この画像を大きなサイズで見るイギリスを拠点に活躍するアーティスト兼クリエーターのクリスチャン・ジョーンズは、インターネットやデジタルデバイスが欠かせなくなった子どもの生活に警鐘を鳴らす風刺イラストを作っている。
これらのイラストは、もはや生活必需品となったスマホやタブレットなどを持ち歩き、InstagramやLINE、TwitterなどのSNSであらゆることを投稿し、ネットの世界に魅入られてしまった子どもの姿が中心となっている。
童話みたいな絵柄で表現された彼らのブラックな日常は、子ども時代ならではの想像力や無邪気さを犠牲にする暮らしが当たり前になりつつある現代の問題点を浮き彫りにしている。
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この画像を大きなサイズで見るなんでディスプレイからビーム的な物が出て顔がとけちゃってるのはよくわからないのだが、その辺は未知のホラー感を強調してるってことでOK?ポップアートっぽい色使いにレトロなシュール感も漂ってるあたり、Tシャツとかになっても面白そうだ。
クリスチャン・ジョーンズのイラストは公式サイトでも公開中
via:dangerousminds・written D/ edited by parumo













18のVRおままごと、楽しそうじゃん
楳図かずおを連想してしまった
彼ならどう描くんだろう?
プレイしているスマホゲーを複数抱えていてそれぞれのスタミナの消費に追われていると後々AIはこんな風に人間の行動を支配するのかもしれないと思えてくる
小さい頃からデジタルデバイスに依存して恐ろしい時代だなーと思ってたけどよく考えたら自分の子供時代もずっとファミコンしかしてなかった、当時の大人たちも同じ気持ちだったに違いない
大丈夫。必ず、快方に向かいます。
17番豪鬼じゃん
ディスプレイからの光線は「支配されている」とか「影響されている」「目の前しか見えない」とかを比喩しているように感じられた。
null
stop the think/*
sumaho) kill : 子供 _no _創造力
子供がスマホで遊ぶのは良くないと言う人がいる一方
公園でボール遊びをするなと言う人もいる
今の子供はかわいそう
ついさっきツイッターで見た投稿に「女子力って何」というものがあり、それには「古くからある性差別を流行に乗って言い換えただけの、非常に不愉快な言葉」という趣旨のことが書いてある。
つまり、「女はこうあるべき」っていう先入観があり、それを正当化するために「女子力」という「ターム」が作られて、その枠から外れるものに対して「女子力が低い」というレッテル貼りが行われる。
これを今回の記事に当てはめると、「最近の子供はスマホやタブレットを使うことで、「子供力」が低下している」こういうことになると思う。
結局、物事に対して一方的な先入観だけで評価しようとする人がいることの方が、問題なのだと思うけど。
※9公園に行けば「ボール遊びをするな」とか言われ、スマホを持てば「スマホで遊ぶな」とか言われ、家で本とかを読んでいたら「外で遊べ」と言われる。それじゃ一体どうすればいいんだ。こういう気持ちにもなると思う。
なんか怖い
あまり風刺にもなってないような…
溶けたりモザイクになったりするのが風刺なのか?
よく分からんな
暗闇でスマホのディスプレイの反射で浮かび上がる、無表情な顔って怖いんだよなぁ‥
怪談講じてる講談師みたいであれ見るとダメだわ、あれみたいなもんかな‥
便利な物が増える分、生物的には退化してくんだなと常々感じるわ
よくわかんね
この手の人はだいたいデメリットしか目に入らないから…
※15
スマホを作ったのは大人なのにね。
※15
あなたもデメリットしか目に入っていないようだけどそれは・・・w
このアートで一番の皮肉はこれらのイラストの発表場所がSNSってところだな。
※16
その記事をスマホで見ているわれわれ大人たち
今の子ってOKグーグルとか抵抗なく言えちゃうんだろうか
子供の視力が長時間ブルーライトを浴びる事によって低下する!
って文句うったほうがしっくりくる
小さい子は他に楽しいことあればスマホやらゲームに拘らないよね
スマホと子供をだしにして意味ありげなものを描いてるだけで問題提起にもなってないし風刺にもなってない
薄っぺらだよこいつの作品は
大人好みの子供らしさ、無邪気さを押し付けられる子供って本当に可哀想だから
好きなことをして遊べばいいと思うよ
顔が溶ける≒個性を失うとかの例えかしら?
