この画像を大きなサイズで見る日本の面白いアンケート調査が海外でも話題となっていた。戦前から戦後、高度成長期まで激動の連続だった昭和の子供たちが普通に買えていたものは何か?というものだが、今や平成27年。昭和の時代を知らない人もとっとと成人を迎えてしまっているわけだ。
それではいったいどんなものが「子供」でも入手可能だったのか?
早速その結果を見ていくことにしよう。
15. ダッコちゃん
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この画像を大きなサイズで見る1960年(昭和35年)に発売されたビニール製の空気で膨らませる人形。真っ黒な人型で、発売当初、「木のぼりウィンキー」、「黒ん坊ブラちゃん」といった名前で売り出された。両手足が輪状になっており、「ダッコちゃん」の名前の通り、腕などに抱きつくようにぶら下げることが可能だった。価格は当時180円。
14. 合成甘味料、着色料、保存料たっぷりの駄菓子
この画像を大きなサイズで見る昭和期には駄菓子屋が全国の小学校のそばにあって一時代を築いた。真っ赤に染まったダイコン、スモモや、梅ジャムなど、今でも買えるがそれを買って食べるのは当時を懐かしむ大人たちだろう。
13. カラーひよこ
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この画像を大きなサイズで見る昭和期において主に祭りなどの露店の商品として開発された染料で着色されたヒヨコ。当時養鶏場で採卵用に人工孵化させたヒヨコのオスは、食用にしても味も劣るため、愛玩用のヒヨコとして縁日や学校付近の路上などで販売されていた。
これに赤、青、緑、ピンクなどカラフルな着色を施すことで子供たちの興味をひいて売上を稼いだ。本来の色のひよこならば、1度に1羽を買う程度なのが、色が違えば、集めたくなり、一度に何羽も買う例もよく見られた。
12. 殺虫剤の注射器付き「昆虫採集セット」
この画像を大きなサイズで見る昭和の子供たちにとって、昆虫の標本は夏休みの自由研究の定番だった。昆虫採集セットには、虫眼鏡やピンセット、虫ピン、それに防腐剤と殺虫剤が入っていた。この防腐剤と殺虫剤の正体はメタノールが3パーセント程度入ったただの水だったそうだ。
現在は販売されていないが、その理由として、昆虫採集セットの注射針が飛んで少女が失明するなどの事故が発生し、PTAの抗議が相次ぎ学校での購入禁止の指導が入り売れなくなった為、業者が製造をストップしたことによるといわれている。
11. 駄菓子屋で売ってた「爆竹」
この画像を大きなサイズで見る現在でも一部売られているようだが、昭和のアグレッシブな子供たちは爆竹をカエルやセミなどに詰めて空中爆破させていた。
10. エッチな本
この画像を大きなサイズで見る何故か河原に捨ててあるケースが多く。当時のちびっこたちはドキドキしながらそれを拾い、ところどころくっついているページを上手にはがして再利用していた。
9. エアガン
この画像を大きなサイズで見る現在はソフトエアガンでも10歳以上が対象となっている。
8. ボウガン
この画像を大きなサイズで見る現在はスポンジや吸盤のついたものが主流である。
7. 「バタフライナイフ」「ペンナイフ」など刃物
この画像を大きなサイズで見る現在も禁止ではなく「有害玩具指定」および「業界の自主規制」にとどまっているが、昭和の時代には子供でも割と簡単に入手することが可能だった。
6. お酒
この画像を大きなサイズで見る自動販売機で24時間お酒が買える時代だった。今でも一部田舎にはまだ普通に買える自販機があるが、午後11時~午前5時までは停止しているはず。
5. 火薬
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この画像を大きなサイズで見るテープ状のものの真ん中に火薬が詰められたかんしゃく玉が売られていた。これは、ロケットを投げて地面に落ちたときに大きな音を鳴らす為のものだ。
4. タバコ
この画像を大きなサイズで見るお酒と同様、昭和の時代には24時間子供でも自動販売機でたばこが購入できた。
3. 睡眠薬
この画像を大きなサイズで見る昔は子供でも睡眠薬が買えたらしい。1960年代に若者の間で流行した「睡眠薬遊び」は、一般に市販されていた「ハイミナール」(非バルビツール酸系のメタカロンが主成分)を多用していたそうだ。この問題をきっかけに、政府は未成年への販売を禁止し、現在では医師の処方箋がなくては入手することができなくなっている。
2. シンナー
この画像を大きなサイズで見る塗料をうすめる際に使われる有機溶剤であるシンナーは、ベンゼン、トルエンを多く含み、吸い込むと中枢神経を麻痺させる作用があった。1967年(昭和42年)頃から青少年の間にシンナーを吸いこんでトリップする「シンナー遊び」が流行し社会問題化した。これにより毒物及び劇物取締法を一部改定し、1972年(昭和47年)8月1日より使用、販売等が規制されている。
1. ヒロポン
この画像を大きなサイズで見るヒロポンは旧大日本製薬(現:大日本住友製薬)から市販されていたアンフェタミン系の覚醒剤。第2次世界大戦以前から強壮剤として一般に市販されていた。覚せい剤特有の強い副作用が問題となり、1949年に政府によって劇薬に指定され、1951年には覚せい剤として一般の使用が全面的に禁止された。
via:goo
調査方法:アイブリッジ(株)「リサーチプラス」
調査期間:2015年4月23日~2015年4月27日
有効回答者数:500名(男性:250名 女性:250名)
トップ3が危ないお薬ってことで、昭和の子どもたちはギリギリを生きていたんだね。てか私も昭和の子どもたちなわけだが、昆虫採集セットはマッドサイエンス的なニオイがして買ってもらったことがあるな。持ってるだけでドキドキできたから使わなかったけど。
でことで、カラパイアを見ている昭和のおともだち、今は買えないけど昔は子供でも簡単に入手できたもの、他にもあったらコメント欄で教えてくれるとうれしいな。
















カラーひよこはひよこに色を塗るから寿命が短いと聞いたことがありますね
駄菓子は今もよく買って食べてます
※1
私の周りでは意外と生き延びて、朝早くから「コケコッコー!」と鳴いてましたよ。
金魚すくいで取った金魚も、何年も育って巨大化してたり。
コスモスの自販機、というのも実に昭和的なものでは?
バッタもんのおもちゃを売ってる、自動販売機…。
サザエさんでも子供がヒロポン飲んでハイになる話あったね。
※2
それはサザエさんじゃなくて、伊佐坂先生一家を主人公にした「似たもの一家」での話だったと思う。
昆虫採集セット懐かしい!
でも虫には使わず、当時流行ってたスライムに注射してたけど。
じじい だが、
半分も知らないw
昔は空気銃も普通に手に入れられた。そして鳥や野良犬を撃って遊ぶ
※5
考えてみると、今じゃ「とんでもない!」と怒られるようなことをしていましたね。
そうやって命の重さを学んだような気がします。
都会に住むようになったせいか、虫も野良犬もあまり見なくなったような気がします。
よく見るのはカラスくらいでしょうか。
これはただのビタミン剤じゃ・・・
※6
ムスビうそをつけっ
夢・・かな
昆虫採集セット持ってました。懐かしいなあ~。でもって、セミとかに注射しまくったりしてました。今から思うと、可哀想な事をしたなと、反省しています。
ヒロポン…織田作之助が愛用してましたね。
睡眠薬は、石原某。という作家の作品に触発されて睡眠薬を使ったレイポー事件が多発したので規制された記憶。
フラフープもローラースケートも、事故が多発して下火になりましたね~。
ビニ本の自販機。は覚えてますか?さ
薬ボウガン、バタフライナイフ以外はみんな買ったな
それから大阪万博から数年後はHOゲージとラジコンセスナに走った
買える買えないじゃないけど…
昔のコインゲームは10円玉がギッシリだった記憶がある。
昔小学校の担任の先生が
子供の頃よく、爆竹を蛇に詰めて爆発させてたって言ってた。
死んだ蛇を8の字の形にして道路の真ん中に置いておくと
次の日生き返ってるって伝説があったんだよね~って言われたことをなぜか今でも覚えてる。
自分は平成生まれだけど駄菓子大好きだったよ。
今の子は駄菓子食べないの?
