この画像を大きなサイズで見るアメリカの精神科医であるレイモンド・A・ムーディー博士は、臨死体験研究の創始者の一人として知られている。博士は、死に瀕し、後に鮮明な臨死体験を語った150名の患者の話をまとめあげ、1975年、著書『かいまみた死後の世界』(原題: Life After Life)でそれを報告した。
ムーディー博士の報告によると、臨死体験者は、臨死状態から生還にいたるまでまで14の過程を踏むのだという。
かいまみた死後の世界 (訳: 中山善之)
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対象となったのは、心停止後に蘇生した人や、外傷や手術で一時的に臨床的死亡状態となったり、交通事故や分娩時の深刻なトラブルに遭ったりしてから回復した人だ。
その14の過程とは・・・
- 自分が死んだのだと気づく、知らされる感覚を持つ
- これまで経験したことがないような穏やかで愉快な感覚に包まれる
- 不思議な声が聞こえる。中には美しいメロディーという人も
- 突然暗いトンネルの中に引っ張られる
- 魂が肉体から離脱し、外部から自分の身体を観察する
- 懸命に自らの苦境を他人に訴えるが、誰にも聞こえない
- 時間の感覚がなくなる
- 視覚や聴覚が非常に敏感になる
- 強烈な孤独感に襲われる
- 周囲に様々な“人”が現れる
- 「光の存在」と出会う
- 自分の一生が走馬灯のように映し出される
- 先に進むことを遮られる
- 蘇生する
というステップを踏むのだという。
また、死の直前には自分の一生に対する評価が下される。その判定基準はどれだけ出世したかや金儲けできたかではなく、「一生のうち自分がどれだけ愛やぬくもりを他人と共有できたか」になるという。
おともだちの中にも臨死体験者がいたら、是非このステップを踏んでいたのかどうかも聞いてみたいんだ。
150人の内訳
- 多くがキリスト教徒だが、無宗教・他宗教の人も含む。ムーディー博士は宗教的な偏りが出ないように配慮したと主張している。
- ほとんどが成人(青年~中年)だが、高齢者も一部含む。
- 主にアメリカ南部。ムーディー博士が在籍していたジョージア大学やバージニア大学の周辺地域。
- 1960年代後半~1970年代前半に博士地震と医療従事者が行った口頭インタビュー、および患者が自発的に主張した証言に基づく。

















各種宗教や歴史的資料、臨死体験者の発言や死後世界イメージって結構かぶるんだよな。共通項になってることは真実かもしれん。
「・・・というお話だったのサ」というコピペを思い出した。
本当に自分の心臓の音だけ良く聞こえて、周りの音が全く聞こえなくなるよ。
あと時間がとてもゆっくり流れる。(走馬灯みたいな感じになる)
蒟蒻ゼリー詰まらせた時になった。
「一生のうち自分がどれだけ愛やぬくもりを他人と共有できたか」
そうなんだよなあ。この価値観で生きられたら。
・・・もしかすると、結果的にいまより金回りがよくなるかも!?
強いコネがあちこちにできるもんねw
人は死んだら煙か土か食物
輪廻転生があるなら、「一生のうち自分がどれだけ愛やぬくもりを他人と共有できたか」これによって次の生まれ変わりが決まるのかね~。
・・・ところで愛ってなんだろ(‘A`)
次はきっとタワシに生まれ変わるんだな俺は・・・。
自分は体験したけど5と14だけ。自分の場合は死とか関係なく睡眠中にそうなってしまっただけ。でもドラえもんワールドみたいに未来の次元に行った。聞こえは頭がおかしい人に聞こえるが、もう一人の自分は漫画を読んでいて天井から覗き込んで一緒に読んだ。その日の午後発売日にその本を買ってあけたら絵もストーリーも100%一緒だった。この時期けっこうこういうことが頻繁に起こった。知り合いで体験した人は2,3,4,9,11、13,14だったらしい。この人はICUに居たから。見たことがない色のお花畑と三途の川と「まだ来ちゃいかん」って言われたらしい
>一生のうち自分がどれだけ愛やぬくもりを他人と共有出来たか
恋愛感情じゃなくても、友達とか動物でもいいよね?それも愛だもんね?まあ、動物に愛されてるとは思えないけどw
アリス症候群になると7、8、9は経験するね。
フラットライナーズ思い出した
ホントかよって思うけど
こればっかりその時にならんと分からんね
>また、の直前には自分の一生に対する評価が下される。
何番の直前ですか、パルモさん!!
