この画像を大きなサイズで見る例えば、誤って自分の指をハンマーで叩いてしまったとしよう。「激痛が走る」。とはまさにこんな状況の時をさす言葉だが、まるで痛みが体の中を駆け巡っているように感じたことはないだろうか?だが、この痛みは、本当は全て脳内での出来事なのである。
「痛みの認識は、年中無休で感覚神経からもたらされる情報を選別している”脳内回路”によって形作られたものである」。そう説明するのは、米ジョンズ・ホプキンス大学の脳科学者であるデビッド・リンデン教授だ。
同教授によれば、「こりゃあ面白い。今入ってきたこの痛み情報のボリュームを上げよう」、あるいは「おっと、ボリュームを下げて、あまり注意が向かないようにしよう」…と痛みを調節することが可能となるらしい。
無我夢中の状態の兵士は痛みを感じにくい
確かに人によって痛みの感じ方は違う。同じような怪我をしても、すごく痛いと感じる人もいれば、蚊に刺された程度と感じる人もいる。つまりは痛みはコントロール可能であるということだ。
脳に備わった痛みをコントロールする能力は、イラク従軍中での武勇を讃え銀星章を贈られたドウェイン・ターナーをはじめとする人々の経験を説明してくれる。
2003年、ターナーの部隊が補給物資を積み降ろす最中、敵から襲撃を受けた。このとき彼はグレネードによって負傷してしまう。
爆発した金属片が足に突き刺さるほどの大怪我だったが、なんと彼はそれに気付きもせず、仲間に応急処置を施し、安全な場所まで連れて行った。
また、この作業中2回も撃たれ、1発は腕の骨を打ち砕いていた。それでも、この時痛みはほとんど感じなかったと、後にターナーは述懐している。
リンデン教授によれば、無我夢中の兵士は痛みを感じないそうだ。しかし、窮地を脱した後で、例えば注射などのちょっとしたことで、大きな痛みを感じる場合があるという。
痛みと感情の関係
また、脳は痛みの体験に伴う感情も決めている。これは脳が2つの異なる系を用いて、神経末端からもたらされる痛覚情報を処理しているから可能になることだ。
1つは、痛みの位置、強さ、そして性質(刺された痛み、火傷の痛みなど)である。そして、これは「ああ、やばいぞ!」といった痛みの感情的な側面とは全く別の系であるらしい。
落ち着きや安心感、他人との繋がりといった前向きな感情は、痛みを最小化し得る。反対に否定的な感情なら逆の効果がある。
拷問は大昔からまさにこの側面を利用してきた。苦痛をさらに味あわせるなら、屈辱を与えたり、痛みを加えるタイミングを予測できないようにして、痛みの感情的な側面を強化すればいいのだ。2001年のアメリカ同時多発テロの際、CIAの尋問官もこのテクニックを使ったとされている。
脳に送られる信号を遮断
脳が痛みの認識を調整する正確な仕組みは、まだ完全には理解されていない。しかし、米ブラウン大学の研究チームはその手がかりを手に入れた。
同チームは手の感覚に対応する低周脳波を研究していたが、これによって脳が手から送られてくる感覚情報を遮断すると、そのリズムが増すことが判明したのだ。
彼らは、その答えは気をそらすものを無視させている前頭野にあるとにらんだ。そこで脳波をモニターした被験者に手または足だけに意識を集中するよう指示し、その間指やつま先を軽く叩いてみることにした。
被験者が足に意識を向けているとき、脳の手の感覚に対応する領域において低周波リズムが増加した。これは被験者が自分の脳に手からの感覚入力を無視するよう命令していたからである。つまり、予測通り、情報を遮断していたのはこの低周波リズムだったのだ。
しかし、同時に別の領域、すなわち気をそらすものを無視する部分でも低周波リズムが増加することが判明した。この2つの領域は同期し、脳の実行管理領域である前頭野と環境からの情報を選別する脳の感覚部位との間で協調しあっている。
痛みを取り除く方法
この事実は、少なくとも一部の人間は瞑想などを行ない、慢性的な痛みを取り除く方法を脳に伝えることが可能であると示唆している。
2011年に発表された研究もこの見解を支持しており、8週間に渡る瞑想の訓練を受けることで、痛みを阻害する脳のリズムを大幅にコントロールできるようになることを証明した。
via:npr / written by hiroching / edited by parumo
かくいう私もあり得ないくらいの痛がり、怖がりで、子供の頃の予防接種時には、自分の順番が来るとまた最後に並びなおすという不毛な逃走を繰り返していたのだが、大人になっても痛いのが怖いという認識は改められないながらも、一度経験した痛みなら耐えられるということが判明した。
