この画像を大きなサイズで見るレオナルド・ダ・ヴィンチの母親はいったい誰なのか?
あまりこの話題に触れられることはなかったが、ついにある歴史家かその女性を特定したという。
オックスフォード大学美術史名誉教授でありダヴィンチ研究家のマーティン・ケンプは、イタリアで記録を掘り起こし、レオナルドが1452年4月15日に、当時15歳だった孤児のカテリーナ・ディ・メオ・リッピの子として生まれたことをつきとめたそうだ。
ダ・ヴィンチの生い立ちを探る
既存する書類から、レオナルドは公証人の父親セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチに育てられたことはわかっている。
セル・ピエーロはレオナルドの母親とは結婚しておらず、母親の名はカテリーナとだけしかわかっていなかった。
情報がほとんどないせいで、レオナルドの母親の正体について、憑りつかれたように憶測が飛び交うことになった。
ジークムント・フロイトは、レオナルドの幼少期を精神分析的に解釈し、モナリザの謎めいた微笑みは、彼の母親の思い出に違いなく、だから、絵は底知れない愛情と不吉な脅威の両方をとらえているのだと主張している。
最近の研究では、生物学的な細部にこだわっていて、レオナルドの母親は北アフリカかトルコからの奴隷だったと主張する学者もいる。
カテリーナという名前が当時の奴隷によくある名前で、レオナルドの指紋には中東を起源とする人々に共通の特徴があると言う者もいる。
この画像を大きなサイズで見るヴィンチの母親は孤児だった?
しかし、オックスフォード大学美術史名誉教授のケンプは、カテリーナは地元イタリアの人間だとする。彼女の人生はとても悲しいものだったという。
ケンプがヴィンチ村とフィレンツェの保管文書を調べたところ、カテリーナと弟のパーポは孤児で、祖母とヴィンチ村郊外にある廃屋になった農家で暮らしていたらしい。
1451年7月、公証人として成功していたセル・ピエーロが結婚のためにフィレンツェへ向かう途中でこの農家を通りかかり、ここでの滞在中にカテリーナと出会ったに違いなく、彼女は妊娠。セル・ピエーロの家族が、おそらくカテリーナに持参金を渡して、別の男性に嫁がせたと思われるという。
ケンプは財産税の記録から、こうしたつながりを見つけ出した。さらに、セル・ピエーロは、レオナルドの両親と関係するもうひとつのつながりであるカテリーナの夫のために、ちょっとした合法的な取引を行っているという。
この画像を大きなサイズで見るケンプは、カテリーナについての自分の考えを、フィレンツェの経済学教師ジュゼッペ・パランティとの共著で、 『Mona Lisa: The People and the Painting』(オックスフォードプレス、2017年)という本にまとめた。
本の中では、初めてレオナルドの母方の家系に光が当てられている。昨年、イタリアの研究者たちが記録書を使って、存命している35人のレオナルドの子孫をつきとめた。
これは母方の子孫だけだが、この中には、あの有名な1968年の『ロミオとジュリエット』でオスカーにノミネートされた、イタリアの映画監督フランコ・ゼフィレッリもいるという。
この画像を大きなサイズで見るモナリザのモデルとされる人物の正体
ケンプの著書のタイトルが示すように、レオナルドのもっとも有名な『モナリザ』のモデルとされている、リザ・デル・ジョコンドの新たにわかった生活にもふれている。
レオナルドの実母よりも、さらにリザ・デル・ジョコンドはさまざまな憶測を呼んでいる人物で、いろいろな説は、彼女の正体、秘密の宗教的なシンボルが絵の中に隠されているかもしれないとしている。
ケンプは、世俗的な覚めた見方をとっていて、夫が砂糖や革や奴隷の取引をしていた商人で、リザが中流クラスの生活を送っていたことに着目している。
この画像を大きなサイズで見る「レオナルドは並外れたことをいろいろ成し遂げましたが、モナリザを描いた事情は、特にルネッサンス期のフィレンツェでの日常業務以上のなにものでもなかったのです。」
「リザの夫フランチェスコ・デル・ジョコンドが、アイルランドから日々革を輸入するのと同じことだったということです」















実は・・・
「レオナルドのは、私の息子です。」
って、言ってみたいもんだ。
なんか、レオナルドの生い立ちは複雑なのに記録に残ってる本人の活動を見ると奔放すぎてお、おうとしか思えないんだが…
モナリザのモデルなんか、意外にそこらの、普通のオバ姉ちゃんだったりするんじゃ?