すっごい気になって、死ぬに死ねません・・・
むこうの情報ゲットして持って帰る職業がもしあったら、俺ニート辞める!
死ぬ瞬間どうなるかは
大体分かったけど、
死んだ後はどうなるんだろうね。
3、7、8、9、は、2回くらい体験しましたorz
でも一回目は、元カレに別れを告げたとき、ガードレールの近くで殴られまくって、ガードレールで首を切って倒れたからかもしれないけれども、耳の中からゴオーッて砂嵐みたいな、自分の血が流れる音もしました。
あとは寒くなって、押し潰されそうな孤独感にとりつかれました!|:_| ̄|〇!:|
ドラマなどで病院でピーてなって
死ぬのって心臓が停止してるだけだよね。
あの瞬間から、数秒は生きてると思うが、徐々に味覚、聴覚、視覚やらが
低下していって、その他の脳の機能が
真空管の電源切ったみたいに徐々に小さくなって機能しなくて終わるんだろうな。
>>16
こうゆうアホな彼氏作る女って何度も同じタイプの男と同じような事繰り返すよな~
男見る目無さ過ぎ、自業自得
>>※17
>>脳の機能が真空管の電源切ったみたいに徐々に小さくなって機能しなくて終わる
逆に“脳の機能が極限に達して死が永遠にやってこないかもしれない”という人もいる。
初心者入門釣り
ふぃっしゅふぁいと!
多分大多数の日本人と同じ宗教観の俺が体験したのは、
2、これまで経験したことがないような穏やかで愉快な感覚に包まれる
4、突然暗いトンネルの中に引っ張られる
5、魂が肉体から離脱し、外部から自分の身体を観察する
7、時間の感覚がなくなる
8、視覚や聴覚が非常に敏感になる
9、強烈な孤独感に襲われる
10、周囲に様々な“人”が現れる
11、「光の存在」と出会う
13、先に進むことを遮られる
14、蘇生する
まあこれが霊体験か脳体験かなんて解釈はおいといて
文化や宗教に関係なくだいたいあってる。
結局、一生涯のなかでどれだけ他の為に
尽くしていきたのかということが残るということですね、、
自分の体験は、でっかい光の集合体に自分が吸い込まれていくもの。
まるで宇宙に浮かぶ太陽に吸い込まれるかんじ。
でも、自分の存在が無になるのではなく、自分の記憶を保ちつつより多くの情報を受け入れる感じ。例えるのなら、自分のデータがどっかおおきなHDDにコピペされるかんじ。
聖書に書いてあるもんね。
最後に残るのは、愛ですってさ。
どう生きようと個人の自由だけど、
どうころんでも、良い事してれば間違いないんだよ。
幽体離脱はあるけど…。
なんか最期の一秒がずるずる延びる
ただ単に、眠りにつく場合でも俺は
2、3、4、7、9、10、は体験することはまぁまぁある
>自分の一生に対する評価が下される
って、誰が評価するんだろう。
自分自身、それとも他の誰か?
評価して、どうするんだ???
