyeva
この画像を大きなサイズで見る15. モスクワ―1988年 Photo by Yaroslav Mayev
この画像を大きなサイズで見る16. モスクワ―1987年
この画像を大きなサイズで見る17. モスクワ―1987年
この画像を大きなサイズで見る18. モスクワ―1987年
この画像を大きなサイズで見る19. モスクワ―1988年 Photo by Petra Gall
この画像を大きなサイズで見る20. モスクワ―1988年
この画像を大きなサイズで見る21. モスクワ―1989年 Photo by Sergey Borisov
この画像を大きなサイズで見る22. モスクワ―1988年 Photo by Petra Gall
この画像を大きなサイズで見る23. モスクワ―1989年
この画像を大きなサイズで見る24. モスクワ―1988年 Photo by Yaroslav Mayev
この画像を大きなサイズで見る25. モスクワ―1985年
この画像を大きなサイズで見る26. モスクワ地方―1985年
この画像を大きなサイズで見る27. 1988年
この画像を大きなサイズで見る28. 1986年
この画像を大きなサイズで見る29. モスクワ―1987年
この画像を大きなサイズで見る30. 1988年
この画像を大きなサイズで見る31. The SHAH band―1987年
この画像を大きなサイズで見る32. オムスク―1989年
この画像を大きなサイズで見る33. モスクワ―1987年
この画像を大きなサイズで見る34. モスクワ―1989・1988年
この画像を大きなサイズで見る35. モスクワのバイカー―1989年
この画像を大きなサイズで見る36. 1990年
この画像を大きなサイズで見るvia:dyt.・written by どくきのこ / edited by parumo














頭がパンク思想だ
これより前の60-70年代は西側の音楽はレントゲン写真のフィルムに刻んだ海賊版ソノシートが闇で出回っていた 胸部レントゲン写真だから肋骨が写っていて「肋骨レコード」と呼ばれていたそうだ
80年代にソ連を訪れたことがある ペレストロイカの初期で40代以上と若者の間には文化の乖離があった 若者は外国人観光客から西側の文化(物質も含めて)を得ようと隠れるようにしかし積極的に接触してきた タバコ酒雑誌 なんでも欲しがっていた
いつの時代も若者とはそういう物だと思います。
…でもやっぱ五年十年は遅れちゃうのねw
ロシアンな感じがよく出ていていいんじゃないかな
当たり前だろ、1985年からゴルさんがこのまま閉鎖国家じゃ生残れないで、西側文化も入れて最終的に開こうでペレストロイカはじめてんだからさ
1枚目の女の子かわいい
みんなめっちゃ楽しそうだな!
しかし赤の広場始め、屋外の写真多いねえ
2の写真なんか制服さんが遠巻きにしてる前で堂々と撮ってるし3は何かのイベントかな?
これ全部ゴルビーさんのペレストロイカ時代の写真な訳だけど、スターリン体制下の若者は一体どうしていたのか考えてしまうわ
いつも楽しく(時に感心しながら)拝読しています。
今回のタイトルは、ちょっと日本語的にどうかしら。
何かに夢中になることは「傾倒する」と自動詞でいいます。
「傾倒される」と受け身で言うのは、語義からしておかしいと思いますよ。
このサイトを見た人が新しい言葉を間違って覚えないように、
気を使っていただければと。
うるさいことを申し上げてすいません。
この時代のメタリカのモスクワでのライブがすごかった
レントゲンのフィルムを使ってレコード代わりにしてたのは知ってる
1988とかなのゆカラー少ないわ!白黒写真のせいでもっと昔みたいなイメージになってしまうじゃん!
北の巨人ソビエトがいてくれたおかげで日本は発展できたんだね、ソ連崩壊後の日本のダメさ加減ときたら・・・。まぁ、でも良い時代を過ごさせてもらったよ、ありがとう同志諸君!
8のバイクはBMW・・・をパクったウラルか何か?
この頃、良くも悪くも人民を押さえつけていた軍服の力が削がれたため表面上の治安は悪化したもよう
15の「DEATH METAL」ってHELLOWEENの初音源が収録されたコンピレーションアルバムじゃねーかw
くっそレアwww
若者はマルクス・レバニラ炒め主義だったんでしょう。
35にグラディエーターが写っているがな
ロシア人は元がいいから、とくに女子がパンクやったら
本家超えるぐらいかっこいいよね!
おっさんだけど、若いころモヒカンにしてパンクファッションをやっとけばよかったと、今後悔している、マジで
大学の教授がこの時代にヨーロッパ中旅行したのだけど(もちろんバックパッカー)
ロシアではジーンズを売ってなんとかしてたって言ってた。
レニングラードカウボーイズ!
…はフィンランド人だっけw
18イイね ラモーンズとアイアンメイデン混ざった感じ、反逆のアイコンにぴったり
1980年代なのにバイクがすごく古そう
こういうクラシックな形が「ロック」だから選んだのは想像つくが、
1980年代っていったら日本じゃものすごく無駄に凝って作られたハイテクマシンがたくさん走ってた時代なのでギャップを感じる
ここにある一番古い写真で1985年か…
ゴルバチョフが書記長就任した年だね。
それまで表に出さなかったことが噴出した感じ。
そりゃ1989年のモスクワ・ミュージック・ピース・フェスティバルは伝説になるほど盛り上がるわけだわ。
日本の80’sも似たようなモンじゃん?
情報の伝達のタイムラグが新しいカルチャーを産んでた気もするよ?
今の時代の方が逆にツマンネー気もするよ(笑)
僕達の時代はいつも勘違いしてた。
それが楽しかった!
ロッカーズにパンクスにハードコアにメタラーに
ヒッピーっぽいのもいるし数十年分の文化が一気に流れ込んでした感じが凄い
パンテラのモスクワの動画見てて監視に付いてた兵士とかは動じてなくて流石国家直下の人達だと思った
1991年のモスクワで開催されたMonsters of RockはAC/DC、Metallica、Pantera、The Black Crowesが出演したんだけど、観客の多さが凄い。映像はつべに一杯あがってるけど本当に歴史的なライブだと思う。
ロックってかパンクが多いな
そりゃあゴルバチョフ前にそんな格好したら
シベリアで木の数を数える羽目になるからな
ゴルバチョフ時代以後ははっちゃけるさ
ゴルビー時代には多くのアーティスがソビエト国歌の
ロックアレンジを発表、最も馴染み深い曲だったからこそ
ロックというジャンル自体のブームも拡大した
そういうご時世だったんだよ
17 は映画の時計仕掛けのオレンジを思い出した
ソ連崩壊が91年だから、ソ連がもう末期の頃だね。ペレストロイカが進んで
鉄のカーテンの向こう側がようやく見えて来た頃だ。このちょっと前まではこんな雰囲気じゃなかったよ。89年になると、モスクワにマクドナルドがオープンしてんじゃないかな。
単車が古いっていうけど、これはウラルだな。第二次大戦後、ソ連軍が生産ラインごとかっぱらって来たて生産続けたBMWのコピーこの後日本にも入ってきたし、今でも新車が買えるよ。
モスクワ―1987年の煙草に火をつけてもレッテル女性がFF10-2のキャラクターみたいでカッコイイ。
そういう意味で、恰好がファンタジーにしか見えんわー