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yhiae ahmad from Pixabay

 白い厚紙に引かれた黒い線を指差して、ゴメスさんは「そこよ」と口にした。

 彼女は42歳のときに中毒性視神経症で眼球と脳をつなぐ神経がダメになり、完全に視力を失った。それからの16年間を暗闇の中で過ごしていたが、再び視覚を得られるチャンスが与えられた。

 それは小さなカメラを仕込んだメガネのおかげだ。カメラの映像はコンピューターで処理されて、電気信号に変換される。その信号は、ゴメスさんの後頭部に移植された電極を通じて、脳の視覚野に送信される。

 半年の実験では、ゴメスさんは天井の照明、紙に印刷された文字などの単純な形、そして人を認識することができた。それどころか、脳で直接パックマンのようなゲームまでプレイしているという。
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脳と網膜をつなぐ視神経のバイパス


 彼女の視力を蘇らせたのは、スペイン、ミゲル・エルナンデス・デ・エルチェ大学のエドゥアルド・フェルナンデス博士だ。彼が目指すのは、世界に3600万人いると言われている目の見えない人たちに再び世界を見てもらうことである。

 そのための方法が、目と視神経のバイパスだ。

 視力回復に関する初期の研究では、人工の目——つまり網膜の作成が試みられていた。

 これは確かに効果があるが、ゴメスさんのような目の見えない人の大部分は、網膜と脳をつなぐ神経に問題を抱えている。そのため人工網膜では光を取り戻せない。

 そこでダメになった視神経を迂回して、カメラの映像を直接脳に送信しようというのである。 

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再び視覚を取り戻したゴメスさん
image credit:RUSS JUSKALIAN

 脳に直接信号を送り視力を回復させるのは、かなり野心的な取り組みだ。それでもペースメーカーや人工内耳といった人体に作用する電子機器ならいくつもある。

 後者は、外部マイクで拾った音をデジタル信号に変換し内耳のインプラントに送信する、いわば”義耳"だ。

 デジタル信号を受け取ったインプラントは、電極を通じて脳が音を解釈する神経に電流パルスを流す。1961年に初めて実用化され、今では世界で50万人以上がこれを使いながら日常会話を交わしている。

 視覚インプラントについてはゴメスさんが初めての事例となったが、フェルナンデス博士は、今後数年のうちにさらに5名ほどに移植すると話す。


視覚インプラントの歴史


 視覚インプラントの実験には長い歴史がある。
 
 1929年、ドイツの神経科医オトフリート・フェルスターは、手術の最中に脳の視覚皮質に電極を当てると、患者が白い点を見ることに気がついた。

 この「眼内閃光」の発見以来、科学者やSF作家は脳につないだカメラを通じて世界を認識するシステムを夢想してきた。

 そして2000年代初頭、夢物語はついに実現へ向けて動き始め、視覚インプラントが人間の頭部に初めて実験的に移植された。

 が、実験を行ったウィリアム・ドーベル博士がインプラントに電源を入れると、患者はてんかんを起こし、身悶えしながら崩れ落ちたという。

 原因は、脳に電流を流しすぎたことだった。また感染症という問題も生じた。そしてドーベル博士自身が2004年に亡くなると、この実験は中止を余儀なくされた。

 盲目の治療と主張したドーベル博士とは違い、フェルナンデス博士は、「期待しないでほしい」と一貫して述べている。最終的には人々に光を取り戻させることが目標なのだとしても、「現時点では初期実験を行なっているだけ」であると。

 だがゴメスさんは実際に見えた。

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ゴメスさんの脳信号を記録したもの
image credit:RUSS JUSKALIAN

