メインコンテンツにスキップ

約2000年の月日を経て、アレクサンダー大王時代の失われた都市をついに発見

記事の本文にスキップ

39件のコメントを見る

(著) (編集)

公開:

この画像を大きなサイズで見る
Advertisement

 アルゲアデス朝のマケドニア王、アレクサンドロス3世はアレクサンダー大王として知られている。

 アレクサンダー大王の時代のものと考えられる古代都市が、砂に埋もれて忘れ去られた2000年の月日を経て発見されたそうだ。

アレクサンダー大王時代の失われた都市を発見

 イラクのクルディスタン地域スレイマニヤを流れる川を見渡せるカラットガ・ダルバンド(Qalatga Darband)には、古代都市の痕跡が残されている。

 はっきりとした年代はまだ発表されていないが、城砦のような集落はアレクサンダー大王がペルシアのダレイオス3世へ向けて進軍を開始した後ぐらいのものだと考えられている。

この画像を大きなサイズで見る

 帝国を打倒するのは骨の折れる作業だ。カラットガ・ダルバンド(Qalatga Darband)はクルド語で「峠の城」を意味するが、かつては兵士にワインを売りに来る貿易商や行商人などがせわしなく行き交っていたのではないかと推測されている。

 「まだ時期尚早ですが、かつてはイラクからイランへと続く道にあった賑やかな都市だったと考えています」と大英博物館の考古学者ジョン・マクギニス氏。「兵士にワインを売りに来る人々が往来していたのではないでしょうか」

この画像を大きなサイズで見る

冷戦時代のスパイ衛星が発見

 マクギニス氏の研究チームは、大英博物館の訓練プログラムの一環として、イスラム国によって破壊される懸念がある歴史遺産を特定・保護するためにイラク研究者の指導を行なっている。

 意外にもカラットガ・ダルバンドの発見自体も戦争の賜物だ。そもそもの発端がアメリカが1960年代の冷戦期にスパイ衛星によって撮影した写真であったからだ。

 衛星写真はかつて機密情報であったが、90年代に入ってから公開された。研究者はこれを手がかりに上空から遺跡と疑われるものの輪郭をあぶりだしたのである。

 一方、同地域の戦争によって詳しい調査が阻まれてきたことも確かだ。

 しかし21世紀に入ってドローンを用いた地形の調査が実施され、現在古代都市を覆っている植生の微妙なバラツキが明らかにされた。地下に壁が埋没しているような地面では、麦などはほとんど成長しないのである。

 こうしたこれまでの調査から、城壁や石の重し(ワインあるいは油作りに使用した可能性)など、土の中にいくつもの巨大な建築物の基礎があることが判明。

 ほかにも屋根のタイル、ペルセポネやアドニスを象ったと思われる像も発見されている。

 発掘された貨幣にパルティアの王オロデス2世(在位紀元前57年頃~37年/36年)が確認できることから、都市はアレクサンドロス大王の時代以降も長い間人が住み続けていたようだ。

 発掘調査は2020年まで続けられる予定である。古代の謎を解くさまざまなヒントの発見が期待できる。

via:yournewswire /.wikipedia / thetimesなど/ written by hiroching / edited by parumo

📌 広告の下にスタッフ厳選「あわせて読みたい」を掲載中

この記事へのコメント 39件

コメントを書く

  1. アレキサンダーファンの聖地巡礼が捗るな

    • +3
  2. 考古学って何時から発掘前に仮説(願望)を語るようになったのか!?
    発掘が進んで調度品や生活様式、都市構造や埋葬様式が判明するまでは「謎の古代都市」

    最近ではナンでも海底で見つかればアトランティスに関連付ける人達も多い!

    考古学って違うでしょう!

    • -41
    1. ※2
      調査の結果別の遺跡の可能性が高いのに言い張れば非科学的といわれても仕方ないですけど、日本でも何であろうかってのは推定と期待してから発掘区域を決めたりしますけどね。

      • +3
    2. ※2
      像や貨幣が発見されているのだから、そこから判断した結果アレクサンドロスの影響を受けた都市だと判断されたってことじゃん
      何か問題ある?