臨死体験は身体が布団や床に食い込むように重くなり意識が遠のき次第に落ちてゆく感じです。幽体離脱は身体がずれてゆき、目を閉じていられないくらいの(表現はおかしいですが・・)まぶしい光に包まれます。その直後にジェットコースターに乗ったような落下と旋回を繰り返し、ふっと暗黒に達します。急な恐怖感を感じたかと思うと逆の動きを繰り返し身体に戻ります。とにかくまぶしく美しく怖かったです。
※28 ※31
色々な臨死体験の研究書を読みましたが、どうも他人が評価を下すのではないっぽいですね。古代から霊魂は一つのものであって、その一つの巨大な霊魂の中に万物が存在していると言われています(ソースはプロティノスとかウパニシャッドとか色々)。だから自分も他人も物理的な肉体は共有していなくても、魂は共有であるわけですから、他人を益することは自分の魂をも益することであり、逆に他人を害することは自分の魂を害することでもあるわけです。で、臨死体験者の証言によりますと、走馬灯体験とは個人的な人生の回顧に留まらない、魂の回顧の体験ですから、自分が他人を気持良くさせたならその他人の分まで気持ち良くなり、他人に不快な思いをさせたならその他人の不快感を我が身のことのように味わわなければならなくなるわけです(魂は共有ですから)。要するに、評価が下されるというより、体験そのものによって自分がして来たことの結果を直に思い知らされる、というのが正しいようです。
なんもおぼえてない
>自分の一生に対する評価が下される
この評価を下すのが仮に全知全能の神様だとしても、
自分以外の存在に自分の人生の価値を決められるのは
釈然としないな
>9
閃輝暗点+アリス症なら、2、3、4、5と10も経験できるよ
こんなのウソだよ
俺一回死んだけど何もなかったよ
※32
閃輝暗点は気持ち悪いだけなんですが…
気持ちいい人もいるのか…
臨死体験者だけど、今まで関わった人間・出会った人間の感情や人生を体験した。
道ですれ違ったり電車で隣り合わせた人のもね。
例えばここで言葉を交わした人が自分と関わり発言するまでの感情とか人生とか。
兎に角出会った全ての人逹の側からの人生を経験して「自分を客観的」に経験した。
そして蘇生する瞬間、自分に帰ってきた。
虐めをして相手を追い込んだ奴とか人を苦しめた人間はそうとう辛い思いをすると思う。
その苦しみは全て自分が蒔いた種なんだけどね。
だから思いやりを持って相手に接する事が出来た人は、素晴らしい大変をすると思う。
それも自分が蒔いた種。
うそが多いな。さすが中国だ。俺は息を吹き返すまでは目を閉じているのに見ている景色は蛍光灯の様に真っ白になったよ。
また「魂の成長」かよ。(笑
そんなに成長が好きなら、最初からそういう魂に生んどけ。w
なんか死にかけてる人多いな
これらの事柄のおよそが人間にとって「普遍的なモノ」だったとして、それら一連の状況に「大きな力」を感じた人はそれを「神」や「神の仕業」と名付けるんだろうなと思った。
ただし、この状況もある意味“冷めた人間”が捉えれば「脳内で起こる作用でしかない」と捉えるんだろうな。
いずれにせよ、どう感じるかは個人の宗教観(価値観)で変わるものだし、この臨死体験で認識する不思議も、「普段みている夢」とか「普段の食事」のように『当たり前のこと』という認識になれば、その不思議の解明であれ意味など考えずに、ただただ経験するだけのコトになるだろうね。
なぜ夢を見るかとか、なぜ食事をしないと生きられないかとか、そういう事柄でもつきつめれば真の答えってないわけだ。
危険だと思うのは、こういう事柄を利用して各々に異なる宗教感(価値観)を淘汰して唯一化させようとする行為。キリスト教に一番それを感じる。
後ろ向きでベランダから落ちたことがあるが、
「あ、死んだ」と一瞬思っただけだった。
恐怖はなかったというかそんな暇もなかったという方が近かった。
11はあった
五日間人事不省だったけどもなんもなかった
20代の頃突然心臓が止まりかかった時は2,3,4,5,10
(3は音楽、4は黄色みを帯びた光が縦に回転→次第に遅くなってゆく)
自死を思いとどまる直前に見たのは11。
しかしアナフィラキシーで逝きかけた時は悪魔的な思考に苛まされた後2へ。
ヒャッハー中に救急隊員に声掛けられて引き戻されたわw
※41
臨死体験は身体的・精神的苦痛から逃れる為のプログラムかも知れんね。
しかし食事は本能じょのいこ?
