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「地球は青かった」世界初の宇宙飛行を行ったユーリイ・ガガーリンとソ連宇宙開発の歴史

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 1960年代、米ソ間の宇宙開発競争が激化していった時代、ソ連では宇宙飛行士の選抜が始められ、ガガーリンも20人の候補生の一人に選ばれた。ガガーリンは他の飛行士たちとともに、宇宙飛行に必要な身体的・精神的耐久性をテストされながら、厳しい訓練を受けた。

 ついに世界初の有人宇宙飛行が行われることが決まったとき、パイロットの候補はガガーリンとゲルマン・チトフのどちらかにしぼられた。最終選考の結果、選ばれたのはガガーリンだった。この決定は政府の上層部によって行われたが、決め手となったのはガガーリンが労働者階級出身にあることに加え温和で社交的な性格と、「ユーリイ」というロシア的な名前、そして労働者階級出身の英雄という点を強調しやすい生い立ちにあったという。

 そしてついに、1961年4月12日、ガガーリンはボストーク3KA-2で世界初の有人宇宙飛行に成功した。

ソース:Soviet Files: Best men for star squad – YouTube
ユーリイ・ガガーリン – Wikipedia

 この映像は、当時ソ連が行っていた20人の選抜チームの訓練風景やガガーリンが宇宙に飛び立つまでの記録を関係者のインタビューを交えながら振り返るドキュメンタリー映像である。

 飛行中にガガーリンは自分が中尉から少佐へ昇進したというタス通信のニュースを聞いた。ガガーリンも喜んだが、このような発表を飛行中のガガーリンに伝えた本当の理由は、当時の政府高官がガガーリンが生きて帰還する可能性が低いと考えていたからだといわれている。

ガガーリン、人類初。宇宙へ(1961年) ─ ソ連制作の「記録」映像

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この記事へのコメント 10件

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  1. そういう「隠された悲劇」みたいなものって
    何か惹かれるものがあるよね

    • +1
  2. セルゲイ・コロリョフ>>>>>>>>フォン・ブラウン

    • -1
  3. 同期のレオノフは元気に頑張ったのにね。
    ソビエト宇宙開発史ってビデオあったんだけど今もあるんだろうか?。
    訓練風景など良い資料だったのに。

    • 評価
  4. あの頃は、今頃宇宙旅行も、月面基地も、友人木星探査も出来てると思ったのに・・・

    • 評価
  5. 今は競争する必要性がなくなったから安全面重視で開発が遅れてるんかね

    • 評価
  6. コマロフを画像検索して泣いた(´;ω;`)
    いいか、絶対するなよ

    • +4
  7. クドリャフカも忘れないであげてください

    • +1
  8. 最後にハグしてるのフルシチョフかな。
    これで大陸間弾道ミサイルへの道が開けたわけだ。

    • 評価

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