カラーひよこ残酷論を一時期よくみたけど、最近ひよこ選別の現場でオスのひよこが次から次にミンチの器械に放り込まれるの見たら
カラーひよこにして、少しでも長生きさせた方がよほどマシなんじゃないかと思うわ
※13
それは自分も思った。あんな風に命を粗末にするくらいならカラーひよことして可愛がられる方が全然マシだってね。
まさか同じような感想を書いてる人がいるとは思わなかったよ。
まあ普通のひよことして可愛がってもらえるのが一番なんだろうけどね…。悲しいな。
スコポラミン入りの目薬
今の子供は元気がない、とかいうけど
なるべくしてそうなった感じ
昆虫採集の防腐剤はタダの水だったんか
騙されたw
買える物じゃないけど病院が近くにあるゴミ捨て場には輸血用のガラス容器に血液が残った状態で捨てられていた
メスやハサミもいっしょに捨てられていて何の気なしに箱を開けてしまった友達と腰を抜かした思い出w
あの調子だと生ゴミには何が混ぜられてたか分かったもんじゃないw
うわー昔はボウガンとか普通に売ってたのか、おっかねえなぁ。
ボウガンも売ってましたし、パチンコのスリングショットという鉄のフレームに強化ゴムついたのものと鉛玉買って、空き缶を的にしたりして普通に買って遊んでましたね。
この頃の子供は想像力で遊んでたんだよな
適当なもので自分で楽しみ方考えるのが基本だった
それが想像力育てたんだと思う
で、何が危険かもこの時期に身体で覚える
少数の怪我より多数の経験取った方が子供の為だと思うんだけどなあ
※19
こういうこと言う人結構多いけど意味分からん。
昭和時代とか子供の暴力事件メチャクチャ多かったじゃん。
経験て他人で実験しろってこと?
例えば自分の子供が同級生に刃物でコロされたりしても「経験」なの?
個人差はあれど平均したら大人よりは子供の方が何倍も「キレやすい」
子供が銃を入手できる米国では毎年何件もスクールシューティングが起きてるのを見ても明らか。
だから子供は危険な物に近づけない方が良い、の方が自然な流れだと思うんだけど…。
※30
危ないものって自分にとっても危険で、それで怪我したり怒られたりして痛みを知るのっては大切なことだと思うよ
現代の子供に対してよく言われる想像力の欠如ってのも、やたらめったら規制することに一因があるような気もする
※44
その規制を作ったのはそういう時代を生きてきた大人なわけじゃん
経験してきたうえで規制したほうがいいという流れになってるんだし
想像力の欠如だって実際にそうなのかと言われると疑問
※30
違うんだ……。
良くない例えだとは思うけど、例えば、高価な食器を与えられる前段階で、試しに安価な陶器の食器を与えられるようなものだと考えて欲しい。
壊してしまった瞬間に「あッ……取り返しのつかない事をしてしまった」って気付く瞬間があれば、それ以降悪気無くモノを壊してしまわない様気を付ける事が出来るだろう。それが高価なものでも安価なものでも。
順位を付けることが褒められることではないことは分かった上で。それでも、自分よりももっと儚い命に思いを馳せる事で、無分別に友達やペットや動物や他人を害する前に、一度その「取り返しのつかないこと」をしてしまった心の傷を思い出せる、それは得難い経験値なのではないかと思うんだ。今でも。
※30
なんかマイナスつけられてるけど、言いたいことは分かるよ。
人は昔の話になると、ノスタルジーから、思い出を美化しがちになるものね。
「昔の人は暖かかった」みたいなこと言う人はよくいるけど、
昭和の頃って、少年犯罪も多かったし、まだ人権意識も希薄だったから、ひどい差別も普通にあった。
今の方が、少年犯罪が大きくニュースになるから「子供が悪くなった」ように見えるだけで、犯罪率は減ってる。
これってやっぱり、子供が危険なものや有害なものから、ある程度守られて育つようになったからだと思う。
実際、規制されたものには、それなりの理由があったから規制されたのだろうし。
ただ、あまりにも無菌室状態で育てすぎると、いざ大人になった時、大失敗する可能性がある(実際、そういう育てられ方をして、大変なことになった知人がいる)。
規制し過ぎても、しなさ過ぎてもダメってことで、難しいけど、上手な舵取りが必要だよね。
※30
私たちの時代は大人の方がキレやすかったよ
※207
バタークリームのケーキは1~2日寝かせて食べるのが正しい食べ方だと、大人になって知ったよ・・・。
本当に味や食感が全然違って美味しくなるミラクル。
たばことかはまだ買えるの部類でわかるけど、エロ本は拾うじゃんwもしくは自動販売機の話??
傘直しのおじさん。
古本の露天。バッタ屋(倒産した店から安く買い叩いて来て売ってた)。
「なめんなよ」のキーホルダーとかアイドルの写真売ってるおじさん。
レコードもカセットも。いろいろあるな…
※20
もっと色んな所に捨ててあったんだよw
爆竹、2Bなど火薬系はホンマ簡単にてに入ったねえ
若いころ年寄りが「昔はよかった」と言ってるの見て俺はあんな年寄りにはならんぞ口が裂けても言わんぞと思ってたけど言うわ
昔はよかった
昭和やべえ
廃品回収でエ×本見つけてわくわくした想い出・・・
ガキ用のエアソフトガンはほぼ「つづみ弾」っていう威力の低い物だったけどな
バドミントンのシャトルを1センチ程度にしたような形だと思ってくれ
バッタモンのおもちゃとか
絶対許可とってないだろってのが多かったな。
うの親父はナイフは自作したつってたな
クズ鉄拾って汽車に踏ませて研ぐんだとさ
駄菓子屋で爆竹や2Bクラッカーを買ってカエルやセミを爆破するのは、小学生のあたりまえの日常風景だったけど。今の子供はやらないの? 銀ダマ鉄砲で射殺とか・・・。
エアガンなんか高級品で買えんかったわ。銀玉でっぽうがスタンダードだった。
合成着色料と合成保存料と合成香料だらけの怪しい駄菓子バクバク食ったけど、いまのところ生きている。
玩具ていうか学校に危険な遊具もあったよね~
ぶら下がりシーソーで360度回転したり
傘みたいな形でチェーンに鉄棒が付いてるやつ
高速回転し過ぎて何人も吹っ飛んでた
あれ何ていう名前だったろう?
