この画像を大きなサイズで見る「世界は数多くのもので満ちている だれもが王と同じくらい幸せであるべきなのだ」。これはロバート・ルイス・スティーブンソンの言葉だ。
だが、あなたは幸せではない。コメディアンのルイ・C・Kはこう述べている。「何もかもすばらしいのに、だれもが幸せじゃない」。
なぜ私たちはずっと感じられる幸せを見つけられないのだろう? 日常生活は奇跡で満ちているのに、それが続くとどれも当たり前だと思う傾向にある。はたして、これ以上に人生の妙味を楽しみ、味わえる方法などあるのだろうか?
幸せを阻む障害、負のバイアス
人はなぜ、常に身近な幸福を感じ続けることが困難なのか?それを克服することがいかに大切なのか?心理学者であるリック・ハンソンの著書『幸せになれる脳をつくる』を読むとその答えが見えてくる。
人生のいい面を体験し、味わうためには、きちんと意識的な努力をしなければならない。その理由は、脳にきっちりと組み込まれた負のバイアスに打ち勝たなければならないからだ。
“負のバイアス”とは、脳が良いこと(喜び、楽しさ、美しさ、協力関係など)よりも悪いこと(脅威、危険、心配、怒り、間違いなど)に意識が向き、吸収し、反応する傾向のことだ。
なぜ、自然はこのように私たちを作ったのだろうか? それは生存のためだ。紀元前5万年の頃のアフリカの草原では、”今この瞬間を楽しむ”ようなお気楽な人間はサーベルタイガーの餌となるのがオチだった。生き残ることができたのは、どこかで忍び寄っているかもしれない危険に常に気を配っている心配性の人間だ。そして、そうした人間の脳の構造が世代から世代にわたって受け継がれてきた。
この画像を大きなサイズで見る負のバイアスの日常生活への影響
その結果、「脳は悪い体験に対してはマジックテープで、良い体験に対してはテフロン」として作用するようになったとハンソンは記している。
負のバイアスのおかげで、今日3ついいことがあったとしても、1つ悪いことがあれば、そちらにばかり気を取られてしまう。配偶者と5つの楽しい時間を過ごしても、1つのちょっとした喧嘩で台無しになってしまう。人が得るよりも失うことを嫌うのもそう。人生を気軽に楽しめないのもそう。全部脳のせいだ!
負のバイアスは生存には有利だったかもしれないが、恐怖や不安は幸せのためにならず、精神衛生上も悪い。挑戦を受け止め、悪い体験を全体像の中の1つの出来事としてとらえ、ありのままの幸せを味わうことを妨げる。
この画像を大きなサイズで見る負のバイアスのバランスをとるために
嫌なことや不安の中で暮らすことが私たちの宿命なのだろうか? そんなことはない。幸せが部分的に遺伝と大昔の経験の結果であるとしても、それはまた選択の問題でもある。
「負のバイアスとのバランスをとる最良の方法は、常日頃から”良いことを取り込む”こと」とハンソンは説明している。”良いことを取り込む”とは、ポジティブな体験に目を向け、吸収することで、内面の力を養い、苦しみや危機感を最小限にすることだ。
ただし、良いことを取り込むことは感情的な苦しみを否定し、人生の困難さやトラウマを無視することではない、とハンソンは強調する。そうではなく、悪い体験と同様に、良い体験にも気がつけるよう自分を鍛えるという意味だ。頭の中にお花畑を咲かせようというのではない。相変わらず、暗い側面には目が向くのだ……そう、負のバイアスのせいで。
この画像を大きなサイズで見るずっと続く幸せを育てる小さな2つのステップ
だがちょっとした作業で負のバイアスとのバランスをとることができる。しかも、楽しい作業でだ! 一度やると決めさえすれば、おどろくほどシンプルなやり方で良い体験を取り込み、脳の回路を幸せにつなぐことができる。ハンソンによれば、その極意は「体験して、楽しめ」である。
ステップ1:体験せよ
良い体験を得ることは、それが美味しいランチのような些細なことであったとしても、脳のポジティブな感情を活性化してくれる。もっともいい結果を得るには、自分が安全な状況にいることを意識し、身の回りや内面にある良いことにきちんと集中することだ。そして、粗探しはしないこと。