16さん、命があってよかった。
死にそうになっただけで実際は死んでないんだから
それは本当の死の直前の感覚ではないだろう
むしろ、死なない場合に限ってそういう感覚になるのかもしれないぞ
臨死体験をした人は沢山いるが、死後体験をした人は一人もいない。
本当の死は決して分からない…
臨死体験w
夢と同じやで?
まぁ最後はお金も名誉も富もあの世にもってけないし
楽しかった思い出や記憶が蘇るのは当然。
人を貶したり蔑ろにして伸し上がる人間には最後何が残るんだろうね。
人生、驕らず心から楽しく過ごせたらそれが一番だなホント。
愛やぬくもりのあたりで
いっきに胡散臭くなった感がす
臨死体験は死にそうになったけど死ぬ事が無かった人が見る夢でこれからどう生きていくべきかヒトという動物がどうあるべきか教えてくれる体験なんだ。
人生の評価って言うけど、生まれてすぐ死ぬ人はどうなんだろう?
姉はそのまま逝っちゃったけど…やばい泣きたい(´;ω;
どの項目も夢と同じでは
蘇生直後30秒以内にインタビューしたら臨死体験という後付けがなくなって随分違うデータになると思う
そんなことされたらたまったもんじゃないが
>「一生の間に愛やぬくもりをどれだけ共有できたか」・・・
神とやらがそんなもんに興味があるとは思えんがな。
どの宗教も金と権力とスキャンダルの巣窟。
よって、脳内麻薬物質の見せる幻覚に決定!
何かの書籍で読んだが、
『夢』も、俗に言う『臨死体験』も、システムは一緒らしい。
それ等の体験はニューロン間で伝達される電気信号でしかなく、
更には、長い時間をかけ体験したかのように錯覚しがちだが、
実際には目覚める直前の数分から数十秒のことでしかないらしい。
ただ、不思議なのが、
個人差はあるが、死亡直後の遺体からも、
脳波が若干の時間、検出・観測できるという事実。
親父がガンで(末期の衰弱とモルヒネの多量摂取)病院で、いよいよ死ぬ寸前に「怖い」って言ったな。医師が蘇生術しながら看護婦は「周りにいますよ大丈夫ですよ」って言ってた。死期が分かったのか、何かが見えたのか。それは分からない。
亡くなった祖母は生前、一度肺炎だかで生死の境を彷徨ったんたが、その時に病室で沢山の花が咲いているって言ってたな。
テンプレ過ぎて前に見聞きしていた臨死のイメージなぞってるだけっぽい
アナフィラキシーショック起こして死にかけたけど
「貧血かな?負けてなるものかー」→バッタリ で何も見えなかった。むしろ無。
寝る時と同じで、気付いた時に倒れたことを知っただけ。
貧血じゃなくて血圧が低下して呼吸が出来なくなって倒れたんだけど
医者には後で運が良かった、そのまま死ぬケースも多いと言われた。
> 一生のうち自分がどれだけ愛やぬくもりを他人と共有できたか
・・・orz
最低評価だったらどうなるんだろう・・・
でも、そういう基準なら・・・
若くして難病にかかり、数十年も体の自由が利かないまま亡くなった親戚は、
多くの人に支えられ、私が思うより不幸ではなかったのかも知れない。
そう考えると少し救われる。
俺は事故で死にかけた時は、
急に脳みそを叩かれる感じがして凄い高速の頭痛がする(たぶん本当に衝撃で脳がぶつかった)
すると目の前が急に砂嵐になって消える
周囲の叫び声がクリアに聞こえる
誰かがおれに近づいて「大丈夫か!?」と叫んでくるが返事ができない
「ダメだ…兎に角隅に運ぶぞ!」
ここで意識が消えて急に夜になる夢を見る。一晩中、雲に隠れたりする月を見続ける
その後人生の走馬灯を見て気付いたら病院にいる
愛だ何だより、それらを「共有する」ってのが凄く難しいと思う。
エゴじゃだめなんだし・・。
自分が嬉しい(楽しい)と思う、同時に相手も自分と同じくらい嬉しい(楽しい)と思っている状況…それってマジ難しくないか?