※32
地元で「回転塔」って呼ばれてたよ。
※38
俺んとこじゃ「回旋塔」だったな
今時のジェットコースターよりスリルがあった
シャトル鉛筆や鉱物原料の危険な絵の具とか
今だと絵の具やクレヨンが無害になってて、進歩したなーって感じる
メンコ、キン消し、ビックリマン ファミコン世代の自分は結構楽しかった
何故か河原に捨ててあるケースが多く。当時のちびっこたちはドキドキしながらそれを拾い、ところどころくっついているページを上手にはがして再利用していた。
6年生の頃、土手で友達と拾ってきてこっそり見ようとしたらページがのり着けされていて「なんで意地悪するんだよー」と思っていましたが、中学生になって理由がわかってしまいました。まだ無垢だったころを懐かしく思いだしました。
酒・煙草は自販機じゃなくても普通に買えたぞ
子供がお使いで買いに行くのも当たり前だったし
小学1年か2年のころ、(昭和46~47年)ペットショップでワニの子供(30cmくらい)を買って親に内緒で物置で飼ってた
当時は規制もなく、小学生低学年でも金出せば売ってくれた
確か2000円~3000円くらいだったと思う
※39
それでどうなった?結末が気になるな…
※39
東京郊外だけど売ってたね、新宿の小田急横の路上で
タランチュラやサソリを売っているのも見た事がある。
※39
タライの中にワチャワチャしてたなww
昭和の子供なのでパルモのリクエストに答えようと思ったんだけど…「ねるねるねるね」しか思いつかない。
※40
当時はすぐ消えるだろうと思ったのに、いまだに売ってるのがけっこうショック
牡丹紅炮とか鳴らしまくってよく怒られてたわ
いやいやいや、昭和37年生だけどヒロポンとか睡眠薬とか、買ったことないから。
あと、バタフライナイフはかなり後の話。
昭和の刃物は肥後守。
カッターナイフが新発売で、格好良かった時代だよ。
※42
兄貴たちはみんな肥後守持ってたが俺はボンナイフ→カッターで肥後守は買ってもらえなかったなぁそういえば。
兄貴たちはだから子供のころから砥石で包丁も砥げるんだけど俺は刃物砥いだこと無いわ。
※42
39年生まれだけど、高校のときの教師(多分当時30代後半か40代)が
「大学のときは試験前に徹夜するためにヒロポン買ってたけど今はできないからねぇ」
と言っていた。
当時はふうんと思っただけだったけど、もっと大人になってから、え?あの先生なに言ってたの?と思った。ちなみに保健体育の授業で。
キン消しの前に、スーパーカー消しゴムの時代があった。
当時は、インベーダーゲーム禁止だったし。
後、あれが好きだったな、ビンのコーラの自販機、横倒し状態で入ってるやつ。
で、王冠の裏にゴムがついてて、それをはがすと当たりか世界の国旗の絵がついてた、ような気がする。
正月は、ゲイラカイト持ってるヤツがうらやましかった。
こんなこと言うと気持ち悪いので申し訳ないけど、昭和の子供時代に買ってたよ~
エ本を………
三つ子の魂百までとはよく言ったもんだ……
※45
国道沿いの辺鄙な場所にドライバー向けの自販機が
設置されていたりして、深夜や早朝にこっそり。
警ら中の警官に見つかり、挙動不審容疑で追っかけられたり
今となってはいい思い出だ。
ラジコン飛行機が高嶺の花でよく眺めてたら近所のバイク屋さんがUコンを貸してくれたんだけど、おっちゃんのようなアクロバティックな操作がができないので、30円位で発泡スチロールで出来た飛行機の先に10円玉をつけてぶんぶん振り回すと、フラップのところに付いたプラバンがバリバリ言うやつで練習してたな。
自己責任がリアルだった時代。
「裏道」「登校班破り」と呼ばれる、まぁ山道みたいなところに落ちてたなぁ、エ本w
おとーさんがエ本を追って山に入っていったのを見送った思い出があります。
なんか色々煩くて面倒な平成ではなく、混沌の昭和に生まれて良かったなと思う51年生まれ。
水にキラキラした紙みたいなのが入っているやつ。
お祭りとかでよく売ってた。
あれの名前なんていうんだろう。
※49
スノードームか?
ソフトグライダーとかカラフルなバネ?を階段から投げて遊ぶやつ懐かしい
「昆虫採集セット」懐かC やっぱりあの薬剤は子供騙しのインチキだったんだw
小学生の頃、カブトムシを捕まえて飼ってたんだけど死んじゃったんで、防腐剤ってのを注射器で注射して、机の抽斗に入れといたら物凄い臭いが充満して困った記憶がある。
それと爆竹は蟻の巣穴に突っ込んで爆破したり、軍艦のプラモを水溜りに浮かべて爆沈させたりした。普通に駄菓子屋で買えたけど、今は売っていないんだ?知らなかったわい。
スケベ本は、家の辺りでは山中とか雑木林に捨てられてたりしたな。
>>ところどころくっついているページ
何でそんな事を良く知っているんだろう?パルモたん。
昔の子供は鉛筆削るためにナイフ持ってて、
それで木の枝削って物作ったり、秘密基地を作るときに
役に立ったそうだ
水にキラキラした紙…て
スノードームじゃね?
ナイフは肥後の守
鉛筆削ったり竹を加工したりと必需品だった
父からのプレゼントだ
ちょっと待て、カラーひよこって何!?
昔はこんなの売ってたの!?
シンナーは今でも買えるでしょ。
今のものはトルエンやアセトンが含まれていないから安全性が高くなった
昭和後期だけど、ニュルべえ(?)とか、ペンギンに棒がついててペタペタ走らせる玩具、ルービックキューブ、あと口裂け女のクチビルを持っていたなぁ。
ひよこ売りのオヤジの口上は
青いひよこは青い卵を生むよ~
赤いひよこは赤い卵を生むよ~
カネキャップは駄菓子屋におもちゃとして売ってたけど
肝心のピストルがそこに無かったりして
当時子供だった自分にはこれが何に使うものなのか知らなかった
今は鳥の音追いとかに使われてるのが多いのかな?
※59
ひよこ売りのオヤジすげぇwwww
※76
若者は若者で、いつの時代も学び続けています。そうでないと人類は進化しません。
安価な食器をたたき壊すことだけが成長ではありませんよ。私たちは「安価なスマホ」を壊して「高価なスマホ」の有難さを学びます(笑)。
まあ何が言いたいかというと、わざわざ時代を逆行させなくても人類は発展するということです。自分の子供時代を美化するのは仕方ないですが、それを絶対とされてしまうと……若者としては醜いなぁと思わざるを得ません。
※59
詐欺じゃねーかw
昭和の駄菓子屋って言ったら、当たりつきの駄菓子が多かったね。
スーパーボールのくじとかもあった。
あとスーパーボールのくじとか。
エアガンなんかじゃなく金属製のモデルガンが野放しだったけど
高くて買えなかったよ
中学生になって買えるだけの鐘が出来たらもう規制されてた
※60
昭和61年生まれだけど小学生くらいの頃、近所の個人商店にはカネキャップと一緒に拳銃も売ってたよ
記憶が曖昧だけど、カネキャップが100円くらいで拳銃が500円くらいだったかなぁ
当時の自分には拳銃は高価だったけど、一度買えばずっと遊べるからお金用意して買って遊んでた
懐かしいなぁ
普通にスリングショットとかかんしゃく玉が売られていて買えたもんな。
小鳥を捕獲する鳥餅なんてまだ売ってるのかな?
爆竹銃懐かしい
あれかなりうっさかった
カラーひよこは縁日とかで普通に売っていた。
すぐに染料はおちて、ふつうのひよこになってしまい、まもなくオンドリになってしまい、子供も飽きてきて始末に困る。まぁ金魚すくいや草亀すくいも同じですが。
うちのカラーひよこ長生きしたなー。にわとりになって毎朝鳴いてた。
スノードームだったかな?