ステップ2:楽しめ
良い経験をきちんと楽しむことだ。例えば、褒められたら、それを意識して、ほほえみ、味わう。ある作業が終わったら、やり終えた満足感を味わう。
こうやって体験を吸収することで、それが脳にインストールされる。およそ5秒、良い体験を反復して余韻を楽しむことができたら、それは長期記憶にインストールされる。
このステップを踏むことで、良い体験で脳を形作ることができる。やがて、良い体験の習慣が自然な構造として脳に組み込まれるだろう。すると、ますます人生に満ちている良いことに気がつき、味わえるようになる。こうした新しく出来上がった神経の構造を”幸せのバイアス”と呼ぶことにしよう。
「体験して、楽しむ」プロセスを続けるほどに、その脳への影響はどんどんと大きくなる。そして、幸せにつながることがますます上手になるはずだ。
この画像を大きなサイズで見るさらなる幸せの習慣
ハンソンの著書には幸せを育てる方法がいくつも散りばめられている。ほんの一部だが以下で紹介しよう。
1. 良いことがあれば、頭の中で何度も繰り返す。
2. 一番伸ばしたい内面の力を決める。その力を発揮したとき、それを繰り返し思い出す。例えば、あなたが”親切”を伸ばすと決めたとする。そして、店で待たされたのにイライラせず、店員に対して親切で、少なくとも礼儀正しくいられたような瞬間を何度も思い出してみる。こうした健全な方向に成長した体験を味わうのだ。
3. 自分自身の味方でいる。「他人と敵対する必要はないが、自分自身の味方でいることは、あらゆる練習にとっても、健康、幸せ、効果にとっても基礎である」とハンソンは述べている。自分のために行ったことを意識して、その満足感を味わおう! そして、それを頭の中で繰り返すこと!
4. 日々の生活に健康的な喜びを取り入れる。その良さは明らかであるが、特にストレスを低減し、幸福感を増大させ、良い経験をもたらすという効果がある。ハンソンの言葉を借りると、「喜びは肉体と心の健康にとって過小評価された資源」ということなのだ。
5. 人とおしゃべりしながら、良いことを分かち合う。
「体験して、楽しむ」を続けるうちにある美しい真実に気がつくようになるだろう。今ここに生きていること自体儲けものなのだ。必ずやってくる人生のゴールまでは楽しんで生きてみようじゃないか。
「もう半分しかない」と思い悩むより、「まだ半分も残っている」と考えた方が残りの半分を楽しめるんじゃないかな?昨日食べちゃった大好物のケーキとか。
via:How to Build a Happier Brain in Two Easy Steps/ written hiroching / edited by parumo
















とても不思議なことだけど、心がとても弱い人は
己の幸せからも逃げようとするんだよね
変化が怖いせいなのかもしれないけど
※1
「上げて落とす」を喰らうと致命的ダメージを受けてしまうから一時的な幸せが怖いの
※1
その通りだ
理論的に考えて得をする(幸せになる)確率が高いと思っても
変化する方へ行くより今まで慣れ親しんだ不幸な状況に居座ってしまう
80%今より得をする場合でも20%の「今より不幸になる可能性」の排除を考えてしまうんだ
※46
深いコメントですね。
とても考えさせられる感じがします……、が、ちょっとノーミソがついていけてないかも。
「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」という言葉が思い出されます。
自分自身が、そうならないように自戒したいと思います。
以前、喋ると不満しか喋らない人間に出会った。不満の対処は万事に及び、ゴミ箱の位置から国家の方針、自分の性別に至るまで不満しかないようだった。
ある日、いつもの様にゴミ箱の位置が気に入らないと愚痴るので、めんどくさくなって私がゴミ箱の位置を彼の望みの通りに動かすと、その人間は驚いたのと不満の表情をして黙ってしまった。
その時、私は彼が、不満を見つける事に執着して改善をしない人間だと気付いた。
脳の傾向に翻弄される恐怖を感じた。
難しっ!!!