いらすとやの方が好き
生まれた時からスマホとかの最新機器が身近にある(親や周りの大人が使っている)状況じゃあどうしたってスマホ等を回避して生きていくことなんて不可能だと思う。
そしてそのスマホ等を生み出したのは私達大人だしね。
風刺されたって子供達は困るよね。
当たり前なのだから。
私の時はカラーテレビが当たり前にあった時代だったし。
「作者は『先端技術=悪』という偏見を持ってるのか」と、逆の意味での風刺を感じた。
皆視線が画面にしかいってないね
スマホ使ってる子供をただ気味悪く描いてるだけで、別に何もうまいこと風刺できてないね
この風刺絵の何が面白いって、これ描いてる奴がおそらく
30年前、テレビばっか見てたオジサンか
20年前、ポケベルばっか見てた大人か
10年前、ガラケーばっか見てた青年か
今現在、パソコンばっか見てる人だってこと。
子供のこと風刺してるけど、風刺してる貴方はどうなんだい?って問いたい。
多感な時期の子供が外で遊ばず、ディスプレイばっか見てるのは今に始まったことじゃないよ。
触れるデバイスの形が変わっただけで昔から何一つ変わってないよ。
※30
よくわからんが風刺ってそういうもんでないの
昔からあるあるな事で、かつ自分自身がその恩恵を授かっていたとしても
皮肉を込めて描くっていうか
Voult-Boyの方がよっぽど怖いゾ
昔は「テレビばっかり見てるとバカになる」と言われてたし、新美南吉の「おぢいさんのランプ」では電気が通るとガスランプが売れなくなるからと、ランプ屋のオヤジが「電気には毒がある」とか嘘を言って回った物語もあるし、新しいものに対して「ケッ」となる老人の姿しか見えてこない。
どのイラストを見ても意味が分かりづらい
こんなんいつの時代も同じ事やん。そうである場面だけ見てそうでしかないと言ってもな。
とりあえず10番は一旦炎上したら灰になるまで燃やし尽くす昨今の風潮であることは分かる。
集中してないよ意識散漫してる
老人方が感じている理解が及ばないモノへの恐怖がよく表れていると思う
戦後生まれの大人はもう全員お手軽な受動的娯楽に囲まれて育った世代だから
今更ネットやスマホを風刺してもピンとこないんだよね
ただ、このイラストは
子供に便利すぎるネットはある程度制限したほうがいいという警告を表現してるのかな
対人関係の難しさとか理不尽さとか不自由さとか
ストレス体験をしないと脆弱な人間になってしまうと
まあそれもすごい今更だけど
別に絵柄そこまで似てるわけでもないのになぜかルネラルーのファンタスティックプラネット思い出した
取り敢えず目が悪くなることだけは本当
子供達みんなが吸い込まれるようにデジタル機器やソーシャルネットワークに没頭していってしまって怖い!っていう大人の感覚はとってもよくわかるし、だからそういう意味でこの作品に共感する部分も正直ある。
でも子供がそうなっちゃうのって、大人がそれ以外の面白さや楽しみ方を子供に伝えられてないことがかなり大きな原因のひとつだと俺は思うんだよな。
大人が頭と体をフル回転させて思いっきり遊んだり楽しんだりすることをせずに、ただただ暇つぶしにスマホをポチポチやってる姿だけを子供に見せつけてることが多いのが現状なわけで、その現実をほとんど描かずに「液晶画面に釘付けの子供って怖い」ってことだけを殊更にこういうイラストで強調するのは無責任というか、フェアじゃないな、と感じてしまった。
※46
大人達が夢中になってスマホをポチポチしてるのに、子供にはやっちゃいけません!じゃ全く説得力がないのに決まってるよね。
ファミレスなんかに行くと母親も父親もスマホ見てて、子供には片手間で相手…。会話もなく子供はつまらなそうに周りを見てる。家でもその調子だと思うと、子供に悪影響なんて言う前に大人から改善しなきゃと思うね。
小さな画面を見てるのでは無く、その先の大きな世界を覗いているという事に気が付かないものだよね、ステレオタイプの大人達は。
>>47
その大きな世界が問題なのよ
昔は情報が限られてたから、子供が大人の世界を覗く機会(機械)がなかったけど、
今は大人でも有害なサイトを子供が見ることが出来てしまう
フィルタを通さずに見る大きな世界の真実は、幼い子供には害になることもある
そのへんはみんなで考えていかないといけないと思うよ