※3
明確な文献が無い以上、その可能性は否定できない。
ダヴィンチの出生とかモナリザの話とか、ゴシップネタだよね。欧米の美術界は、ダヴィンチをいじり倒して遊んでいるとしか思えないね、ホント。
ダ・ヴィンチがあれだけの業績を残し得たのは、有名になれば母親に会えるかも知れないという切実な思いが胸の奥にあったからかも、とかふと思った。
広島カープの衣笠選手についても似たような逸話を聞いた事がある。
複雑な母への思慕を込めたり、モデルの美貌に魅せられたり…てな特別な理由で描き上げた大作が後の世まで評価されるのもロマンチックでいいが
本人にとってはごく普通のお仕事の結果が、予想外に名作として伝えられるパターンも天才を感じさせて格好良いな
ダ・ヴィンチに子供っていたっけ?
※7 母方の子孫だよ
”存命している35人のレオナルドの子孫をつきとめた。
これは母方の子孫だけだが、”
※7
>存命している35人のレオナルドの子孫をつきとめた。
正しくは、兄弟姉妹の子孫だよね。
レオナルド自身の子孫ではない。
モナリザなら今は日本で漫画家やってるよ
前は新撰組やってた
これはダヴィンチコード2でしっかり掘り下げてもらわなくてはならないな
おれ、レオナルドの子孫だよ
地動説で迫害されたとき日本に来て結婚して子供が生まれたんだよ
十字架にかけらたのは弟らしい
※10
レオナルド熊さんのだけどな(笑)
ダビンチが女装したらモナリザそっくりにはなりそうだねw
※14
実際、そんなふうに主張している日本人の女性研究者がいたね。
20年以上前の事だけど、TVでその検証番組を見たことがある。
欧米の研究者には総スカン食らってて、中には「冒涜だ」とまで言っていた人までいたのを覚えてる。
※14
本人の自画像とモナリザと比較すると骨格がそっくり/ほぼ同じ、みたいな研究があったよね
よく漫画やイラストで人物を描くと描き手に似るとかいうけど、それの高度な感じでパーツ配分とかがぴったり合ってるの
昔はどの国でも女性を軽く扱ってたから偉人の母親や妻がどんな人物かよくわかってないんだよね。
紫式部も清少納言も後世につけられた呼び名(ペンネーム?)で、本名はよく解ってない。
でもよく解ってない方が大河ドラマとかではやりやすいのかなw
※15
正確には女性を軽く扱っていた時期があった、だよ
西欧もアジアも身分差や貧富の差が拡大するにつれて男女差別が拡大していったのは一緒だから
それと日本とはまた違ってフルネームでの女性の名前はよく残っているよ
※15
清少納言は宮中での女官名(女房名)だよ。
父親は清原元輔なんだから、名字は「清原」ということは確定してるし。
紫式部の女官名は「藤式部(とうのしきぶ)」で父親は藤原為時だから、名字は藤原。
紫式部の「紫」の由来は源氏物語の紫の上。
宮中行事の時にお調子者の貴人が宮中女房たちのところに現れて
「こちらに私の若紫がいると伺ったのですが」
と冗談を言ったことから、あだ名的に「紫式部」と呼ばれるようになったらしい。
紫式部の実娘の藤原賢子(大弐三位)は本名が伝わっているところを見ると、名前が残るかどうかは結局どこまで宮中で出世したかなんだろうね。
大河ドラマは基本、半分以上ファンタジーやで・・・
優生学的かも知れんが、
ダ・ヴィンチのとーちゃんかーちゃんが
もっと何人も兄弟を儲けてくれれば良かったのにと
思ったりもしてしまう。
モナリザのモデルと考えられる女性の遺骨を掘り起してDNA分析するとか、何ヶ月か前に報じられていたが、あれの続報が気になっている。もしモナリザのモデルが特定されれば大騒ぎで報じられると思うから、目ぼしい成果は得られなかった…と捉えるべきなのかな?
ダビンチ自身の母親が誰であっても良いとは思うけれど、やっぱりハッキリさせたいものなのかな?とは思う。
リッピと聞くとルネサンス中期の画家でボッティチェリの師だった
フィリッポ・リッピ(1406-1469)が思い浮かぶ
仕事で描いた何処ぞの小金持ちの奥さんの肖像画が
おっ、と思わせるほど綺麗だからすごいんだと思うけどな
そこが天才ってもんだろう