どうもありがとう。
小学校帰りの道にたまにエホバの証人が子供向けに冊子配ってたな
モデルガン。しかも金属製。
一応銃身は埋まってるけど機構はホンモノに準じていて穴開け加工、自作の薬きょうなどで発射できるシロモノもあった。
そういや放課後の戦争ごっこはトランシーバー片手に景気良くパンパン撃ちあって緊迫感があったな。
紙テープに孔の空いた、要は磁気テープの前身が売ってましたね
ガチャガチャで出て来る、マウスピースみたいに歯にはめるとドラキュラになれる牙思い出した。
よく父親のタバコの使いに行ったなー。マイルドセブンが200円だった。
あと、おみくじ付きのカップラーメン!大吉出るともう一個もらえるの。
お子様の頃は駄菓子屋で一個一円のバターボールって名称のキャンディがあったな…後年値上がりして一個3円50銭、いやもうそのころ銭って単位は存在しなかったから2個買えって意味だったわけだが。
カラーひよこって何で着色されてたのか
蝋石、紙石けん、
合成甘味料、着色料、保存料たっぷりの駄菓子
現在進行形なんだが
加工食品は形の形成や保存に添加物は必須だから入ってないのを探す方が無理
コンビニ弁当は防腐剤がとか言う奴いるけど、コンビニ弁当の添加物とか鼻ksほどしか入ってないレベル、マックのハンバーガーも添加物の量は他と一緒、腐らなかったのは水分活性値が低かったからです、知識の無い人は直ぐに防腐剤が~と喚きます
薬の錠剤(形を形成する為に9割添加物)
ミネラルウォーター(深層水等塩辛くてそのままでは飲めず一度分解して味付けに添加する為、ナチュラルウォーターは添加物は入っていない)
輸入品の野菜果物全般(長期間の輸送中にカビや虫から守る為に使われている、生だから何も入ってないと思った大間違い、スーパーで並んでる刺身にも添加物は使われている)
添加物が~とか防腐剤が~とか言ってる人、残念だけど殆ど添加物口にしていますよ
赤、青、黄、緑の直径7ミリくらいの
癇癪玉が5個くらい入って10円とかだったなぁ
注射器の規制ができて手に入らなくなった時に覚醒剤中毒者が家にあった「昆虫採集セット」の注射器を煮沸して使ったって話を聞いたな。
すげえ痛かったらしい。
ランク入りした物で買った物といえばタバコとお酒かな。
来客があった際、親に頼まれてタバコ屋さんや酒屋さんにお使いで行ったな。
我が家では駄菓子屋さんに行けるのは、なぜだか週一回の土曜日だけと決まってた。
炭酸飲料も滅多に飲ませてもらえなくて、特別な日だけの飲み物だったよ。
小学生の時、図工用に小刀を一人一本配布されてみんな普通に机やロッカーに入れっぱなしだったけどこれも今じゃありえないんだろうなぁ
良い時代だった〜と思えるものが見事にひとつも無いな。
ポッピンアイ。
小さい吸盤みたいなゴムので、
中央を押し込んで地面に置いたら、パン!て跳ねるやつ。
色んな色のを大量に持ってた。
懐かし可愛いものを想像していたら、なんと!
買ったものはほとんどなかった。ひよこも駄菓子も。
子供だからお金を使えなかった。
昭和の駄菓子屋の思い出は煙の出るシート、匂い付消しゴム、アイドルの名前だけのマグネットシート、くじで量が変わるカレーせんべい、水風船などなど。
エアーガンは鼓弾のものは最強で今の銃刀法だと捕まるような改造ss9000とかね。
肥後の守上げてた人いたけど俺は自分で買えたな。小学校のそばの雑貨屋で。
Hな本を売ってる自販機は、なぜか週刊少年ジャンプも一緒に売ってた
今思い出すのは糸で縛った三角飴と彫刻刀。三角飴は伸びてる糸を引っ張って糸の先をほどいて当たりだともう一個三角飴が貰えた。彫刻刀は小学校3年生の時に図工の時間に買わされて友達が指先を切る怪我をしてたなあ。
※89
故意に逃がしたら隣の家の庭に入っちゃって大騒ぎになって
それから近所の家でしばらく飼われてたけど知らん顔してた
当時はペットショップで小学生が買える位だから珍しくなかったけど
いまならワイドショーのネタになってるかも?
ここまでサッカリン無しか。
これも駄菓子屋で普通に買えたな。
*30
今の子供の方が陰湿で残虐だと思いますが…。
世の中全ての危険から遠ざけ、守れるなんて不可能です。
それよりも、回避や対処能力を身につけさせる方が子供の為。だから、いろんな経験をする事は大切。
守ってくれる人が、いつまでも生きてるとは限らないからね。
ワタナベのジュースの素…なめたら舌が原色になってたなww
スパイ手帳とか、癇癪玉 とか、懐かしい。
そりゃあなんたって「ボンナイフ」でしょ。カッターナイフとシャープペンシルの普及で絶滅したけれど、みんなあれ持ってた。
小刀あったなぁーあれ今ないんすか?
平成一桁まで?まぁキケンはキケンだけど、俺も指落としかけたけど完全に自分のせいだったからこんなん配る学校がわるいなんて毛ほども思わなかったな
※94
昔の子供の方が残虐だよ
幼児が幼児を殺す事件なんかもあったしな
日本の犯罪率は右肩下がりだ
テレビがネタになるからとしつこく少年犯罪を取り上げてるだけだよ
ファミコンのゲームだな
ワンコインでディスクのゲームデータを書き換え出来た
※94
ええっと、釣りだよね…?
少年犯罪は統計上だけでも昭和30年~40年代が一番多いし、その内容の凶悪っぷりも今の非じゃないけど…。
少年による暴行事件なんて1960年代の1/10くらいに減ってるよ。
(しかもその頃は泣き寝入りする人が今より多かったはずだから実数はさらに多かったと思われる)
昭和60年生まれだから物心ついた頃には平成だったわ…
秘密のアッコちゃんのコンパクトとか
魔法使いサリーのほうきのおもちゃを買ってもらったな
肥後守とカッターナイフの間の時期に
かみそりの刃を挟んで使うナイフで鉛筆を削ってたわ
※97
ボンナイフ今でもあるんだぞ
自分で買ってた物ではないけど、昔は活きたドジョウがその辺で買えたんだな。うちは物凄い貧乏だったから、けっこう安い値段だったはず。うちの母は、沸騰した鍋に生きたまま放り込んですぐ蓋して、バシャバシャ音が無くなると開けて味噌汁にしてた。
あとよく父親の晩酌にクジラベーコンがあった。今はめちゃめちゃ高いけど、あの頃は安かったんだろう。なんせ父親が全然働かなくてとにかく貧乏だったからねー。
※100
検索したら「ミッキー(Micky)ナイフ」の名前で現在も売ってた。しかも100円!(税別)ボンナイフって別称だったのね。
小学生の頃、雑誌の自販機の半分が銀紙で覆われてて、「見えないじゃん?」って思い、非常に気になった。
ある夏の日の夜、盆踊りの帰りにその自販機の銀紙部分が透けて見えた時は、新しい物を発見したように感動した。
その後、中学になった俺はその自販機の常連客になった。
※101
おっ同年代?
