この画像を大きなサイズで見る水の都ヴェネツィアは5世紀に興った。ローマ帝国崩壊後に作られ、街は世界の商業の中心となる。
ヴェネツィアは完全に海に囲まれている。街はいくつもの小島で構成され、人々は主な移動手段としてボートを利用する。どこを見ても素晴らしい建物が立ち並ぶその中を、つぶさに観察してみれば、壁や基礎の部分に古代の秘密が刻まれていることが分かるだろう。
有名なこの街だが、歴史が古いだけに、そこに伝わる様々な謎や伝説が存在する。真偽のほどは定かでないが、古代ヴェネツィアにまつわる様々なミステリーを見ていくことにしよう。
10. グラッシ館の幽霊
この画像を大きなサイズで見るカナル・グランデ沿いにはいくつもの大きな屋敷が並んでいる。グラッシ館(Palazzo Grassi)もその1つだ。ここにはバルコニーから身を投げた少女の幽霊に祟られているという噂がある。館の住人は、名前を呼ばれたり、耳元で聞き取れとない言葉を囁かれたりした、と証言をしている。
1980年代に改修が行われた際、奇妙な出来事があった。警備員がホールを歩いていたとき、どこからか「止まれ」と声が聞こえた。近くには誰もいない。ふと下を見ると、わずか30センチ前の床に工事の穴が開いており、声はそこから聞こえてきたようだった。声がなければ、彼は死んでいたことだろう。
9. アッティラの王座
この画像を大きなサイズで見るトルチェッロ島には石でできた椅子がある。これはフン族の王アッティラの王座と考えられている。5世紀のヴェネツィア侵略でフン族はトルチェッロ島に侵入し、大勢の住人を殺した。そのときアッティラが権力と神への忠誠を誇示するために大聖堂の前に王座を作らせたのだという。
これが本当にアッティラのものであるかどうかは不明だ。多くの研究は、フン族が北部イタリアに到達した事実はないと主張している。だが王座が権力者のものだったことは確かだ。いくつもの古文書にこの王座が描かれており、そこには威厳ある人物が座っている姿もある。
8. 自分の死を見た女性の像
この画像を大きなサイズで見るカステッロ地区には、ヴェネツィア共和国第43代元首ヤコポ・ティエポロが1200年代末に建てた教会がある。ヴェネツィアで最も有名な教会であり、幾人もの著名なヴェネツィア人が眠っている。
この教会には、悲しげな女性の像にまつわる言い伝えがある。それによると、その美しい女性がある日鏡を覗き込むと、死期が迫ったやつれた老女が見えた。そして彼女はそれが自分の運命であることを悟り、ショックのあまり死んでしまったという。
昔から伝わる言い伝えであるが、像の由来は今のところ確認されていない。
7. マルコ・ポーロの妻の幽霊
この画像を大きなサイズで見るヴェネツィアの商人であったマルコ・ポーロは、中国に滞在中、皇帝の娘と恋に落ち、結婚した。彼は妻を伴いヴェネツィアへ帰るが、彼女がそこの生活に馴染むことはなかった。
マルコ・ポーロが戦闘で捕らえられると、妻は義理の姉妹から彼が死んだと告げられる。彼女は悲しみのあまり、運河に身を投げた。以来、マルコ・ポーロの邸宅には夜な夜な幽霊が現れると噂されるようになった。
マリブラン劇場(Malibran Theater。邸宅跡に建設)の基礎の調査からは、アジア人女性の遺体と中国由来の品が発見されている。これがマルコ・ポーロの妻であるかどうかは不明だ。
6. 魔女の目覚まし時計
この画像を大きなサイズで見るドルソドゥーロ地区のアカデミア美術館(Accademia Museum)の近くにある建物には奇妙なものが掛けられている。数世紀前の古い目覚まし時計だ。そこに掛けられている理由については諸説ある。
言い伝えによると、目覚まし時計は年老いた魔女の所有物だったそうだ。やがて彼女は亡くなるが、魔女への恐怖からその家に住もうとする者は誰1人としていなかった。そんなとき、近くに住んでいたある商人が、職人に冗談として噂の建物に目覚まし時計を掛けるよう命じた。
数年後に時計が取り外されると、不可解なことが起きるようになった。夜に幻覚が見えたり、奇妙な音が鳴ったりするようになったのだ。時計を戻すと、不思議な現象はぴたりと止んだ。
数年後に再び時計を外すと、物が消えたり、近くで事故が起きたりと、またもや不可解な現象がぶり返す。時計を戻すと、やはりぴたりと止んだ。
以来、時計はそのままにされている。その目覚まし時計は今でもカッレ・デッラ・トレッタ通りの家の横で見ることができる。
5. ヴェネツィアの潟(かた)のセイレーン
この画像を大きなサイズで見るブラーノ島は色とりどりの家と運河のほとりの砂を特徴とする。ヴェネツィアでも風光明媚な場所として知られており、セイレーンの伝説が伝わっている。
伝説によると、ある男が運河で釣りをしていると、セイレーンの群れが近寄ってきて誘惑してきた。しかし彼は結婚を控える身で、婚約者を心から愛していたため、セイレーンを拒んだ。これに感銘を受けたセイレーンは、結婚式で花嫁へ贈るようにと美しいレースを与えた。
その花嫁はレースを何度も仕立て直し、それがやがて今日有名となったヴェネツィアのレースの誕生につながることになる。この話が本当なら、今でもセイレーンはヴェネツィアの海で暮らし、若い男を誘惑しようと考えているのだろうか?