愛情や思いやりって、伝える(働きかける)事も大事だけど、それを正しく「愛情」と受け止めるのも案外大変なものだ。
相互に無理なく、自然に笑いあえる状況ってすごく難しいよ…。
自転車のチェーンがからまって、前のめりに身体が道路に投げ出されてしまい
顔面から落ちそうになった時に、死ぬなって思ったとたん、スローモーションになって
柔道の受身が咄嗟に出て、手をすりむく怪我だけで済んだわ。
柔道なんて高校の授業でしか受けた事無かったのに、よく覚えていたもんだわ。
ていうか、脳みそって結構すごいよね(´・ω・`)
ちなみに全身麻酔は何度も経験しているが、臨死体験も何もしてないんですけどね。
僕は自殺未遂をしました。
1~12まではまさにその通り。
走馬灯とは自分は独りなのかという自問自答
人とのつながりを必死に探す行為でした。
時間とは心の動きの早さ。
時計の針は地球と太陽の営みを
人が基準にしているだけです。
思い出は光です。それがはっきり見えた時
自分は独りじゃないって自分で信じることができました。
だから自分は戻ってこれたと思います。
人との思い出をたくさん作ってください。
そして思い出の品を常に目の届くところに置いてください。
それが自殺を食い止める最後の手段だと思います。
正直いって、この世で金・出世基準で裁かれ・評価され、
あの世で、愛・ぬくもり基準で評価されるとか、あの世この世
で振り回されたらたまらんわ!両者の存在ともどもうんざりする!
自分の意思1つとおせんと、わけわからず振り回されることほど、
腹の立つことはないよ!少なくとも自分はね!
自分の一生が走馬灯のように・・・どうせなら映画みたいな人生を送りたいな
よし、がんばろ
臨死体験者としては死に至るまでそれ程段階は踏んでいない。一瞬にして闇の中に吸い込まれると同時に何とも心地よいほの明るい空間が広がる。記憶としてそこがお花畑かどうか定かではないが肉体としての感覚はない。その重力も時間も感じない世界にどれほどいたか判らないが、気が付くといつの間にか現実世界に戻っており、限りなく済んだ青い空を中心にして私を見下ろす多くの顔があった。彼らは私が死んだものと思っていたらしく息を吹き返した私を見てそれら顔顔顔には戸惑いの表情があった。
死に瀕したときに記事の様な体験をするのかどうかと言う問題に関しては、俺はそれは「夢を頻繁に見る&覚えていられる人間であるか否か」なんだと思う。システムが似てるというなら条件も似てる筈だろ? 因みに俺は夢を見れて覚えていられる方だ。ぜひ、その辺の統計も取って欲しいものだね。夢の解析にも繋がるかもしれないじゃないか。
えっと、つまり壮大で深遠な夢を見るわけだ。
ここで重要なのは臨死体験自体では無く、その内容を覚えている人達から統計を取ったら幾つかの類似内容に絞れた、って事実だと思うん。
大きな無意識が、夢を見せるんだよ。
夢はただの空想ではなく、現実の実際の心理変化で変わるものだ。
臨死体験に共通項があるということは、死ぬ寸前の人間の心理はみな似通っているということだ。