      • +8
  3. 早く掘らないと次の原理主義軍閥に全部破壊されるぞ。
    今度は絶対大英博物館に永久保存だ。二度と悲劇を起こすな。

    • +10
    1. ※3
      何世紀か後に返せ返すなのトラブル起こりそう

      • +1
  4. 面白いよなぁ
    一方日本は土器を作っていた!みたいな
    それか2000年後は電車でスマホみたいな

    • +13
  5. 過去の出来事の記録から遺跡の場所を推察し云々…ってのは
    シュリーマンがやってるねえ、これもそのパターンかな

    • +5
    1. ※5
      これはその逆で地名に名残はあるものの文献には残っていない都市遺構の痕跡を衛星とドローンで見つけて発掘したらアレクサンダー時代の遺物が出てきたって話じゃないの

      • +2
  6. なんか変に噛み付いてる人が要るけど資料やわかっている状況からこれこれこうだろうと推察するなんて普通にやってる事じゃん
    それに遺跡なんて相当な数があるんだからそうやって重要かどうか推察して優先度をつけないと全部なんてとてもじゃないが発掘してられない
    実際に発掘調査したらそれとは違う事だってあるがそれまでの説が否定されるなんて考古学に限らず学問では珍しくもなんともないし

    • +34
  7. 発掘された貨幣にパルティアの王オロデス2世(在位紀元前57年頃~37年/36年)が確認できることから

    文字の偉大さが伝わるなあ。紀元前の出来事もリアルタイムの文献で残されている地域は詳細がわかってていいなあ

    • +4
  8. アレクサンドロス大王は僅か10年ばかりの間に戦争しながらいくつも町を建設して多くは現存しているのがすごいな。破壊した町も多いが。クセノポンのアナバシスには無人の町がいくつか出てくるが、住民が元々遊牧民だから住みづらくなると躊躇なく町を放棄していたらしい。この町も戦争で破壊されたか交易路が変わって衰微したかなんかで捨てられたんだろうな。

    • +1
  9. あそこらへんは発掘を続けるとキリスト教とユダヤ教の嘘がばれるから
    なかなか調査が進まない

    • -4
    1. ※10
      「聖書に書かれている通りこうでした」っていう結果にならないと発表しにくいんだよね
      聖書にはこうありますがこの遺跡によると事実はこうだったと思われる、っていう書き味で論文書くのはとってもリスキー

      • +3
    2. ※10
      日本の古墳の事情と似てますね
      天皇家の史跡とされるものは宮内庁が絶対に手を入れさせないとか

      • 評価
  10. ワインを作っていた証拠はワインを売りに来ていた事の証拠にはならないだろう。逆にワインを外から運んでくる必要はなかったんじゃないか?

    • +2
    1. ※11
      確かにちょっと引っかかるな
      原文だと”You can imagine people supplying wine to soldiers passing through.”
      「ここを通過して(戦争に)行く兵士にワインを提供した」ってところ?行商人にあたる単語が見当たらない

      • +2
    2. ※11
      この遺跡のことはよく知らないが、どうなのかなあ…
      ワインを売りに来た=ワインを作ってなかったとは限らないと思うよ。

      この町の地理的な意味とか人口(遺跡規模から推測する)とか周りの環境(ぶどう畑はある?)とかいろいろ発掘調査が必要だわな。
      他にも、蔵の後が見つかれば瓶の破片があるかもしれない。土壌にぶどうの種・小麦・菜種の痕跡があるかもしれない。
      そうなれば食生活もわかるし人種もわかるし文化もわかる。
      軍事物資がどれくらい備蓄されてたとか城壁の規模とかで町の成り立ちもわかる。
      その他いろいろ…

      まあ、貨幣が出たということだからかなりのことは予想できるんじゃないかな?
      でも、2年少しで調べるのは時間が足りないかなあ。

      • +4
    3. ※11
      当初はワイン造りをやっていなかったので外から仕入れるしかなかったけど
      そのうち自前で造りはじめた、とかでは

      • +1
    4. ※11
      城の規模から見て、醸造所の規模が足りてないんじゃないですかね。
      少なくとも、ここではブドウが足りんだろう。