4. フリーメイソン
この画像を大きなサイズで見る18世紀半ば、ヴェネツィアはフリーメイソンの中心地であった。メンバーには、女性遍歴で有名なジャコモ・カサノヴァなど、多くの著名人がいた。フリーメイソンのメンバーは非常に裕福な権力者であり、その信仰に従い教会を建設。それがカンナレージョのマグダラの聖マリア教会(church of Saint Mary Magdalene)である。
教会の入り口上部にはピラミッドと目のシンボルマークが刻まれている。その下に、「SAPIENTIA EDIFICAVIT SIBI DOMUM」と碑文が彫られている。これはフリーメイソン思想の根幹である聖なる知識の礼賛に言及したものだ。
教会には多くのフリーメイソンのメンバーが埋葬されている。どの墓石にもコンパスとシンボルが彫られ、彼らが建設者であることを告げている。
やがてフリーメイソンはヴェネツィアから姿を消した。彼らが姿を消した理由は分からない。おそらく永遠に謎だろう。
3. 幽霊のカジノ
この画像を大きなサイズで見るカンナレージョ、フォンダメンタ・ガスパロ・コンタリーニ運河の側にはカジノが建っている。16世紀の枢機卿ジョセフ・コンタリーニが所有していたものだ。
幽霊のカジノ(Casino of the Spirits)は、街をさまよう成仏できない霊魂が集まるとされる地に建てられたことに因んで名付けられた。ある有名な幽霊は、夜になると大勢の人の前に姿を現す。ここで自殺を図った画家ルッツォの霊だと言われている。
カジノは辺鄙な場所にあり、夜になると海から不気味な音が聞こえてくる。現在は宗教団体の所有となっているが、庭園は一般公開されている。
薄気味悪い逸話にも事欠かない。その1つはこうだ。夜も更けた頃、耳をすますとどこかの部屋から男の悲鳴が聞こえるという。それが静まった後、聞こえてくるのは運河に面した海の音だけだ。
2. 悪魔の橋
この画像を大きなサイズで見るトルチェッロ島の運河に渡された石橋の中には悪魔の橋と呼ばれるものがある。
ヴェネツィアをオーストリアが支配していた時代、ある若い女性がオーストリア兵と恋に落ちた。しかし彼女の家族はそれを認めず、兵士を殺してしまった。
悲しみに打ちひしがれた彼女は、魔女に助けを求めた。2人はこの橋で待ち合わせをし、兵士を蘇らせた。その見返りとして、女性は7年に一度、クリスマスイブに死んだばかりの赤子を魔女に引き渡すことを約束。こうして、クリスマスイブには死んだ赤子の魂を求めて悪魔が橋までやってくるようになったという。
1990年代の終わり頃から、クリスマスイブに橋をウロウロする幽霊の目撃談が増えている。
1. 悪魔を脅す顔の像
この画像を大きなサイズで見るヴェネツィアのほとんどの教会には鐘楼がある。鐘は1日の仕事の始まりと終わりを告げるものだ。
鐘楼のドアにはしばしば顔が彫られていることがある。それはしばしば非常にグロテスクなものである。侵入して鐘を鳴らそうとする悪魔を追い払うためのものだからだ。
最もグロテスクなのは、サンタ・マリア・フォルモーザ・カステッロ教会(church of Santa Maria Formosa Castello)のものだろう。鐘楼の高さは40メートル、1678年に再建された。顔のデザインは僧侶のフェデリコ・ズッコーニの手によるもので、建設当時は非常に有名だった。
顔にまつわるミステリーもある。噂によると、夜に悪魔が近づくと唸り声を上げるのだという。また実は元々は悪魔そのもので、それを石化させて、他の悪魔への見せしめとして晒してあるのだという噂もある。目が動いたという証言もある。が、きっと夜更けに飲んだヴェネツィアワインの悪戯だろう。
via:10 Unexplained Mysteries Of Ancient Venice/ written hiroching / edited by parumo














カラパイアは本当に為になるなあ。
七不思議みたいなものかな?