臨死体験とあの世の実在に結びつくには無理があるが
少なくとも、人間はみな本質的なところで、似通っているプログラムを持っているということはわかる。
宗教観の一致しないさまざまの人種の方にアンケートして欲しい。
もっともっと大人数の体験談が必要だと思う。もちろん嘘探知機付きでの、厳密な調査で。
63で自転車で投げ出されて、
スローモーションになったと書いた奴ですが
走馬灯は走りましたわ。
なんか今までの思い出が凄い速さで駆け巡っていきますた(´・ω・`)
脳みそが、顔面から落ちないような手段を必死で検索していた感じでしたわ。
そんな自分ですが、あの世は無と思っていますがね。。
瀬名秀明の作品の一文を思い出した
「チンパンジーは自らの死の瞬間、『暗い穴へ・落ちる』と表現したが、
臨死体験をした人間の多くは、真逆の『光に導かれる』と表現している」
たしかこんな超うろ覚え
愛を共有……あかん、0点かもしれん(´;ω;`)ウッ…
臨死体験の事例をいくつ集めたところで死ぬ瞬間とは別だと思う
あくまで生きて戻ってきた体験であって、
死んだ人が途中まで同じ道をたどったかなんてわからない
死の淵から生還する瞬間に出来上がった夢かもしれない
俺が信号無視の車に跳ね飛ばされた時は
「熱い!」の次に目の前が真っ暗になったな
まるで命の電源をいきなり引っこ抜かれた感じで
走馬灯とかお花畑とか何も無かった
そしていきなり草むらと綺麗な星空が見えたよ
脳内麻薬が見せた夢だね
確か医学生が”死亡ごっこ(首を絞めて)”してトリップを味わうって映画あったな
アンジョリーナ・ジョリーが出てたような?
その時が来れば嫌でもわかる
それまでわくわく想像しとけ
最期の瞬間、色々あったけど、まぁ、それなり頑張っていい人生だったじゃん。
と自分の頑張りとそれを支えてくれた『見えない存在』に感謝して死にたいなぁ
ゲームや映画だってエンディングはあるよね
人生の終わりはどんなエンディングが見られるのか
はたまたエピローグみたいなのがあるのかな
怖いけど楽しみかな
これも脳の生理現象でしょう。
人間の脳って本当にすごいな
愛や思いやりだけで計れるほど人間の人生や価値観や好悪は単純じゃないから気にしないで自分なりに人生全うすればいいと思う
ヘレンケラーも、死ぬ時は同じ体験をしたのかな
視覚、聴覚に恵まれた人限定だよね。これ
波乗りで窒息死しそうにいや1度死んだ事あるけど、死の1秒前は視界が針の先くらい狭くなって強烈な快感がやってくるよ。
「人間の脳という機械が機能停止寸前(死の間際)に起こしやすい不具合」だから共通してるだけであって、
それ以上の意味はないんじゃないかなって思ってる
こういう話題の時って、妙に冷めてたり、ひねくれていたり、
「その時が来れば嫌でもわかる」
みたいなコメントつけるのがいるけど、きっと生まれつき
臆病な人なんだろうなあ。
素直さに欠ける人間と何かを共有するのは、俺には無理だわ。
※84
救われた!