病院が怖くて1人ではいけないのでいまだに親友に必ず付き添ってもらっているのだが(診察室まで)、大騒ぎするのは最初だけで2回目以降は平気だよね?と言われ気が付いた。もしかしたら結構痛みには強いタイプなのかもしれないと、急に気を大きくしてしまったわけだが、感情面が痛みを増強するという説は確かにあると思う。
















知ってる
ランボーで痛みと言う感情は無視できるって言ってた
家の父親はちょっと熱を出すと「もう死ぬ」レベルの事を言って、母親に(何を大げさな…)という冷ややかな目で見られているが、父みたいな心配性な人は本当に熱による体の痛みとかが普通の人より大きい可能性があるって事か。
何というか、難儀だなあ父よ。
小学生のとき人が痛がるのを馬鹿にしてる奴らに
人によって痛みの強さとか違うといったら馬鹿にされてた
更に君の見る赤だって僕には青かもと言ったらハブられた
それからの僕は殆ど一人だ
バイクで走ってて、足がちぎれたのに気がついてない人がいたな
仲間が拾って追いかけてきたとか。
これはある、高校生の頃骨折して病院で診てもらった
すごい痛い検査だったけど、看護婦さんが手を軽く握ってくれたら痛みが消えた
看護婦さんの手は麻酔並みに効く
※5
同情します。 ま、他人の痛みってのはわかりにくいから「我が身をつねって人の痛さを知れ」ともいうわけですけどね。 ほかにアドレナリンがでてると痛くないものです。 アドベンチャーレースなどで、けがをしていてもゴール後に気づいたりしますしね。
知人に感情がほとんど無い人がいる。
胆石でも玉が潰れた時でも痛みはあまり無かったって…てのは違う話かな。
※7
あるある!手を握ってくれる人がいると痛みが驚くほど安らぐ。やっぱ痛みは脳が作り出してるってことだよな
これマジ。
例えばタンスの角に足の小指をぶつけた場合でも、その瞬間に意図的に「ぶつけた事実そのもの」を忘れようとすれば、不思議と痛みは感じない。
ストア派の考えに近いね。
確かに、腹痛のときとか、この痛みは何て表現すればいいんだろうとかどこがどういう風になって痛いんだろうとか冷静に考えてると痛みっていうよりなんか変な感覚になったりする。痛い痛いって思いすぎるから痛いんだよね。
※9
玉って・・・金 ?
俺ならショック死するかも・・・
前から大好きなぬいぐるみを触ってる時だけ痛みが少し引いたのはこれのせいだったのか。
でも根本的に痛みを消す所まではできない、瞑想って何か怪しいからあんまりやりたくないな。
※10
分かる
痛い痛い!って意識すると余計痛くなるから同じようにしてるわ
歯の治療中とかは「ん~10段階中7の痛みだね。今一瞬8超えたかな?」みたいに
痛みを客観視すると怖さは消えるw
ただし痛がらないとどんどん削られて9や10に到達するのでちゃんと意思表示はしてるが
「殺し屋1」のドM893も言っていたよ
でもやっぱ痛い
ふくらはぎを切った事に気付かずにいて血が流れてるのを人に指摘されて痛みだしたのを思い出した。
痛みは感じたほうが良い
何も感じなかったら死ぬような怪我をしても大した事無いと考えてしまう
確かにその通りだけど一般的な正常範囲内の反応してくれないと命が危ない
痛くない痛くない痛くないって状態のまま本当に痛くない世界に逝ってしまう
これを脳内でコントロールして鍛錬すると巨大カマキリとかと対戦できるようになります。
コントロールできるようにしていこうっと
現実を最大限生きるために
ボクシングも試合中は興奮して痛み忘れるが試合後は激痛らしいね
普段はそうなんだけど、電車の中での腹痛にだけは効かないんだよ・・・
生理痛とか、死ぬわけ無いしお馴染みだし後何時間で軽くなるかもわかってるのに、
何やってても痛みから気を紛らすことも出来ないみたいなのは何でなんだぜー
あと痛覚って大事。無痛症の症例とかホントびびる
ひとことでいうと、心頭を滅却すれば火もまた涼し
ってことなんじゃないの
風邪で頭痛が酷くて眠れないときには自己暗示をかけて痛みをやわらげているな。
ただ痛くないと考えるんじゃなくて、体の中の毒を小便と一緒に体外に出すイメージで。
日本には古来から「心頭滅却すれば火もまた涼し」という言葉がある
俺もよく母に殴られていたので、大抵の痛みでは表情を変えなくなった
美容室で火傷したときも反応しなくて、あとから熱いと申告して吃驚されつつ患部に薬塗られたわ
※25
子どもだと、面白がって自分の歯を抜いちゃうとか聞いたことある。
痛みと感情は結びついていると今んとこ感じるけど、その痛みをコントロールするってことは、それを分離させるってこと?
つまり突き詰めていくと、痛みというものは想像の範疇にしか存在しなくなるってこと?