「簡単な二つの」とか言うから期待したが…
その二つが難しい
普段から、幸せになりたいと特に思わないあたり、既に幸せなんだと思う
※4
客観的な幸せと主観的な幸せは分けて考えないといけないな
これを子供の頃から自然にできるよう教育プログラム化してくれ
>1
とてもわかる
いい事を分かち合おうにも周りにはクレーマーばかりで辛い
数ヶ月前に見た脳科学の研究で
・幸福度が高いと感じる人は脳の特定領域が大きい。
・楽しかった経験を思い出したりすると、その特定領域が活性化する。
・脳は筋肉みたいに鍛えることができるので、楽しかった経験を思い出したりするトレーニングをすれば、幸福度が高くなるようになるかもしれない。
というのがあったけど、この記事に書いてある「良いことを頭の中で繰り返す」というのもそういうことなのかな。筋トレだと思えば割と簡単にできそう。
他人からの嫌がらせが最もやっかい
しかも、嫌がらせをしている本人は、嫌がらせを喜んでやってたりする
たくさんの不幸な出来事に溢れている世界だから、
小さな幸せであるはずの物事、それが大きな幸福であると錯覚できるんだよ。
判る部分もあるけど、それでも程々がいいんじゃないかな
これが過ぎると成長しないし、知らないうちに人に迷惑掛ける人になりそうなんだが
俺と真逆だな
できるならとっくにやってる
体験出来る健康な体とお金が欲しい。
…嗚呼、それを持っている時点で幸せか…
少なからず為になったよ
実際嬉しかった経験てすぐ忘れてしまうんだわ
昨日よりほんの少しだけ幸せな今日を目標にする。
笑ってみる、部屋を少し綺麗にする、貯金箱に一円入れる。
その程度の積み重ねでも何十年もたてば大きな違いになる。
余裕と寛容さが必要なんだよね。誰かの迷惑とか考える人は奇特だ、誰だって迷惑をかけて生きているよ。嫌みとか皮肉や不満ばかりに注意を払っても意味がないし。それより何かに情熱を傾けて生きていたい。
※18
日本人は良い事は長く続かず悪い事が必ず起こるとか基本的に心配性でネガティブな人種だよね。外国人にはこの傾向が薄いらしい。それは日本が大昔から自然災害が多くて、常に心配・備え・先の恐怖について考えていた人ほど生き残り、その遺伝子が子孫に受け継がれているからなんだって。
周りにいる人間によっても、幸せになれるかどうか相当左右されそう。テロや戦争などをしかける人間、犯罪者。罪もない人間がそれらに巻き込まれ、残される遺族。
元々ポジティブな人を羨ましく思った元ネガティブだけど、考え方変わってきたよ、変えられたよ!
体験して楽しいと思っても、幼稚だと思われるんじゃないかと心配になって、誰かと共有できない。
手に入れると失うことが怖くなるから、眺めるだけにとどまる。
そんなふうになってしまって、幸せな経験から遠ざかってしまったなあ。
まわりがとても眩しく見える。
カラパイアがあって幸せだ~~♪
幸せになりたいけれど
それを世界は許さない
ネットには他人をボロカスに言って楽しんでるとしか思えない人間が、よく居るが
この事と何か関係があるのだろうか
結局なんやかや言い訳や理由をつけて「出来ない」という人は変わらない
※27
幸せを感じるということも、極端なことを言えば脳の働き。
経験した何かに対して脳の報酬系が活性化することを幸福と認識するわけだ。
”他人をボロカスに言って楽しんでるとしか思えない人間”はおそらく、他人をボロカスに言うことで報酬系が活性化する間違った回路が、脳の中に出来上がってるんじゃないかな。
どうしてそんな間違った回路が出来上がったかについては、それはよくわからないが。
※27
貴方の文章もそれと近いものを感じるけどね。
批判してる人を批判してるという。
そして私は批判してる人を批判している人を批判している人ということになる。
そして私のこのコメントに対してマイナスや※でコメントを打つひとは
批判している人を批判しているを批判している人を批判している人になるね。
勉強になるよ
幸せ恐怖症とかあるよな
昔からどうせ失ってしまう、幸せの絶頂のあとは下り坂とか考えてしまうんだよな…
自分から不幸な考え方に浸ってしまって精神的にも辛いから色々考え方変えてみている
結局人生には終わりがくる。人間は弱い生き物だ。
それは寿命か、戦争か、災害か、小競り合いかもしれない。
それらはいつ起こるか誰にも分からない。
それまでの間、自分にとって少しでも後悔が減らせるように
生きていければ幸せだと最近思う。
※29
「他人をボロカスに言うことで報酬系が活性化する」これは確かにあると思うけど、それ以上に問題なのは、「自分は正義である」こういう観念を人をたたいて喜んでいる人たちは持っていることだと思う。
ここ1年くらいを振り返ってみても、どこかのデザイナーがパクったとか、タレントが不倫したとか、知事が公私混同をしたとか、議員が二重国籍だったとかで連日連夜「バッシング」が行われている。
たしかに、このバッシングの対象になっている人たちは批判されたり非難されたりするだけのことをしでかしていると思うけど、だからと言って、だれかれ構わず攻め立てていいというものではないと思う。
結局、こういう連中は人の落ち度や不始末を鵜の目鷹の目で探していて、獲物を苛め抜くことで快感を得ているんだと思う。
そして、その根拠になっているのが、自己中心的な「正義感」だから。
あと、考えるべきなのが、いわゆる「監獄実験」における「看守と囚人」の関係性。
これは、スタンフォード大学で模擬監獄を作って、被験者を看守役と囚人役に分けて経過を調べたら、看守役が横柄で居丈高になって、囚人役に暴力をふるうことで打ち切られたけど。
この実験で分かったことは、人は閉鎖的な環境で「権力」を持ちそれをふるう対象を見つけると、いくらでも暴力的になれるということ。
おそらく、ネットなどで人をたたいて喜んでいる人たちは、自分をこの「看守役」に擬制していると思う。
ただ、現実の社会は模擬監獄と違って、看守と囚人の関係性は固定化されておらず、いつでも流動して逆転するのだけど。
人間は苦痛や恐怖が好きなだけだろ
幸福に苦痛すら感じる
本当はみんな幸せになんかなりたくないんだよ
好きなことをやめろとでも?