      • +1
  11. 7<< 文献や言い伝えでの発掘調査は考古学を停滞させる事が多いのに比べ、先入観無しの発掘による調査は劇的に考古学を発展させるからです。 日本で言えば邪馬台国・・・魏志倭人伝や日本書記の記述によって大昔から北九州説でしたが明治時代に発掘調査により畿内説が浮上し、京都帝国大学と東京帝国大学が論争を繰り広げ、未だに決着していません。 ※邪馬台国は邪馬臺國ですが魏志倭人伝は誤字が多く、邪馬壹國(ヤマト唯一の政府)と間違えた可能性もあります。 北九州に女酋長が治めていた「山門=やまと」と云う大規模集落があった事が発掘調査で判明しています。 邪馬台国と同時期に存在した畿内には大規模な政・祭祀施設を有する集落が発見されています。 山門が畿内勢力によって攻め滅ぼされている事も判明しており、邪馬台国論争が決着する日も近いかも知れません。 ※文献は参考程度、鵜呑みにしては先入観に囚われると考えます。

    • -16
  12. どんな物が出てくるのかワクワクする
    イラクでもクルディスタン地域だったらISに壊される心配はないしね

    • +5
  13. むかし受験前のめんどくさい詰め込み勉強で、アレクサンドリア市は70余りも造られたと憶えた(よーな気がする)。ヤレ造りも造ったり町の数。今思うに、大王はめんどくさいという言葉を知らなかったからやっぱり大王なのだ。

    • +2
  14. アレキサンダー大王とイスカンダルが同一だと知ったのが2ヶ月ほど前。。。

    • +10
    1. ※21
      コスモクリーナーDを求めてヤマトが旅立つんですね?

      • +3
    2. ※21
      「アレクサンドロス大王を指すアラビア語・ペルシア語の人名である。もともとはAliskandarであったが、語頭のal-が定冠詞と勘違いされIskandarと呼ばれるようになった。」wikiより

      おお!ホントだw

      • +7
    3. ※21
      アレクサンドロス三世から韋駄天に至るまでの流れるような伝言ゲームは、我々に『伝える』という行為の難しさを教えてくれるのであります。

      • +1
      1. ※28
        イスカンダルという呼び名よりスカンダの方が古いのでガセです

        • +3
  15. 新しい技術で今まで見つからなかったものが、見つかるのは大変喜ばしいね。

    • +5
  16. 耶馬台国の遺跡は多分出てこないよ。
    戦後の高度経済成長期の無闇矢鱈な道路、建物開発の工事現場から遺跡が出ていても、工事ストップを嫌がった奴らが更地に変えた。と、俺は思っている。

    • 評価
  17. >クルディスタン地域スレイマニヤ
    調べるとこれ北東イラクで、有名なアルベラ・ガウガメラが北イラクだから、
    時代と地域が同じなら発掘進むとアレクサンダー大王ゆかりの何かが本当に出てきちゃうかもな

    • +3
  18. 邪馬台国なんかに関しては圧倒的資料不足で文献からの推測ができないだけで日本だって文献資料ありきの発掘くらいやってるし、中国みたいな文字資料の宝庫では何かが出たらまず既存史料との付き合わせから始まったりするぞ(そんでうまく合致しなくて論争になったりもする)

    ついでに生臭いことをいえば、センセーショナルでキャッチーな触れ込みにしとかないと予算やパトロンが付かなかったりするんだよ。

    考古学を浪漫だけで語らないでほしい、現場はいろんな意味で過酷だぞ(楽しいけど)

    • +7
    1. ※31
      >>センセーショナルでキャッチーな触れ込みにしとかないと予算やパトロンが付かなかったりするんだよ。
      その結果旧石器時代が捏造されたわけだけど、この構造はずっと変わらないよなぁ
      まぁゴッドハンドに限って言えば個人の名誉欲も大いに絡んでるわけだけど

      • +1
  19. あっ あれ? 神撃のバハムートでみたような??

    • 評価
  20. 埋蔵物があると植生が変化するってのが興味深いよな。こういう発想は気付かなかったわ

    • 評価
  21. そもそも当時のワインがどの程度味が劣化せずに生産地から持ってこれたかも
    考慮しないといかんのでは。酸化防止剤が使われているとは限らないし。

    • 評価

コメントを書く

0/400文字

書き込む前にコメントポリシーをご一読ください。

リニューアルについてのご意見はこちらのページで募集中!

知る

知るについての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

歴史・文化

歴史・文化についての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

最新記事

最新記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。