※25
体の反応に対する脳の痛覚反応は一定としてあるからさ。その痛覚反応も所詮は信号なので、消す事も可能というだけで、いくら理屈を知ってもできるこっちゃないよ。味だって所詮味覚反応に対する脳の記憶だけど、これは脳の記憶だから小麦粉を砂糖の味に変えてみせるっていくら思っても、普通無理でしょ。この物質が味覚に触れたらこう脳に信号が行くってのは決まってる。生理痛も一緒。
ハンニバルの広告のせいで
体を切り刻まれながら
そんな雑学を披露されてる気分
怖い怖いと思ってる時に小さい物音でパニックになるくらい驚くのと同じで、不安感から痛みが増大する可能性はあるかもね。
何人もが転げ回るほどの激痛足つぼマッサージを
ヒクソングレイシーが足つぼのいったいやつマジで我慢してた。
その時お得意の呼吸法でリラックス(?)してたよ。
あれも感情をコントロールしているんだと思う。
わかるわ ぶちぎれてるときって平気でコンクリートの壁を殴れたりする
下痢したときたまにある冷や汗が出るような痛みには太刀打ちできない。あの痛みを俯瞰で見ることは無理だ。
これを突き詰めて行ったら
多福感を自分の脳内から出すまでいけるんじゃない?
ヨガの達人みたいに
この研究、東洋医学の一部分に回答を出せそうな…?
「痛いの痛いの飛んでけー」は本当だったんだね。
カアチャンごめん。
ちょっとだけだったら感覚制御できる
ほんとにちょっとだけだけど、上手く意識を逸らすと成功する
普段過敏に反応してるからこそ違いが分かるよ
まさかの精神論
全治三ヶ月の重症を負った時、まるで痛くなかった。
惨状を認識した脳が変な汁を出したのだろうが
まだいける!OKOK!と本気で思えばどうにかなるってのは真実だと思う。
問題はそれを、どう意図的にコントロールするかだな。
刃物を使っていた時、後になってなんだか指の腹がズキズキしてきたので、あれ?と思って見てみたら2~3箇所プシプシと切れていました。その途端イタタタ!となって、血もじんわりと出てきました。刃物がよく切れる奴なので、切れてもすぐには痛み出さなかったようです。
布団に入ってからの痒みという痒みを感じないようにできればいいのに
ウトウトしてくると身体のどこかが痒くなるの何あれ
>痛みを加えるタイミングを予測できないようにして、痛みの感情的な側面を強化
注射するときに目をそらすと余計に痛く感じるってことか。
痛みってなんだろう?なんで嫌なんだろう?
とか考えると一時的には和らぐ
心頭滅却すれば火もまた涼し。昔の人は研究せずに経験で知ったんだろうな、、、
毎日どこか痛がるうちの旦那様には、脳か感情を鍛えれば・・・ってどうやって?
プラシーボ効果的な何かかな?
動物のお医者さんの芹沼さん思い出した(笑)
※48
むずむず脚症候群(ストレスレッグス症候群)かもしれませんよ
注射は献血回数がまもなく100の大台に近付くぐらいには平気
でも低気圧になると頭痛がして行動力がそがれる
気をそらそうにも脳内が痛いときはどうすりゃいいのさ……
カミソリで無駄毛処理した時結構深く切ったのに気がつかず、その箇所をナイロンタオルでゴシゴシ洗ってしまい血だらけになったのを見て初めて痛みを認識した事あるよ
傷はずっと消えないで今も残ってしまった
腰痛治るかな
ホントかなあ
事故に遭った時、頭では必死に「立て俺、立つんだ俺!」ってやってたけど
全然動けなかった
脳の命令が来るのと、実際の痛みが来る順番によって結果が変わったりしない?
「痛をさらに味あわせるなら、屈辱を与えたり、痛みを加えるタイミングを予測できないようにして、痛みの感情的な側面を強化すればいいのだ。」
会社でパワハラ上司にターゲットにされ、その日の気分で無茶苦茶に怒鳴られている社員は
まさに拷問を受けているのと同じという訳だな。
車に轢かれて右足を骨折した時、痛みよりも重苦しい圧迫感が勝った。車のタイヤが脚の上にあったのはほんの一瞬のハズなのに、通り過ぎるまでがスローモーションのように長く感じられた。
また、転んでコンクリの角に顎をぶっつけ三針縫ったことがあるが、最初単なる打ち身だと思って無視して歩いていた。そのうちお腹が冷たいなあと思ったらシャツが自分の血でぐっしょり濡れていた。
とはいえ無痛症という訳ではない。歯医者さんでは痛いし(コワイ><)、胆嚢が壊死した時は苦痛で転げまわった。痛みの種類によって得手不得手があるのではないだろうか。
もう読んでるだけで痛いんだが?
あとお脳がズキズキする時は気をそらすの無理すぎ
「心頭滅却すれば火もまた涼し」ってまさにこれだよね。
昔の人は凄い
あまり痛みを無視して動き続けると患部は悪化するだけだから…そのうち切断することになるかもよ。
切った後は幻肢痛になったりして。
工作員とかCIAが拷問されても口を割らないというのは、痛みや恐怖を我慢できるように訓練しているということか
まぁ映画とかテレビの話だが(´・ω・`)
鬱病は痛みを伴う。
腰痛はかなりメンタルが原因と言われている。
みんな何かしら抱えてるものらしい。