死亡直後の遺体の網膜で研究


カメラをビデオケーブルで脳につなぐ――口で言うのは簡単だが、実際にやるのは容易ではない。

 たとえば、専用のカメラを考案するために、人間の網膜が作り出す信号がどのようなものなのか解明する必要があった。

 そのためにフェルナンデス博士は、死んだ直後の人の遺体から網膜を摘出し(網膜は死後7時間でダメになる)、そこに電極をつなぐといった実験を試みている。

 また機械学習を利用して、網膜の電気的出力をソフトウェアが自動的に処理できるよう、単純な入力信号に一致させる研究も行われた。

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image credit:RUSS JUSKALIAN

剣山のような電極を脳に挿入


 次のステップは脳に信号を送信する方法だ。それには「ユタ・アレイ」という剣山のような電極が採用された。

 アレイには長さ1ミリ程度の針のような電極が100本ほど並んでおり、これを脳に直接挿入する。

 各針は1〜4個の神経細胞に電流を流すことができるが、ゴメスさんの実験では、1ヶ月以上かけて彼女に眼内閃光が見えるよう電極1本1本の電流が入念に調整された。

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image credit:RUSS JUSKALIAN

 だが、現在のユタ・アレイには欠点もある。それはインプラントした状態で電極や脳がどの程度持つのか不明なことで、ゴメスさんから6ヶ月でインプラントが除去された理由もこれだ(なお彼女に後遺症はないとのこと)。

 フェルナンデス博士によると、免疫系が電極に攻撃を仕掛け、周囲の組織に傷ができるほか、体を動かしたときに電極がしなることも問題だという。

 動物実験の結果から推測すると、現在のインプラントの耐用期間は2、3年で、長く見積もっても10年は持たないだろうという。だが、いくつか改良を施すことで数十年は耐用期間を延ばせる見込みはあるようだ。

 また、現在は配線で電力を供給しているインプラントを、最終的にはワイヤレスで作動するようにしなくてはならない。

将来的には60×60ピクセルの解像度が可能


 なおゴメスさんが試していたインプラントの最大解像度は10×10ピクセルだった。この場合、文字、ドアの枠、歩道といった基本的な形状なら認識することができる。

 だが人の顔の輪郭はかなり複雑な形状だ。そこで、その補助として実験では画像認識ソフトが利用されていた。

 ユタ・アレイは非常に小さく、消費する電力も少ないので、脳の各サイドに4〜6個は取り付けられるだろうという。

 そうなれば60×60ピクセルの解像度も実現可能であるそうだが、脳がこうした装置の負担にどの程度耐えられるのか、さらにはテレビ画面に匹敵するような視力が得られるのかどうかはまだよく分かっていない。

許されたならば使い続けたかった――

 ゴメスさんはもし許されたならば、インプラントを使用し続けただろうと話している。そして改良版が登場したときは、真っ先に申し込むとも。

 彼女が使ったインプラントは今、フェルナンデス博士が解析している最中だが、それが終われば額に入れて家のリビングに飾るつもりでいるそうだ。

 16年ぶりの世界の姿に彼女がどれだけ感激したか想像できるだろう。

References:futurism / technologyreview/ written by hiroching / edited by parumo
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コメント

1

1. 匿名処理班

  • 2020年02月11日 09:33
  • ID:Q.dn9iNV0 #

義体化も現実に成って行くんだね

2

2. 匿名処理班

  • 2020年02月11日 10:47
  • ID:LgAVMp6v0 #

かのブラックジャックの傑作『目撃者』を思い出した。
盲目からの復活は、おそらく誰もが願うことでしょう。この研究の一日も早い完成と普及を祈っています。

3

3. 匿名処理班

  • 2020年02月11日 11:00
  • ID:2vElbQBZ0 #

ドーベル博士ったらマッドサイエンテスト。

危うく患者死ぬところだったんじゃ?

4

4. 匿名処理班

  • 2020年02月11日 11:24
  • ID:59g.R8ZB0 #

この研究いつの間にかここまで進んでいたんだね
凄いことだなあ

5

5. 匿名処理班

  • 2020年02月11日 11:25
  • ID:mK6defj00 #

ファミコンからPS4まであっという間だった
10✕10ドットが2000✕4000になるのはすぐじゃないかな

6

6.