柄がプラスチックで透明で青や緑やピンクとかラメの入った物もあったね
チクロ、ズルチン
昭和44年生まれだけど、ベーゴマ、メンコ、蝋石はお馴染みだったよ。
それと銀座とかに傷痍軍人いた。
昔はよかったっていうけど今のまま昔に戻ったら不便で仕方ないでしょ。科学技術は変わらずに自分のやりたいこと今はもうできないことを昔はできるから昔に戻りたいってことじゃないの?環境破壊なんて考えもしない昔に戻ってそして自分には害は与えられたくない強欲だとは思いませんか
肥後守とやらの画像見たけど
魔除けアイテムっぽくてかっこいいな
ピンクレディーのブロマイド。
茶封筒に入ってて紐で束になってるの。
駄菓子屋のレジのところに置いてあって、お金払って引かせてもらうの。
当たりが出たらもう1枚引かせてもらえて嬉しかったなあー。
かんしゃく玉や爆竹でよく遊んだわ~
かんしゃく玉道路に放り投げて車に踏ませて爆発させたり、カエルの口に爆竹突っ込んで爆死させたり
昔はあちこちでパンパン聞こえたもんだわ
ナイフは肥後守もってた
竹を削って凧紐で縛って弓作ってた。もちろん矢もつくったよ~
今はゲームなどの疑似が主流だけど、昔は危険なものが手軽に手に入ったんだね
私は平成生まれだけど、子供の頃なんてエアガンやボウガンに触ったことすらないよ
ゲームの中ではいくらでもあるけど、じゃあ実際目の前に実物が置かれてもやっぱりゲームを選ぶと思う
※109
昔は良かったと言う感情と昔に戻りたいと言う願望はかならずしもセットじゃないと思うよ。
ノスタルジーってのは人が持つ自然な子於呂の機能の一つで、それに溺れてしまうのも問題あるけど、頑なに否定するのもどうかと思う。
私個人は問題のある環境で育ったおかげで、昔に戻りたいとかは思わないけど、それでもふと十代を懐かしんだりしまう事があり、ノスタルジーってのは理屈じゃないんだなと痛感している。
※116
カラパイア好きは
「科学」と「学習」という雑誌を学校で買って
ワクワクしてた人達が多いと思ってるよ
いつもコメント欄を興味深く読んでいて、意見について、大人だなぁというか、人間的にできているなぁと思うものが多いワケがわかった気がしました。
思いのほか高い年齢層がいるって感じ♪
いや、いいことだし、だから面白いコメントが読めるんですね。記事も面白く、コメントも面白い、さらに書き込み同士の応答、評価の+と-、などなど一粒で何度もおいしいです。願わくば、+と-のそれぞれの数が見えるといいかなと思います。
近所の神社の縁日では傷痍軍人の集団がアコーディオンを弾いていた。
地雷を踏んで両足のない人や、両手のない人たちだった。
元傷痍軍人(しょういぐんじん)だったが完治して社会復帰した祖父は
かれらにかならずお金を配っていた。
一番説得力のある反戦活動だった。
傷痍軍人を最後に見かけたのは平成元年だった。
ビンのコーラだったかペプシコーラの蓋の裏にスーパーカーの絵が印刷されてて、集めたのを思い出した。憧れの車はカウンタックLP500。
人類は進歩します。
火を持たない原始人が、それを持っている者に対して「火がない生活のほうが生きる力が身に付くんだから、そんなもん使うな」と言ったとして、それに皆が従ったらどうなりますか?
近所に昔から馴染みの駄菓子屋さんがあって
今でも子供でにぎわってる
姪っ子が来ると買いに行く時あるけど
100円あげて好きなの選ばせるとすごく楽しそうに選ぶんだよな
こういう光景は変わらないんだなあと思う
お菓子も昔ながらの串カステラとかヨーグルとかいまだ健在で
自分も買って買えるよ
※117
もう何年も前の事だけど・・・
銀座の歩道に傷痍軍人がいて、今でもいるんだなと思って見ていたら、夕方5時の鐘を合図に周囲にたくさん人がいるのに、いきなりギブスをはずして普通に帰って行った。
私はコントのような展開に思わず固まってしまったんだけれど、他の人は馴染みの光景なのか誰も気にしていなかった。
だから何?って話なんだけど、急に思い出してしまったんで。
関係ない話を長々書いてゴメン。
ダッコちゃんって、ウインクするんだよね?
かわいくて人気者だったのに、今じゃ「差別」でダメなんだろうなぁ。
※155
それはコント過ぎる光景ですねwww
その軍人(?)さんの年齢も聞いてみたいw
かんしゃく玉とかの火薬類、匂いが好きでした。
駄菓子屋で売ってたプラスチック製のブーメラン( ´ ▽ ` )ノ。いくら投げても戻ってくることはなかったけど(>_<)。 あと、ただの花火だけどネーミングが水爆だの原爆だの、ヤバイのがあったな(>_<)。
駄菓子屋の当てもん(くじ引き)終了間近になっても一等が残っているので残っているくじを全部買ってみたが全部スカだった。おばはんは「小さい子供がいたずらして紛失した」ととぼけていたが・・・・。
こうやって世の中のうさんくささを身につけて成長したせいか、うさんくさい儲け話に引っかかったりはしない大人になった。
※119
お前つまんねー奴だな。詰まんない親に、詰まんない程過保護に育てられてんだろなと。
ルール、マナー、常識とか十人十色。つーか、日本から出て生活した事ないよな?
井の中蛙、大海を知らず。昔は大らかだったって事だっつーの。日本に活気が無いのは、ガキが大人に用意された様々なコンテンツを利用してるだけって理解出来んの?
昔は用意された物も完璧じゃなかった。今ほどガキ相手にコンテンツ作っても金になんないし、親もガキは外で遊んでろ!って時代。だから創意工夫試行錯誤して遊んでたっつー事じゃね?浅い知識で若者としては…とか、他の若者に迷惑だから。
昭和40年代に爆発的に売れまくってた「カチカチボール」
UFOクラッカーボールって名前で今でもAmazonで販売されてるのには驚いた。
当時の子供は皆が持っていて、上下に揺らしてカチカチしてました。
バランス崩してボールが肘に当り、皆肘は青タンだらけに。
PTAや親が「危ない!!」と騒ぎ出して次第に見かけなくなったけど、懐かしいなぁ。
少年雑誌の裏には通販で空気銃の
写真がいろいろ載ってました
そして買いました 本物の銃でした
昭和30年代です
わら半紙(ざら紙)今は普通に買えないし安くもないよー
しかし昭和の時代と言っても幅広すぎ
記事と関係ないけど、ページ上部へ戻るボタンの存在に今まで気づきませんでした。
爆竹はよく遊んだなぁ。
アグレッシブな子供だったので、中学生くらいにになってから、あの頃は昆虫・両生類・爬虫類などに残酷な事をしてしまったなと後悔したものです。
ところで、紙に砂糖が付いてるやつ10円くらいで売ってたな。ガムみたいに破ってはクチャクチャ噛んでた。
シンナーはプラモ用のは規制されていので、シンナー遊びが流行ってた70年代末くらいまでは、シンナーだけを抜き取られたプラカラーセットがよく田んぼの周りとかに捨てられてた。
当時の子供たちはそれらを喜んで拾ってプラモに使ってた。
昭和は60年以上あるのに、まるっと昭和って言葉でくくられても困る
ヒロポンとか睡眠薬とか昭和でも中期で消え去ってるのに
あと、エアガンってので使われてる画像、銀玉鉄砲な気がする
戦後のころに日光に当てると絵が出てくる青写真ってのが雑誌の付録や駄菓子屋にあったらしいけど、昭和の後期に生まれた自分は見たことないしなぁ
盗撮推奨のアクションカメラって雑誌、同名のテレビ番組にもなった
そのマスコミが今や盗撮を凶悪犯罪であるかのように報道するマッチポンプぶり
※131
そうそう、詰まんない大人が詰まんない時代にしたって事だよね。これからもっと詰まんない時代が来るんだろね。
※199
そうです、チューペットみたいにジュースを凍らせてる。でも形はブドウの房を模してたよ。そうそう、花火も火薬だか硝煙だかの匂いがしてたよね!若い子と花火したとき「火薬の匂いがしない!!」って言ったら、「どんな匂いですか?」って言われてへこんだ。今は中国製の線香花火にたまに火薬のいい匂いがするのがあるくらい。当時は爆竹もそんな匂いがしたよね!
