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アメリカ全土に点在する巨大な矢印。この正体はいったい?

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(著) (編集)

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 アメリカの各地に、長さ約21mの巨大な「矢印」が横たわっている。しかもコンクリート製だ。これらはすべて1920年代に建造されたものである。

 一体これらは何なのだろう?

 UFOを呼び込むためのものとか、エイリアンに合図を送っているとか、政府の陰謀めいたアレなのか?とか、オカルトめいた妄想がとまらなくなってしまうわけだがそうではない。

1920年代、航空機パイロットは危険なお仕事

 当時、航空便のパイロットという職業はかなり危険なものであった。パイロットが生存中に飛行した時間を合計すると、平均でわずか900時間(37.5日)ほどで、まさに、死と隣り合わせの仕事だったのである。

 大きな危険のひとつは夜間飛行だ。現代の東京上空であれば夜中に飛行しても自分の位置が分かるかもしれないが、当時のアメリカでは、夜間には何も見えなかったのである。

 GPSはもちろん、航空図もまだなく、目印といえば、滑走路の脇に大きなかがり火を炊く程度であったらしい。

 そこで、この航空路案内用の巨大矢印が登場したのである。

飛行機のための道案内用矢印

 パイロットの安全を守るために、1920年代には夜間飛行は行わないというコンセンサスが形成された。しかし、パイロットの安全と引き換えに、航空便の何よりの利点である「輸送時間の短縮」が失われたのである。

 そこで、安全に夜間飛行を行うため、この道案内用の巨大矢印が考案されたのだ。

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imege credit: Dppowell/Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0]

 矢印本体の長さは約21mで、明るい黄色に塗られた。各矢印の中心には、高さ15.5mの鉄塔が建てられ、その上部にはビーコンがつけられた。航空灯台である。ビーコンは、モールス信号によって灯台の認識番号を発信していた。

 さらに、灯油ランプが矢印の先端と終端に灯され、方向を指し示した。また、必要に応じて、発電機も取り付けられた。

 このような矢印が15~20kmごとに造られたのだ。

 1930年代までには、アメリカ国内の合計約3万kmに及ぶ航空路に、航空灯台が設置された。

保存されているビーコンライト

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imege credit: Mark Wagner/Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0]

108時間が35時間に、大幅な短縮

 では、矢印による航空案内の効果はどの程度あったのだろう?

 ニューヨーク~サンフランシスコ間の郵便は、元々の陸路、すなわち列車便で、108時間かかった。

 夜間飛行が停止された際には、飛行機と列車の二本立てによる輸送が行われた。つまり、昼間は飛行機で輸送し、夕方には着陸して、積荷を列車に積み替える。夜間は列車で輸送し、明け方には別の飛行機に積み替える、という方法だ。

 この二本立て方式では、郵便物の到着までに79時間かかったそうである。

 それに対して、夜間飛行を復活させてからの航空便は、35時間で到着したのだ。また、この方法が一般化することで料金も下がることになった。

1924年の航空便路

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imege credit: Wikimedia Commons [Public Domain]

各地に残っている矢印

 第二次世界大戦までには、レーダーや電波航法と無線通信技術の発達により、ほとんどの航空灯台はその役目を終えた。しかし、モンタナ州ではまだ19基が現役で使われ、山地を越える航空路を示しているそうだ。

 アメリカ全土では、少なくとも121基が現存しているそうだ。こちらの “Arrows Across America” というサイトに、矢印の一覧がある。個別ページには存在地の経緯度が記載されているので、グーグルマップ、あるいはストリートビューで探してみるのも楽しいかもしれない。

Why There Are Thousands of Giant Arrows Across the US

References: Mental Floss / CityLab / Arrows Across Americaなど / written by K.Y.K. / edited by parumo

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この記事へのコメント 19件

コメントを書く

  1. アメリカじゃなかったけど何故か、山岳地帯に住む住民の為に小型飛行機の空路広げてる会社の話を思い出した
    現地の人が作った滑走路で離着陸しなければならないし目印少ないし、利用者が飛行中にパニックになったりするから大変だと言ってた