悪魔が怖い顔見てビックリするところを想像するとちょっと面白い
※3
キリスト教圏なら、普通は天使のはず。
なのに「怖い顔」って事は、土着の宗教だったのだろうか。
※27
「ヴェネツィア――美の都の一千年 (岩波新書)」にあるけど、元々地元では水の女神さんがいたらしいよ。
マルコ・ポーロに関してはイタリアの虚栄心と劣等感だろうなあ
※31
ヴェネツィアって迷路水路のせいで常時下水が滞留してて
めっちゃ臭いんだぞwww
ベニスと呼ばれるのも不思議だ
いくつかの逸話はARIAでお目にかかったな
ヴェネツィアと言うと、個人的には明るい文化なイメージが有るのだが
案外と幽霊ネタも多いのね?
昔から、幽霊、怨念、悪魔ネタ等で客を呼ぶというのは
良く行われていた手法だろうか?と思ってしまった(実害は少ないだろうから)
8番、実際の運命とちなう
岸辺露伴は動かない、のネタに困らない
悪魔「ズッコーニ!怖い物造るな!ずっこい奴め!」
というか、干潟に打ち据えた木杭の上に建てた石造りの家や路盤や広場が
「何世紀もの年月を経て現在に現存する」事の方が遥かに
「人智を越えたミステリー」だと思うんだけど…
伝説も、いっぱいアッティラ
10のは声が命助けてくれたんでしょ?
祟りなんて言わないで座敷童的に捉えてあげようぜ
マルコ・ポーロってそんなことになってたのか
1は、ガーゴイルとか、日本の鬼瓦みたいなものなのか。
ちなみに『四季』で有名なビバルディはここの生まれ
この赤毛の司祭が生まれた頃のヴェネチアは
毎年6カ月間に渡りカーニバルが開催され
それを目当てにヨーロッパ各地から観光客が訪れる
今でいうディズニーランド的な観光都市だったそうな
これは面白い事知ったで!
今年の夏の旅行中に立ち寄る予定なんや
注意して見てみよっと
怖い顔の像で怖がる悪魔可愛い
今にも崩れそうな悪魔の橋だな…
マルコ・ポーロの現地妻が実際にいたかもしれない、というのは面白い
ARIAでやってたサンミケーレ島の女の幽霊話は無いんか?
皇帝の娘なんか連れて帰ったのが事実なら
マルコポーロ側はともかく中国に記録残ってないわけがないから
連れ帰った現地の女性にそれらしい逸話くっつけただけなんだろな
語弊があるけれどもフリーメイソンが居なくなったのは
大規模開発と建方のおおよその部分が終わったからなん
じゃないの?
仕事のないところに大手組合をおいておく必要はないだ
ろうし
マルコ・ポーロに関する記述は、中国側の資料には一切出てこないんだよねw
そもそも首都にすら足を踏み入れてない
どうやって宮廷の奥深く、ふだん男性と顔を合わせることのない皇帝の娘に出会ったんだろうねぇ
ヴェネツィアといえば娼婦が栄えてたイメージ
※26
合ってる。コルティジャーナとかだよね。キリスト教の制約が厳しいもんだからって知識人階級に成り上がる娼婦たちのしなやかさよ。ちなみにフィレンツェも売春はあって、こちらは女はもちろん男も多かったらしい。
>死期が迫ったやつれた老女が見えた。そして彼女はそれが自分の運命であることを悟り、ショックのあまり死んでしまったという。
運命を全力で変えていくスタイル好き
悪魔ならむしろ仲間と思うんじゃ、、ってくらい気持ち悪いw 若者の変顔のようだ
そもそもマルコは、元まで行ってないって言うロマンの欠片もない説があってだな…
『東方見聞録』だとマルコポーロが帰国を許されたのはフビライの孫娘を婚礼地(バクダッド)へ送るため。父親が高齢だからと何度も申し出てようやく認められた。それほど気に入られていた。
もしもマルコが結婚するとか言いだしたら、フビライにとっては渡りに船。
ほとんどの公主は婚礼後も親元で暮らすから(件の孫娘はバクダッドの身内へ嫁いで行った)、マルコの申し出を口実に永住を強要させたと思う
だから多分普通のアジア人を連れて行ったと思われる
でもヴェネチアで見つかったアジア人はロマンがある
悪魔の橋、そんな謂れがある場所だったんか
何も知らんで、普通にキャッキャ言いながらピースして写真撮っちまったww
アグリッパが作った橋も悪魔の橋と呼ばれていたような
1は魔除けなんだ・・・
鬼瓦と同じなんだね