以前すっごいネガティブ思考の同僚がいたな~よく言えば慎重なんだけど、あまりにも度が過ぎてかえって不幸を呼び寄せてるタイプだった。こういう人が身近にいると負のオーラに当てられてこっちにも障害が出るね。同じ時間を過ごすなら楽しい事を考えて生きた方がいいよね。もしトラブルが起こったら、その時はその時に考えればいい。
まあこのくらいの内容だよな。
きのう、台風通過中の速く動く雲の群れを見て幸せを感じた。そんなことだ。
こういうのに効くとかで
マインドフルネスが流行ってるよなあ
絶対幸せになろう!って思うことすら出来ないなら幸せにはなれないよね
ネガティブなんだけど
結構まわりに影響されちゃう。
ネットや本や映画はなるべく楽しい話題を読んだりした方が良いね!
笑うのは体に良いもんね。
それまで楽しかったと感じてたことが
全く楽しくなくなるんだ
鬱の症状らしいが
人それぞれ役割あるから無理せんのがええよ。
※41
もっと単純に考えたら?
あれこれ考えすぎて、返って支離滅裂になっとるよ。
※41
脳には「不必要な事を忘れる」機能もあるのもお忘れなくw
あなたがそれを気に留めなければ、無いのと一緒
それが不幸バイアス機能を抑制するってことじゃないかな?
幸せになるには、まず、「なにもかもすばらしい」なんて嘘っぱちであるという事実からスタートする必要がある。
事実を捻じ曲げて到達する幸せなんて存在しない。
芥田川賞作家の玄侑宗久さんの著書を読んでみると、禅寺のお坊さんは「弁慶の泣き所」などをぶつけて「あ痛」ってなったときとかは、「風流だな」とか思って受け流すそうな。
つまり、人生はいろいろと「苦」に満ちていてネガティブなものが多いけど、ある程度のことなら、それも風流だと思うことで、「執着」を持つことなく心の中から消すことができるらしいということ。
あと、「引き寄せ」関連の本を読んでみると、「いいことも悪いこともエネルギーを集中させるものが大きくなって、人はそれを「現実」のこととして受け取る」こういうことらしい。
これを今回の記事に当てはめると、「ネガティブ」なことに執着して、それにエネルギーを注ぐと、そのネガティブなことがどんどんパワーアップして、現実化してくることになる。
なので、ネガティブなことは無理に否定して「正義のための○○との闘い」とかやるのではなくって、その反対のことに意識を向けてエネルギーを注いだほうがいいらしいということ。
あと、脳の中で幸福感や達成感をもたらす「報酬系」は、やってもいないうちから「できちゃった」とか思うとフライングで活動して、いわばアイドリングの状態になるから、なにか達成したい目標を持っている人は、結果のあるなしにかかわらず、「できちゃった」とか思って、喜んでみるといいと思う。
それと、鏡の中の自分に向かって、「いいねありがとう」とか言ってみたり、自分の身の回りのものに「いいねありがとう」とかやっていくと、次第に自己肯定感が増してきたり、いろんなことをポジィティブにとらえることができてくるから。
簡単なことだ
人を愛するのと同じ
「愛してる」と口に出すたびに愛が深まるように、「幸せだ」と言いあえる人がいればそれが幸せになるのさ
僕はそう知っているから信じることができないけど
楽しいことがあって我を忘れると、直後にイヤなことがあって…家から出られない。まさにこれが、
客観的に見てどう控えめに言っても不幸としか言い様のない人生というものも現実に確実に存在しているのだけど、そういう人にまで心の持ちようだと言ってしまう冷酷な人の多いこと・・・