メインコンテンツにスキップ

アンネ・フランクが映っている唯一の動画

記事の本文にスキップ

25件のコメントを見る

(著)

公開:

この画像を大きなサイズで見る
Advertisement

 『アンネの日記』で有名なアンネ・フランク(Anne Frank 1929年6月12日 – 1945年3月12日)は、第二次世界大戦勃発後の1942年7月6日、フランク家を始めとした8人の親族たちと、ユダヤ人迫害を逃れるために父オットーの職場であるアムステルダムにて潜行生活を送っていた。

 2年後の1944年8月4日、ゲシュタポに捕まり、全員強制収容所に送られ、アンネは姉のマルゴット・フランクとともに、ベルゲン・ベルゼン強制収容所に入れられた。1945年3月12日、チフスによって16年の短い人生に幕を下ろした。そんな生前のアンネを撮った唯一の動画が公開されていた。

 この映像は、今年50周年(2009年現在)を迎えたオランダ・アムステルダムの「アンネ・フランクの家(記念館)」が公開したもので、1941年6月のある日、隣人の結婚式の際、建物の窓から身を乗り出す当時12歳のアンネの姿が写し出されている。

Anne Frank: the only existing film images

 この3年後、アンネはチフスに感染したため、ポーランドのアウシュビッツ収容所から「疾病抑留者の受入収容所」であるドイツのベルゲン・ベルゼン強制収容所に移送される。その収容所が英軍に解放される約2ヶ月前、収容所で亡くなったんだそうだ。

 アンネが亡くなった1945年の3月、ベルゲン・ベルゼン強制収容所収容所では、チフス感染で18000人が死んだそうで、死者は合計5万人におよんだそうだ。

 そのとき、姉マルゴー・ベッティ・フランクと母も亡くなり、アウシュビッツ収容所に残った父親のオットーだけが生き延び、1980年、91歳でスイスで亡くなったという。

 アンネは生きていれば今年80歳。尚、収容所解放時に、多くの死体が英軍のブルドーザーで埋められ、アンネの遺体は今だ確認されていないそうだ。

📌 広告の下にスタッフ厳選「あわせて読みたい」を掲載中

この記事へのコメント 25件

コメントを書く

  1. これが唯一の映像なんだ。
    よく残ってるな

    • +1
  2. オットーが撮影した動画もあったはず。どこいっちゃったんだろ。

    • +2
  3. 小3ぐらいの時にアンネの日記読んで号泣した。でも日教組はお断りだね!

    • +1
  4. もうひとつの動画も、幼いアンネがやっぱり窓から外を見ているのだったね。

    • +2
  5. 漢字間違えてるよ
    今だ→未だ
    きちんと確認してからアップしてほしいね

    • 評価
  6. パルモはザイーガと自分のスイーツ丸出し日記とカラパとミクソを一日2時間のうちに更新しているから、誤字脱語は勘弁しておくんなまし、って以前から言っているよ。
    いいじゃない、人間だもの。
    あげ足とるような無粋なことしなさんな

    • 評価
  7. アンネの日記って実際は親父がいろいろ付け加えた内容で本物の日記自体はただの生活内容だけでしかも物資不足とかで
    あまり書いてなかったらしいね。

    • -1
    1. ※9
      読めば分かる。文庫の解説に書いてあったぞ。

      • 評価
  8. よくこんな日常のヒトコマを撮ってたな。
    機材もテープもかなり高価で、持ってる人も少なかっただろうに。
    結婚式やってた隣人は、この手の仕事をしていたのか?

    • 評価
  9. アンネの日記の真贋は如何に
    ヨーロッパ版南京大虐殺と
    批判する意見もありますし

    • -1
  10. アンネの日記については答えが出てるよ。
    1.あの頃はまだボールペンが発明されていないのにボールペンで書かれている。
    2.アンネ本人と字体が違う。
    3.出版社が本物の日記をヒントに創作したもの。
    明白になっていますが・・・。
    まだ信じられているって驚き。

    • -3
  11. いづれにしてもだ。
    なんだか切ないね。

    • +1
  12. ドイツに移民し
    ドイツ人の職を奪い裕福な暮らしをしていたユダヤ人
    移民政策は国を滅ぼす

    • -1
  13. そんなのジロジロ見て自分で描写してた
    っていうんだから変わりモノなんだな
    閉鎖的な状況下ゆえに欲求不満が、
    自分へ向かったんだろうか?
    死んでからまさか世界中で出版される
    なんて、夢にも思わなかったんだろうな
    だから思うままに書いてしまった、と

    • 評価
  14. 日本はナチス側だったのにユダヤ人を一切迫害せず、
    それどころか保護さえしたのに、
    そのユダヤ人科学者たちが作った原爆を落とされ
    それでもこんなガキのチラ裏を自戒がましく読んでる滑稽なアホw

    • -1
  15. 出版社の人間が書いたって明白。
    誰かソース探してくれ。
    前に読んだぞ。 エロ本なんだよ。

    • 評価
  16. この子ってジェリー藤尾の娘に似てんな。

    • 評価
  17. いまだに捏造説信じてるやついんのな。
    日記の原本はインクペンで書かれてる。ペンも残ってる。親か編集者かは知らんけど手直しは実際してあるらしい。でもそれは原本の内容を大きくそれるものではない。
    捏造説はどっかのネオナチが作ったお話し。それが意外と広がってしまっただけ。

    • 評価
  18. そもそもガス室についても様々な記述があってどれが本当やら・・・
    毒液を霧状にして顔に噴きつけたとか
    結晶状の毒薬を床にバラ撒いて
    昇華させたものをジワジワ吸わせるとか

    • +2
  19. ボールペンが発明されたのが1951年
    アンネの日記が出版されたのが1947年
    その続きが1951年以降続々と出版
    すくなかれ捏造ではなく事実だよ

    • -2
  20. (日本はナチス側だったのにユダヤ人を一切迫害せず、
    それどころか保護さえしたのに、
    そのユダヤ人科学者たちが作った原爆を落とされ
    … )
    原爆を発明したのはアインシュタイン
    原爆を投下したのはトルーマン大統領
    アメリカはユダヤ人社会 イスラエルに莫大な援助するアメリカが大きな見本。
    ヒトラーは自分の権力を維持するためにユダヤ人を使っただけ
    ユダヤ人がドイツを貧しくさせていると口実しアリーナ人だけが優れてる民族とし政権を誇示の為にユダヤ人を迫害した。
    金だけ毟りとり働かないユダヤ人はヒトラーだけでなく反ユダヤ人にも火をつけさせた
    ウクライナ人はゲシュタポよりも非道の手でユダヤ人を迫害した。
    ウクライナ人は
    斧やナイフや銃で武装しユダヤ人の家を一軒一軒周り殺しまくった。この地区に収容所を作らなくてもよいくらい殺戮を繰り返した。
    ルーマニアではゲシュタポでも目を背く残忍な殺し方をした。 ルーマニア人はユダヤ人を見つけしだい。家畜同様の殺し方をした。 生きたまま皮肉を剥がされ Barで吊される。まだ五歳にもならない少女が全身血だらけで足から吊り下げられてた。
    戦争になると人を殺すことが何ともなくなるのかね?憎しみより楽しんでる感じにしか見えない

    • -3

コメントを書く

0/400文字

書き込む前にコメントポリシーをご一読ください。

リニューアルについてのご意見はこちらのページで募集中!

動画

動画についての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

歴史・文化

歴史・文化についての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

最新記事

最新記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。