カラーひよこはフィリピンではまだ健在だよ。
ずっと昔の話だけど、近所のおっさんが飼っていた番鶏はもともとカラーひよこで、16歳まで生きたよ。
ミドリガメと同じで、ひよこさんにもピンキリがあるんじゃないかな?
そういえば、シーモンキーはもっと後のやつですか?
このあいだガチャポンで500円で売ってたよ。
ガチャポンに注意書きで「水槽はついていません」とか書いてあったけど…。
むしろこれ今無いの!?ってものがたくさん
ラジコンにひもを付けて飛ばしていた「Uコン機」
昭和の一時期流行っていた気がする。
ttps://www.youtube.com/watch?v=G4_D0yHDKog
小学生の頃はコマの軸にパチ玉埋め込んで、ビニールテープ巻いてハタキを絡まないようにしてパワーアップするのが流行った。
しばらくするとゲームウォッチが流行り、そののちファミコンに続いた。
そのようにアナログからデジタル遊びに変わる時代で両方楽しんだ。
肥後守でいろんなもん作ったなー
釣竿とか竹トンボとか木刀とか弓矢とか
凧作るのにも使ってた
鉛筆削るだけの道具じゃなかった
ダッコちゃん人形は人種差別にあたるとかでなくなったと聞いた。
カラーひよこ 初めて見た!
こんなにもカラフルなんですね
昭和50年位だったか、有楽町に普通にMPいたわ。ジープ乗ってるの。
駄菓子屋いくと奥座敷で孫のおむつ換えてた婆ちゃんが
手も洗わずにそのまま応対してたな
いまだに健康に生きてる
俺の時代はミドリガメが流行ってたな
平成一桁の私もカラーひよこ初めて見たよ
これはきっと欲しくなっただろうなあ
しかしまあ爆竹とか売ってたとしても、昆虫や爬虫類に詰めたいとは思わないな
そういう風に育ったって意味で、ものごとが規制された代わりに私たちには情操教育だのなんだのが与えられて、それは間違ってなかったってことだと思う
昆虫採集セットって、半ばインチキ商品だったのね(´・ω・`)
道理で夏休みの宿題で作った標本から、酷い匂いがすると思った。
ボ・・ボーガン!?
普通に買えたといえば
ちび黒○ンボの絵本でしょうか
サッカリンは、漬物食材コーナーで普通に売ってます。ガラス試験管に入って。
大丈夫なのかなと、いつもドキドキします。
昆虫採集セットなつかしい
友達が持っていたんだけど、足に刺さっちゃったんだよね。
かんしゃく玉でもよく遊んだな~。
道路にばらまいて車がバンバン鳴らすのを面白がったりしてた。
昔の駄菓子屋はほんと面白かったよ。
今の子供のおもちゃはハイテクだけど刺激がなくてつまらん。
昆虫採集セットは夏休みの自由研究にやってみようと買って使ったのだけど
虫とはいえ生きてるセミとかを無理矢理コ口シテ標本にするとか狂ってるって
小学生ながらに思った、もちろん自由研究は違うものにしたよ
そういえば、2B弾ってあったなぁ。
爆竹より大人な感じの。
※153
平成と昭和、どっちが合っててどっちが間違ってる?
そんな比較は意味がないと思うよ。みんな自分が生まれた時代しか知らないし、生まれる時代は選べないんだから。そんな考えは不毛な「けなし合い」を生むだけ。
いま三十路だけどロケット火薬、エアガン、バタフライナイフは普通に買ってたな
ヒヨコは校門前に売りに来てるオッチャンから買って
可愛がってたら鶏になった、メッチャ懐いて必ず後ろを付いてきた。
大人になる途中の羽根が抜け替わる時期、異様な生き物の姿を見た人の発言なのか、
いつの間にか学校の噂で彼は「ダチョウ」を飼っている。
と伝説と化していたのを思い出すw
最近売ってるか売ってないかは解りませんが、紙に砂糖塗ったニッキ紙なんてのもありましたね。
バタフライナイフはどちらかというとドラマ(キムタクのやつ)の影響で本格的な規制が掛かったような記憶が。。
というか、今の子供は爆竹買えないのかい?
まあ冷静に考えればかなり危険なオモチャではあるけれど、これも時代かねえ
※159
サッカリン自体は無害、生成時にできる不純物が有害
精製技術が未熟なため混入したのが原因
アメリカや、中国では現在も普通に使われてる
※173
お祭りの屋台でたまに見かけるよ
ギリ昭和くらいの生まれだけど、田舎で育ったから見たことあるもの多い。
昆虫採集キット、爆竹、空気銃あたりはあった気がするけど小遣いで買うには高価だったし
もうそういう遊びは流行らない時代ではあった。
子供の頃、飛出しナイフ型のコームが流行って
たまに本物と思ってめちゃくちゃビビる人がいておもしろがってたけど
今思うと悪いことしたなあ。
ひよこに着色料塗って売るなんて酷いって思うかもしれないけど、
記事にもあるようにオスのひよこは食用にも向かないから処分されるんだよね。
動画探すとあるけど、専用の機械で首ちょんぱですよ。
だったらせめてペットとして・・・という当時のおいちゃんたちの気持ち、分からんでもない。
昭和後期生まれです。カネキャップは畑に来る鳥を追い出すのに毎日使ってました。煙草もセブンスターが200円か250円で、自販機でいつも買ってたw
それなのに当時ミニ四駆が400円(か600円?)で高くてなかなか買えなかった記憶があります。UOチョコをよく食べてたんだけど今無いのか名前変わったの?見ないですね。
板ガムと見せかけて指をバチンと挟んでくるオモチャとかあったよな
あれ結構痛かった
今はもう全然見かけないけど、まだ売ってるのかな
昭和は皆が等しく貧しかったけど、ぬくもりがあって心は豊かだったんじゃないかとも思うな。
今は経済的に豊かな人は増えたけど、他人との関係は薄く心は冷え切っている人が多い気がする。
便利過ぎて感覚が麻痺して自分達で作ったり考えたりする事が無くなったのは少し寂しくもあるよ。
※164
「今は豊かになったけど心が貧しくなった」「人間味がなくなった」「今の若い人は豊かな時代だから苦労して物を手に入れる喜びを味わえず逆に不幸だ」「物質的には豊かになったけど夢や希望がなくなった」ようなことは高度成長が終わって低成長時代に突入した70年代にも80年代にも言われてますね。
20数年前くらいまではマスコミは70年代を取り上げるときは、オイルショックで不況、閉塞感漂う暗い時代・・・な描き方をしてたけど最近は70年代をあまり悪く描かないね。やはりよくないことというのは忘れ去られるものなんだろうね。
今って、お正月に羽根つきしないね。
双六も絶滅種?
