埋葬の歴史
儀式的な埋葬は3万年前から/iStock

 大切な人が亡くなったら葬儀をあげ、最後の別れを告げながらあの世へ送る――私たちにとって当たり前の習慣は、もしかしたら人類の黎明期から始まっていたのかもしれない。

 フランス、ドルドーニュ県キュサック洞窟(Grotte de Cusac)の奥深くには、中・後期旧石器時代の墓地が存在する。

 ここで発見された2万5000〜3万年前の遺骨は、赤黄土で色が塗られており、どういうわけか頭蓋骨まで失われているという。どうも当時の人たちは遺体をただ捨てたのではなく、きちんと葬っていたようだ。

 更に我々が遺骨を骨壺に収め納骨するように、彼らは頭蓋骨を持ち帰り、それと共に暮らしていたらしいことが窺えるという。
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重ねて描かれた動物の絵


 キュサック洞窟は国家遺産に指定されており、発掘調査は許されていない。それでもつぶさに観察すれば分かることはある。

 洞窟内では馬・牛・マンモスといった壁画が見つかっているのだが、それらは重ねて描かれており、上半分は馬と牛、下半分はマンモスで占められているという。

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image by:Eline MJ Schotsmans

壁画は、洞窟で見つかった亡骸と関係があるはずです。多くは重ねて描かれており、後から付け足されたものもありますので、完成品ではないのでしょう。

もしかしたら作品で何かを物語っていたのかもしれません。人々を絆で結びつけ、交流するためにです

と、エリーヌ・M・J・スコッツマンズ氏は説明する。
 
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image by:Eline MJ Schotsmans

死者との絆を視覚的に表現?


 こうした視覚的な表現は、死者との絆と関係している可能性があるという。

 古墳に挿絵が描かれるのはそう珍しいことではなく、たとえばこの時代から数千年後の古代エジプトでは、ピラミッドの内部に壮大な死後の世界を描いていた。

 古代エジプトの壁画はファラオの遺体と一緒に封印されたが、キュサック洞窟のものは、何らかの理由によって後から描き足されている。

 上書きされた動物は、亡くなった人物の系譜を示すシンボルだったのかもしれない。だとするなら、遺体はただ捨てられたのではなく、儀式的に埋葬されたと考えられるという。

黄土はシンボルであるという印です。染色が意図的なもので、無造作に洞窟に遺体を捨てたわけではないということです。

一般に、中期石器時代における黄土の利用は、現代的な人間の行動を象徴しており、認知能力の発達を示すものです。

 赤黄土が象徴的に塗られた遺体の有名な事例として、グレートブリテン島で発見された「パビランドの赤い貴婦人」が挙げられる。

 キュサック洞窟と同時期のものとされる遺骨は、きちんと安置されており、骨が赤く塗られている(なお貴婦人と呼ばれているが、骨の分析からは男性であることが判明している)。

 副葬品からは、この人物の社会的地位が推察され、おそらく狩人だったと考えられている。きちんとした処理も施されているらしく、こうしたことから儀式的な意味合いを込めて埋葬されたらしいことが窺える。


亡くなった祖先の頭蓋骨を持ち帰り共に暮らす


 キュサック洞窟の遺骨の性別や年齢については、もっと調査をしなければ分からないそうだ。

 埋葬されているという事実からは、そこに社会的な格差らしきものがあったことも感じられる。だが、後期旧石器時代は身分の差があまりなかったと考えられているため、必ずしも身分の高い人物だったとは言えないそうだ。

 スコッツマンズ氏の考えでは、死んで祖先になったことと関係している可能性があるという。

 先祖を生かし続けるという習慣はさまざまな地域にある。たとえばチリのチンチョロ文化では、死者をミイラにして自宅に安置し、一緒に暮らした。

 キュサック洞窟の遺骨の場合、1体をのぞき、すべての頭蓋骨が失われている(なぜか歯は残されている)。また遺骨は死後に洞窟に運ばれたもので、定期的にお参りされていたとも考えられている。

 キュサック洞窟の人たちも頭蓋骨を持ち帰って、祖先と一緒に暮らしていたのかもしれないそうだ。

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image by:Eline MJ Schotsmans

民族学的な事例を見れば、遺体に手が施され、死んでからも一定期間生きている人たちと一緒に暮らすというのは珍しいことではありません。

こうした習慣は、祖先に対する崇拝の一形態なのかもしれません。もちろん、ただの解釈であって、推測の域を出ませんけれどね(スコッツマンズ氏)

この研究は、『PNAS』(6月15日付)に掲載された。

Complex mortuary dynamics in the Upper Paleolithic of the decorated Grotte de Cussac, France | PNAS
https://www.pnas.org/content/early/2020/06/09/2005242117

References:syfy./ written by hiroching / edited by parumo

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コメント

1

1. 匿名処理班

  • 2020年07月01日 22:48
  • ID:9gEm1Txt0 #

ネアンデルタール人の頃から花を添えていたわけですし、死者を悼むのに何が良いのか、色んな表現があったことでしょうねぇ。

2

2. 匿名処理班

  • 2020年07月01日 22:51
  • ID:BxDLDUTC0 #

死者を葬って崇めるのは、生き返ったらヤバいから。首を切って崇めるのは、そうすれば手足では暴れないし、首に残っている力を借りることもできるから。
日本でも、生前ヤバい敵だった奴に限って神様にする。もちろんそれは、そいつを崇める勢力もあるからそうやってなだめるという意味もある。

3

3. 匿名処理班

  • 2020年07月01日 22:53
  • ID:HDsogBxZ0 #

マンモスですら葬式をしていたという研究があるから何も驚かないわ

4

4. 匿名処理班

  • 2020年07月02日 22:27
  • ID:yVTPdBou0 #

※2
その後の文明において、来世や神界での復活を願う文化が各地に残ることを考えれば、むしろ復活を願う意味のほうが強いのではないでしょうか。

御霊信仰は日本の奈良時代あたりからのもので、紀元前の世界で、怨霊を鎮める目的での弔いが一般的かどうか疑問です。

5

5. 匿名処理班

  • 2020年07月03日 06:06
  • ID:DKkWhrH40 #

※4
神棚にお供えする御榊は森を、水は海を表しているわけですが
つまり海や森でバリアーを張ってこちらの世界に干渉するのを全力で拒んでいるのが神棚ってことです
現代でもこれですからねえ

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