人類は狩猟採集社会を数百万年間、農耕社会を1万年間、工業社会を200年間、情報化社会を20年間経験し、その進歩速度は加速度的に上昇してきた
そのなかで社会の変化に伴う価値観の変容が行き違いを生み出し、世代・性別・思想等のクラスターを形成してきた
ここから、人間の本来性を回復しようという潮流が、いつの時代も一定の人々から支持されつづけてきた
テクノフォビアはその延長線上にあって、ハイテク化された今日ではますます意識することが多くなった
テクノフォビアとは無機質的な造形が嫌いだったり、機械を操作するのが下手で嫌いになったりする心理的・美的嫌悪に限定される概念ではない
思想として体系化されるものには、あらゆる領域に対して適応可能な柱ともいうべき信念の基準が存在している
原理主義者が描く人間像が瓦解しかかっている今日、現代的な普遍主義に対する反動としての地域主義の台頭、そしてその政治・軍事活動が20世紀的な地政学を復活させている現状とそれは共鳴している
ヘーゲルは弁証法を用いて歴史は発展すると説いたが、現代においては進歩と反動の相克が追いつかないほど、状況は刻一刻と変化している
明治維新の開始とされる大政奉還、五箇条の御誓文から150年、一人の人間が50年生きるとしても、たった3人分が生きた年月で、世界はいったいどれだけのことが変化しただろうか
歴史は加速している。この絵に描かれたスマートフォン世代の子供はその象徴だ
まあ難しいことは分からないけれど、とりあえずぼくは自家発電(アッチの方)がはかどるテクノロジーが発達したらいいなあと思います
そういえば、「スイングガールズ」や「ウォーターボーイズ」で「頑張る若者立ちの青春群像」を描いた、矢口史靖監督の最新作はある日突然電気が使えなくなった(それも世界規模で)状況で、自転車で鹿児島まで行こうとする家族の姿を描いた、「サバイバルファミリー」という作品で、この作品では単に電気が使えないというのではなく、いわば電子の移動が起こらなくなったようで、家電品とかが使えなくなるのみならず、乾電池やスマホの中のリチウムイオン電池すらも、役立たずになる。
すると、当然スマホもタブレットも使えなくなるので、※48に書かれている「テクノフォビア」の人々にとっては、うってつけの世の中になると思う。
そうやって考えてみると、今回の話の「スマホがー」とか「タブレットがー」とか言う話は、廻り回って「電気が好きなだけ使えるのが当たり前」という状況が、人間をいかに脆弱にしてきたかに対する、警鐘としてとらえることができるかもしれない。
大体全部が、どゆこと?状態
知ってるかい?チャーリーとチョコレート工場では作者がテレビ嫌いで作中でも「テレビなんか窓から投げ捨てろ!本を読ませろ!」と言わせてたんだ。
そのチャーリーとチョコレート工場は今てへ映画化され、レンタルビデオとして誰でもテレビで楽しめる時代なんだから皮肉なものだ
スマホは了見が狭いみたいな比喩なんだろうけど
顔を合わせた人間関係だってそんなに凄いモノでもない
ネットで手に入る世界も特定に偏りがちになり狭くなるかもしれないが、顔を合わせた人間関係の世界も広い訳じゃない
俺は20年くらい前の黎明期の頃からのネットユーザーで、当時はネット中毒だったけど、今はPCは普通に触るけどスマホは持ってない
外に出るときくらいはネットから離れていたいと思うようになったからね
今スマホ中毒の人たちはちょうど20年前の俺と同じなので、彼らも20年もすればネットのない環境の良さに気づくようになると思う
外に出たらもっと自然に目を向けられたほうがいいと思うが、それは俺が一週回ってきただけの話かもしれないので、黙って見守ることにしてる
スマホ依存気味のアラフォーBBAが待受に設定しました。
先日、混んだ百貨店で子供がゲームしながら歩いてるのとぶつかりそうになった
後ろに両親がいたけど注意も何もしなかった
蹴り飛ばしたほうがよかったかなーと思った
大人だけど外でスマホばっかり見てる大人見ると不安になるよ
こっちと話してる最中にスマホに気をとられる人は失礼だと思う
子供のときから慣れ親しんで中毒になれば
そういう態度を失礼だと感じない世界になる
実際に失礼だと思ってない大人が増えている
そういう絵に見えた