雑誌の付録で、チョコレートでできたレコード盤なんてのがあった。
レコードプレーヤーにセットすると本当に音が出るんだよ。
ちなみに数回聞いたあと、スタッフ(私)が美味しくいただきました。
昆虫採集セットのクスリがそんなもんだったとは、四半世紀経って初めて知る事実…感慨深すぎる
僕SDガンダム消しゴム世代・・・・でも30代半ば
カラパイアの年齢層が高いことにΣ(゚Д゚)
※171
これには同意する
首ちょんぱ機械はしらないけど(ひよこのセットが大変そう)
がーっと押しつぶして処理されてくオスひよこ見ると
カラーひよこなんて最高のチャンスを得た一握りだってわかる
年取ると昔お懐かしむようになるよ 俺小学生の時親父の使いで、酒やたばこ買いに行かされたよ。
キャメルとかラークみたいな外国タバコは「ヨウモク」って呼ばれてた。
※174
確かに貧乏だった。昼飯が毎回即席麺(チャルメラ)で、1人前を3人(母、弟、自分)で小分けにして食べてました。幼かったため何の疑問も持たず、それが世の中の昼飯だと信じてました。ところが幼稚園に通うようになって、食べきれないほど豪華な給食が出てビックリ。多分、相当無理して幼稚園に通わせてくれてたんだと思います。その幼稚園も少子化で数年前廃園になりました。時の流れを感じます。
昭和は本当に長いし変化が大きい時代だった。平成もどれだけ続くかわからないけど、平和ならそれでいい。
昭和37年生まれだから、ほとんど知ってる、買ったことある!
ヒロポンは飼ってないけど。
以前ドラッグストアで働いてた時に、「ハルシオンください」って
言われて「今は売ってません」と即答したバイトの自分がこわい。(笑)
縁日では、ヤドカリを何回か買ったよ。手にのせて歩かせるとくすぐったくてカワイイ。
刃物は私も当時の子供なので、当然常備。男子は肥後守、女子はボンナイフが多かった。
タバコ型のお菓子もあった。今もあるココアシガレット?よりももっとリアルな紙巻で
フィルター部分はちゃんとハイライトみたく茶色で、サイズも本物とほぼ同寸。紙巻の中身はチョコレートでした。チクロ入りのブドウアイスやファンタもあった。チクロが規制せれてからすっかり不味くなって、ブドウアイスは姿を消したと記憶してる。
※177さん
ブドウアイスって、チューペットみたいな形のですね。懐かしい。
近所のタバコ屋に、ハイライトを買いに行かされた思い出・・・
お釣りはソーダ味で棒2本のアイスにしたんだっけな・・・
紙芝居屋さん、行商のおばあちゃん、豆腐屋さん魚屋さん、八百屋さんも回ってきてた。科学と学習は、途中から学校売りじゃなくて配達になったな。
肥後守は持ってたけど、ボンナイフの方が使った記憶長い。少年朝日年鑑のベトナム戦争の写真が怖かった。小学校のストーブが達磨から灯油に変わっていった。柵の上でお弁当箱温めてた。
ひよこは学校の前で売ってた気がする。他にもいろんな物売りに来てた。下校する小学生がお金なんか持ってないと思うんだけど、今思うと不思議。
ソノシート、手探りゲーム、青コピー、黒電話…近所の人が電話借りに来て、10円入れてく箱が電話機の横に置いてあった。8ミリ、オープンリール、毎日手動で点灯する街路灯、町内の空き地でやる、やたら怖い映画の上映会(医学系のグロいヤツ)。
傷痍軍人は上野にたくさんいたね。年末になると銀座とかで募金してた救世軍、まだやってるのかな。
あとは、…赤尾敏が元気だった(笑)
昆虫採集セットはトラウマ…
大きめの蝶を捕まえてきて注射したら、注射液に押し出されて、肛門?から内臓がびゅるるるー!
今でも蝶を見るとごめんなさいごめんなさいごめんなさいしています。
救世軍は今も年末に見かけます(池袋)。
赤尾敏さん、今じゃあのような方は出ませんね。辻説法の後継者が無くてつまらんです。
カラーひよこはタイのマーケットで今も売っていますよ。
空気銃は農協のイベントで景品になってたりと
高価な玩具や包丁みたいな道具の扱いでそれなりに普及したので
今でもヤフオクとかで事情を知らない人が出品する例が多い。
昭和42年生まれだがヒロポンはねーよwwww
お兄さん方の部屋にはアグネス・ラムのポスターに矢沢永吉のタオル。
おもちゃではコカコーラのヨーヨーに、アメリカン・クラッカー、ゲイラカイト。
食べ物でいえばヤクルトラーメンにオ~リィエンタル・カァレェ~~♪
ここまで みりん が出てない
今は子供がおつかいで買いに行っても売ってもらえないらしい
ケーキがまずかった。バタークリームでがちがちに固まったデコレーションケーキなんかが誕生日やクリスマスによく食べたけどスポンジはぼそぼそして水分が抜けた生地だったし、
何がうまいんだか。ケーキ専門の店が出来てからはふわふわのケーキが食べれて感動したのを思い出す。
チョコレートもぼそぼそしててあまいんだけど歯ざわりが変だった。
駄菓子屋といえば箱にはいった丸ガムとかあったな。色であたりができると買い物できるやつ。(当方40代)
小学校すぐ近くの駄菓子屋さんは、駄菓子も扱いつつ、プラモデル、10円ゲーム機投入、黒ディスクのディスクシステム書き換え機(今から考えると・・・誰が営業したんだろ)と当時の子供の心をつかむのに頑張っていた。結局高校生になるまで通っていた。今はただのタバコ屋さん。
尚、カラーヒヨコは記憶にない。。。
昭和30年代生まれだけど、懐かしいものと言えば、
田舎が九州の田舎なんですが小学生の頃の思い出です。
昔、高射砲や九二式重機関銃高射用具に高射托架を組み、
対空用の照準環を装着した、重機関銃等が設営されていた跡地に、
7.7mm弾が落ちているのを友達と拾いに行ったことがあった。
土に埋もれているのを掘り越してました。
古いものとはいえ実弾ですよ実弾!薬莢じゃなく じ・つ・だ・ん
ドキドキしましたね~ でも後日高校生に奪われましたwww
さすがに高射砲の砲弾は落ちてませんでしたww 当り前かww
地球ゴマ
職人さんが高齢化で跡継ぎもいないとの事で今年の4月で制作会社が廃業
価格がネットショップやオークションで高騰しまくってるよ
どなたかあとを継ぐ職人さん志望の人いないかね
エフェドリンナガイ錠は?
幼稚園児の友人の弟がキン消しをカッターで切り刻んで投げる節分の豆まき遊びをしてた。深い意味はないんです。肌色だからマメに似てるじゃん!って。
あと、友人の兄がガチャガチャで水爆カプセルの爆発式をやるから近所の子が集まったのに不発弾だったしょぼい思い出。
昭和は差別や危険が身近だったけど面倒くさくなく自由で自己責任が世の根底にあった。
平成も便利で悪くない。でも泥臭い旨味と言う点では昭和の勝ち?