    • +6
  2. 関係者『より良い安全対策の為にもっと大きい矢印にしよう!』
    ・・・・・暫くして・・・・・
    搭乗員『ヨオ!此処は何だか変な形の滑走路だな?まあいいや燃料補給頼むわ。』

    • +2
  3. 航空便だけでなく、一般家庭での個人所有航空機にも利用されてたんだよね
    いかに航空機が一般に普及してたのか判る

    • +11
  4. 地紋航法(字に自信ない)と言ってランドマーク頼りに飛ぶのは、現在でもヘリなんかはその方法らしいし。

    戦時中日本陸軍航空隊は基本それがナビゲーションだったから、場合によっては海軍機が先導したらしい。

    • +3
    1. ※4
      地上の対象物を決めてその上を飛ぶ、実は日本の空を飛んでる軍用プロペラ機は今でも大抵そう。C130とかP3Cとか日米関係無く低空を大きくジグザグに飛んでる。
      流石に日本のジェットエンジン機が低空で飛んでるのは有事かイベント時しか見ないな。米軍機は飛んでるが。

      • +2
  5. 今の文明が万一途切れたらだけど
    何千年後に遺跡として発見されて議論になったりして

    • +11
  6. サン=テグジュペリ著の『夜間飛行』を思い出す。
    当時は飛行機用の矢印や灯台があったんだね

    • +12
  7. 大都市でもなければほぼ真っ暗だもんなぁ。
    水平線すら暗闇で見えない状況でよく飛べたもんだ。

    • +5
  8. よくアメリカ空軍が大規模演習やってるネリス空軍基地やエドワーズ空軍基地周辺でも、今でも現役の航空標識がGoogleアースで見られるね(あの辺は砂漠ばかりで、空から見ても迷子になるので、そんな案内標識が必要になるという)

    • +1
  9. サン・テグジュペリによると、1920’sの何もない洋上や砂漠での夜間飛行は天文航法だから雲や霧で迷子になることがしばしば。作者がアフリカ西部沿岸で航路を失い水平線近くに見え隠れする星を海岸の建物と勘違いしたりしてうろうろしつつ何とか現在地を把握したけど燃料切れ不時着しそうな旨を打電したら中継各基地が無電で大騒ぎ。そのうちフランス本部から当該機は燃料を通常の2倍搭載しているので飛行を続けるべしとの指令が来て拍子抜けしたとか。

    • +7
    1. ※10
      ひえーハラハラするね。大変なお仕事だ、命懸けだね
      本当に世の中の「便利」は誰かの努力によって生み出されているんだなぁ
      感謝しよう

      • +9
  10. アーティストのジャケ写などにもってこいな気がする。

    • +6
  11. 航空灯台という発想に驚いた
    そんな時代があったんだねえ

    • +2
  12. サン=テグジュペリに触れてる人が多くてうれしい
    『夜間飛行』や『人間の大地』はおすすめ
    当時の空が本当に凶暴で度し難い、未知の空間だったことを教えてくれる

    『夜間飛行』にある、地上の灯と星の光が区別できなくなるっていう描写は本当に印象的で、日常業務がそのまま冒険のものだったんだなって思い知らされるのですよ

    一部はまだ現役ってのがさすが航空大国アメリカって感じだねえ
    使われなくなった奴も、産業遺跡として保存してくれるとうれしいな

    • +12
  13. ufoの運転手に矢印の意味わかるのかよ

    • 評価
  14. 戦争か天変地異で文明が崩壊すれば、ふたたびこの方式で飛行機を飛ばすことになるかもしれない。ポンコツのプロペラ機が崩壊した世界の上を飛ぶ姿はロマンがあっていいな。

    • +1
  15. こういう近代建造物も史跡として保存しとかないと結構後悔する事になる。
    今は邪魔でも100年後200年後にはその邪魔さに貴重さが勝る可能性がある。

    • 評価

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