  • 2020年02月11日 11:33
  • ID:xIHsyEHK0 #
7

7. 匿名処理班

  • 2020年02月11日 11:34
  • ID:vU0yhWHf0 #

日本も再生医療で歯の治療とか
どんどん完成させないと
海外の方法でシェア抑えられたら
せっかくの技術が無駄になっちゃうぞ。

8

8. 匿名処理班

  • 2020年02月11日 12:46
  • ID:Hzi.zY0n0 #

目の見えない人を見かけるとこっちまで不安になるから盲目をなくしてほしい

9

9. 匿名処理班

  • 2020年02月11日 13:03
  • ID:DU2bu5bj0 #

世界には、感覚を失って困っている人が沢山居ると思われる
視覚、色覚、聴覚、嗅覚、味覚、痛覚、などの障害、
そして記憶障害など色々有る
是非とも、こういう研究は進めて欲しいと思う。
神経の問題で失われていた能力が復活したら、嬉しいと思う

10

10. 匿名処理班

  • 2020年02月11日 14:11
  • ID:cYa916Jg0 #

すごい!10年位前に見たTVではまだデカい装置を頭につけて、ぼんやり色を認識できるくらいだったのに…技術ってすごい速さで進化してるんだな
近い将来、今まで重度の障害だと思われてた物が障害じゃなくなるんだろうな
ips細胞の再生医療も早く民間まで降りてこないかな。膝軟骨や歯茎の再生が安価で受けれるようになれば寝たきりや痴呆の老人も減って健康寿命も延びると思う

11

11. 匿名処理班

  • 2020年02月11日 14:40
  • ID:EpbgLB230 #

※7
これはマジで大問題になってるだけど

日本の再生医療を担うiPS細胞研究の予算を減らすぞと山中教授を恫喝した首相補佐官と厚生労働省大臣官房審議官がいましてね…
他の「費用対効果の高い」研究に予算を回したいんだってさ

「費用対効果の高い」ってのは研究成果の話ではなく、組織の利益とか自己の利益とかなんだけどね

12

12. 匿名処理班

  • 2020年02月11日 14:44
  • ID:kxvytoiU0 #

ちょとチバシティ行ってくる

13

13. 匿名処理班

  • 2020年02月11日 18:18
  • ID:MoPGCns60 #

すごいなあ
電脳化の時代早く来ないかなあ

14

14. 匿名処理班

  • 2020年02月11日 18:45
  • ID:2cNczngX0 #

絵描きなんで目だけは生涯見えていて欲しいと切実に願う

15

15. 匿名処理班

  • 2020年02月11日 20:03
  • ID:NJ.nrI.70 #

メアリーの部屋

16

16. 匿名処理班

  • 2020年02月11日 20:21
  • ID:wvyqdBVI0 #

>>1
そしてメーカーのリコールで
自分が脳細胞の欠片しか残っていないと発覚するんだな

17

17. 匿名処理班

  • 2020年02月11日 22:37
  • ID:ZNgspBVo0 #

※10
この手の「電気信号を神経に送る」系の器具だと
人工内耳が早くから成功しているね。
まぁ、脳に直接電極を埋めてる訳じゃないけど。

昔なら聾唖者として一生を送ることになっていた子が
言語習得期より前にインプラント手術を受けると、
支障なく会話できるレベルになったりとか。
(適応するためのリハビリ等は必要で、効果に個人差はあるが。)

興味深かったのは、口頭会話だけでやっていけるレベルにはならず、手話を併用していたりする子でも、全くの聾唖より自分たちの呼びかけに反応してくれる孫のほうが、祖父母たちも何とか意思疎通をとろうとして積極的に手話を覚えてくれるという調査結果だった。養育者である親は否応なく手話を勉強せざるを得ないとしても、何人もいる孫の1人のために年とってからわざわざ新しい事を覚えるって、やっぱり自分達の慣れたアプローチに対して何の反応も見せない“得体の知れない存在”より、呼びかけに応えてくれる孫のほうが可愛くてモチベーション上がるんだなって。

18

18. 匿名処理班

  • 2020年02月12日 02:48
  • ID:qgCmx1yY0 #

CPUソケットみたいだな
脳が補正するんだろうな

19

19. 匿名処理班

  • 2020年02月13日 03:32
  • ID:rYW.146o0 #

60x60でも大進歩だけど、せめてストレス無く文章が読める程度の解像度は欲しいよなぁ
320x240は欲しい

20

20. 匿名処理班

  • 2020年02月18日 03:08
  • ID:T7nPLXwH0 #

※11
ぶっちゃけ技術が発展するなら日本がシェア持てるかどうかなんて大して気にしないんだけど
発展の遅延招きそうなことはマジでやめてほしい

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