小学生時分は、普通に駄菓子屋で爆竹や2Bクラッカー買えたもんなぁ。爆竹一箱¥120だったかな。
少年ジャンプ¥150くらいの頃だから、繋いである導火線を解いて一本ずつせせこましく爆破させてた。火薬ほぐして瓶に集めている最中に爆発して指がもげた事故の話を聞いて以降、爆竹遊びから疎遠になっていった。色気づくお年頃に突入したってのもあるけどね~。
光線銃SP,銀玉鉄砲
カラーひよこは一緒に飼ってたオス犬と犬小屋で毎日寝てた
鶏になってからも長生きしてずっとそのオス犬と仲が良かったなぁ
爆竹は友人が使ってたし、昆虫採集セットとボウガン(吸盤ではないが刺さるほどの鋭さもない)は持ってたな
駄菓子もよく売っていた
地球ゴマやグロいゴム人形、後ではバーコードバトラーとかも一時期流行ってた
肥後守は与えられたが、使わなかったので何も削らんまま錆びた
今の日本は積極的に作って行こうとしている人が少ない気がするね。 何か問題が発生したら対処するだけしかしていない。衰退するわけだ。
シガレットチョコとか、酒シロップの入ったボトルチョコとか、普通に駄菓子屋で買えたよなw
駄菓子屋のばばあ、よくカビ生えた駄菓子売ってくれたわぁ。あ、布団屋の方ね。
言っても、それくらい大丈夫!文句言うな!って言うし、親に言ってやる!って捨ぜりふ吐いたけど、結局食べちゃってしかもホントに大丈夫だった。今でもくやしい。
昭和って…そういうじじいばばあがゴロゴロしていた。優しい大人は神様みたいだったよ。
サッカリンは漬物の材料コーナーに今でも売ってんだわ。
あれ大丈夫なのかなー。
自分の経験では、
住んでた裏の個人病院が解体された時、近所中に薬品の匂いが充満した。
きっと適切に処理なんかせず、土中廃棄したんだな。
工事で混ぜかえす度にツーンと酷い匂いだったが、その空き地で家庭菜園始めた婆様もいた。
今じゃ考えられないよな。双方スゴイ。
昭和44年生ですが…
昆虫採集の持ってた❗️
懐かし過ぎるぅ(笑)
あの液体の使い方が分からなくて
結局、使わなかったな。
そろばん塾の帰り道が強くて
メス持って歩いてたの思い出した❗️(笑)
火薬のも持ってた。
パンパン鳴らすだけなのに
夢中だったのはなんでかな?
ねー?水ふうせんは?
小さいゴム風船に水いっぱい入れて
友達の足元に叩きつけて
「水爆!」攻撃したり
団地の7階からとか、落として割ったりとか…
あれ?うちの地域だけ?(笑)
タイガーロケッティとか
金属製の密閉容器に固形燃料入れて点火するロケットエンジンのおもちゃ
そこそこのお値段、教材っぽいクールでストイックな仕様が本格的で科学心を刺激しました
オレ、オッサンだけど、肥後守も音の鳴る火薬類も怖くてダメだった。今でも刃物はハサミとカッターナイフ以外は怖いし、大きな音の鳴るモノもダメ。風船を見てても『いつ割れるか』って思って、やっぱり怖い。親父はそんなのが大好きだったんで、オレにも買ってくれてたんだろうけど、どうしても使えなかった。
ギリ昭和だけど、半分以上知らない物でした。昭和の幅が広すぎ~
コメの肥後守って名前だったんだと、画像を見て知った。
田舎の小学校だったせいか、竹とんぼづくりという学校行事の時に上級生のお兄さんたちがよく使っていた。下級生の分は上級生が作ってくれて、それを飛ばしてたんだよね。
懐かしい。
毎年夏祭りに買ってもらった昆虫採集セット。いつぞやの夏休み、袋一杯の虫コレクションを客観的に見た夕方から超虫嫌いになった。南無南無(。-_-。)
ライターのように火打ち石が内蔵されて、底面についている車輪を回転させると、口から炎を吐く(火花を散らす)キングギドラのおもちゃをかつて持っていた
エアガンってプラのBB弾が撃てる遊戯銃の事じゃなくって
鉛製の鼓弾が撃てて鳥やウサギくらいなら狩れるっていう
今免許なしで持ってりゃ成人だって逮捕される空気銃のほうじゃね?
エロ本は今でもわりと落ちてないか?
まあ今のキッズが見つけたところでエロなんかネットで誰でもいくらでも見られる時代だから昭和のキッズたちほどの興奮と感動はおそらく得られないんだろうけども
赤尾敏さん、今も動画で見られるけどあの人みたいな人はもう出てこないだろうね。
平成10年生まれだけど、親が厳しくて駄菓子は中学生まで食べたことなかったな。母が作ったお菓子いつも食べてたし、似たような子が学年に3人くらいいたんだよね!マーガリンやベーコン、カップ麺も中々食べさせてもらえなかったし(だけどめちゃくちゃおいしいよね)昭和の人は自由でなんだかあったかいよね….
爆竹とか楽しそうで羨ましいな!ザリガニを道路に投げて車に轢かせるのは何度かやったけど、楽しさが違うよね~
昔アメリカで
ウラン鉱石が入った子供用玩具
ラドン入り水
が売られていた
もちろん両方とも発がん性がある
こちらのカラーひよこのお写真、ツイッターで紹介させていただきました。もしご都合わるいようでしたらお知らせください。
ここのスレ見てガチャガチャからライターのおもちゃ(ホント火の着くやつ)が出てきたことを思い出した
今もガチャガチャからライターのおもちゃが出てくるんだろうか?
うおおおお火薬懐かしい
放り投げると頭が重くて先端から落ちて
挟んだ火薬がパァンと大きな音立てるんよね
似た原理の重もパンパン撃ちまくったもんだ
もちろん弾は出ない
タバコはあんま昭和って感じしないな~
タスポが必要になったのが確か2010年前位、その前はよくお使いで買いに行かされたな~
昭和の当時はもっと緩かったのカナ?
ソノシートが出ないのは 雑誌の付録がメインだったからなのかな?
子どもの頃、駅の周りの路上でおじさんがダッチウサギというウサギの赤ちゃんを売っていた。中東系の人が偽造したテレホンカードを売ってたりもした。動物も偽造品も、子どもでも誰でも普通に買えた時代。
中学の時に父親にタバコを買いに行かされた時、同級生の男の子3人がエロ雑誌の販売機前でコソコソやっていたわw
次の日に他の女子には言わないでとお願い
されたのを思い出した。
>>昭和の子どもたちはギリギリを生きていたんだね。
いやいや、そんなギリギリじゃないよ
昔は、バカはバカやって早めに天国の橋を渡っていただけ
大多数は、大丈夫だから
子供の頃、学校裏のゴミ捨て場でホルマリン漬けの色んなのが落ちていた。ついでに大量の百円札もあったよ。今、手元に残っているのは穴の空いていない50円。昭和31年ってある。本物かな?
都市部で食料や日用品が極端に不足した終戦直前でも、軍需工場で配布されたりとヒロポンは入手できた大日本帝国の闇
いくら合法でも生活必需品そっちのけで流通してたのか
鉛筆削り用に肥後守持ってたな
小学校高学年くらいになって全部の教室に電動鉛筆削り器が設置されてからは使わなくなったけどね
カラーひよこ知らない奴でもカラーハムスターは知ってるだろ、こっちは平成の代物だけど
コロナ禍前だとカラースネークとかいって質の悪いコーンスネークを屋台で売ってたりするんだよな
某田舎の祭りで地元民に重宝されてんのがカラーうずら
安価な上に、庭の害虫や雑草処理をやってくれて冬前に叩き◯して生ゴミで捨ててんだよな
あーそうそう!タバコも酒も買えた!
親にお使いで買いに行かされたよ!
1000円渡されて「お釣りでお菓子買っていいよ」って
アメリカンクラッカー
紐の両端に硬いプラ球が付いててカチカチ反転させるやつ
町中がうるさかった
一言で昭和って言っても、ほぼ百年前から30年ちょっと前までと幅が広いからな~
懐かしいwカラフルだけど体に悪そうな飴玉とか、爆竹とか。睡眠薬、シンナー、ヒロポンまで売ってたのは衝撃だが。