「光る眼」みたいな不穏な雰囲気好みです。ホントに風刺があるのか疑わしい作風で、斬っちゃう子供たちのシリーズとかお化けちゃんのシリーズもいいかんじ。こどもというか、子供時代と地続きに存在する現在の俺ら大人なこどもたちのための希望も不安もある今とこれから?的な魅力。インスタに出てくるあんちゃんがご当人なのかな。ちょいイケメンすね。
電脳とか、義体とかが普及しだしても、こういう風刺がされるんだろうな。
似たような絵ばっかりで飽きるな
子供に対する理想がローテク系で、潜在的に子供への支配欲も強いってところか。
そんな思考の親が、子供の成長にとって一番の障害になるんだがなぁ…。
半分くらいはスマホに限らずテレビ世代にも当てはまるような風刺
僕らもファミっ子時代は親の世代からこんな風に思われてたもんな
現代の方がまだ寛容と言えるけど
こめだわらびーむ
ぐわーやられたー
見たいな
ネットって新しい刺激が無限に湧いてくるし無限に暇を潰せるから、他のちょっとやそっとの快楽じゃ満足できなくなってリアルに身が入らなくなるっていうね。
これヤバいんじゃね?と思ってネット断ちしたら読書とか自分の為になるような努力が楽しく感じるようになったから、やっぱネットはほどほどが良い気がする・・・俺の場合。
うちの甥っ子は無邪気にminecraftで遊んでるけど、デジタルを悪者にしすぎじゃないかなあ
とりあえず、こういう子供たちはスマホやタブレットで「千と千尋の神隠し」でも見せておいて、「生きる力」でも養わせておきましょう(適当)。
やっぱり若者の脳を腐らせる電波が入っていたか
溶ける=自我が崩れる
だろ?
21の絵は「ハーメルンの笛吹き」へのオマージュかな。
テクノフォビアのほうが、普通にそれを享受してる人間よりよっぽどテクノロジーに踊らされてる感あるな
科学も一種の宗教だけど、テクノフォビアも一種の宗教だわ
スンナ派とシーア派の関係に近いものを感じる
どっちがどっちかは言わずもがな
子供にスマホ持たすのは確かに心配だけど、だから機能や時間を異常に制限するってのはしないようにしたいと個人的には思ってる(最低限の機能制限は必要だけどね)。
カリギュラ効果ってあるやん? 俺なんかは両親がだいぶ歳いってるから考えが古くさくて、ゲームもインターネットもガッチガチに縛られてた(土日に両方合わせて2時間ずつだけ)から、友達ともゲームで一緒に遊んだりできなくてモヤモヤした分大人になってからたくさんやるようになってしまったんよな。
禁止するんじゃなくて、正しい付き合い方とか知識をしっかり親が教えてあげて、その子がゲーム・スマホ・パソコンを上手く使っていけるようにするのが大事やないかと思うわ。そうすればインターネットだって子供の世界を広げるためのツールとして役立つと思う。
集団で子供達が車を燃やしてる絵は、いじめとか暴力が集団でSNSを通して密かに行われる怖さを物語っている気がしたな。
他はどれも似たり寄ったりでどうでもいいね。
この手の絵は難しいよね。
メッセージ性を濃くすれば、絵の表現としての多面性が減退するし、
薄くすれば刺さらない気がするんだろうし。
個人的には「顔に光線が当たってる絵を執拗に」描くところに、この人自身も気づいてない、ユニークな魅力があると感じられた。
ガチの文明批判の名人は、単に子どもにデバイス持たせる姿描くだけで痛烈になる。この人は絵にメッセージを込めようとするよりも、周辺の飾りを描けるその力で空想的な世界を描く方が向いてるし、その方が毒もしっかり入る気がする。たま(バンドね)が、一見シュールでかわいいんだけど凄い毒があるように。
只の偏見 諸問題も結局人が起こしてる物である以上こんなツールがなくても形が変わるだけで普遍的に存在しつづける。 人が人である限りなんの警鐘にもならない とどのつまりこの作者も見せる方法が違うだけでそれらと変わらない同じ穴の狢だよ
倫理の崩壊を示していると受け取れるね
生身としての表情が消え見せたい自身だけで埋まるスマホ世代を示しているのだろう
本心を自覚することなくモンスターとなってゆき、やがて暴走することを暗示しているのだろうと確信できるね
それはまさに倫理の崩壊そのものに違いない
深くこころに突き刺ってくるよ・・・
また本作品では、テレビ報道なども同様のものであるとしてあり
マスメディアによるフェイク報道に対しても警鐘を鳴らしているに違いないだろう
これは今となっては予言に等しいものだね・・・