愛やぬくもりの共有か。
一生独り身であろう俺の人生の評価は最低ランクで決定してるわけだなw
誰が評価するのか知らんが、それでも幸せに生きてやるよバーカ
大体の人間は産まれた瞬間に母親や父親と愛やぬくもりの共有を果たしていると思う。
親に恵まれなかった人間も、自分が覚えていないだけで、どこかで誰かに親切にしたことで、愛やぬくもりの共有を果たしたことがあるかもしれない。
社会という大勢の人間の集まりの中で生活している限り、誰かと触れ合わずに生きることは不可能なので、誰しも愛やぬくもりの共有をしたことがあると考えられる。
三途の川とは何だったのか。
喘息持ちで夜中によく発作がおきるから何回か走馬灯みてるけど、薬を吸って効果が出るまでにぼんやりだけど色々体験してる気分になるな。
たまに、死ぬとかどうでもよくなるくらい気持ち良くなるんだよなぁ。
おかげでいつでも死ねる覚悟は出来てるわw
89
言葉を返すけど
異なる価値観が存在することを認められないって
臆病で狭量だよね
それがその人にとって「素直な」反応かもしれないのに
どちらにせよこういう話題に関して,われわれはただ空想するのみだよ
これって脳がフル回転してんのにアウトプットできないから見てしまう夢なんじゃなかろうか。
関係ないけど俺よくデジャヴ体験するんだがなんなのかな?一連の出来事がわかっちまうものなんだが、自分の行動は変えれないんだ。その瞬間だけ体が勝手に動く感じがする。
全然関係ない話でごめん。
金出世基準でも愛基準でも落第だ・・・
幸せ者は死んでも幸せに
不幸な者は死んでも不幸になるとは
救いが無いわ
2000年を過ぎた現代でもこんな宗教ステマがあるとはね。
米国自体が宗教大国であり聖書を事実と信じ
進化論を半否定してるんだから当然やろ。(教科書でさえも)
足をぶつけたら痛いと脳が判断するのと同じ、
死の恐怖から逃れる際の脳内イメージで決着してる。
生物の中で人間だけを特別扱いするその姿勢が
そもそもおかしい考え方だとは思わんのかね?
愛や温もりの共有って、ピングドラムだな。
死後の世界、霊魂の存在は科学で証明はされていない。
しかし、科学がすべてを解明できるというのは人間の思い上がりだろう。ありとあらゆる事象のうち、訳の分からないことのほうがはるかに多い。
この種の話題は、肯定、否定論者がはっきり分かれ平行線が多い。臨死体験も、否定論者はやれ脳内麻薬のせいだと、完全否定するだけ。人種、宗教に関係なくそういう共通体験の事例が無数にあるにもかかわらず。
結局、はっきり証明できないから最終的には個人個人が信じるか否かになるのも仕方ない気もする。
ただ、肯定派としては、死後は無と思いこの世で悪行三昧した人が、もし死後があって償いをさせられるようになった時、大後悔するだろうなというのが残念に思う。
まあ、自業自得だからしょうがないけどね。
瞑想状態から幽体離脱すれば
3,4,5,7,8は体験できるな
ただ体にゴムが付いてるみたいに、強烈に自分の本体に引き寄せられるんだよね。
かなり強い精神力がないと、臨死体験みたいに自由に動けない。
幽体離脱経験者ならわかると思う
幽体離脱ににてる
現在の科学で証明されていないが
科学的にあるかもしれないと今言われてる
余剰次元や暗黒エネルギーの一部がきっと
あの世や魂の存在じゃないのかと思ってる。
もし仮にこれが本当なら、ゲノム解析でいつ頃この機能が備わったか判明出来るようになるはず。少なくとも知恵を持ち始める前はこんな状態にする必要がないだろうと思う。
首をしめられて殺されそうになった時の事。最初苦しかったのにそれが感じられなくなって、子供の時からその瞬間までものすごい勢いで、ビデオの早回しみたいに、全部を見て最後にバーンっていう大きな音と共に真っ白な強い光が射して、そこで目が覚めた。あれ以来死ぬのは痛くないんだと分かった。
人と接する事が怖いメンタルな病気になり20年、
こんな病気がなければ、お友達や家族と皆で助けあったりしたいのに、出来ない。
沢山思いでも作りたいのに、正視恐怖で難しい。
私、基本動物も大好きだし、人には優しい性格だけど、「一生のうち自分がどれだけ愛やぬくもりを他人と共有できたか」で評価されるのなら、この恐怖症を治して!
治ったら色んな人と出会えるし、人助けもしたいのに。。。
人と関わりたいのに、関われない病気の人はどうしたら良いのでしょう?
心停止に伴って、酸欠になった脳が徐々に機能停止していく過程は誰でも同じ。
その過程を体験として語るから文化言語を問わず似たようなものになる。
まあ、忌の際に苦しまないような設計になってるんでないか?
生きててもしんどい。死んでもしんどい。
両者とも、常に、自分に対する評価はどうでした?ばかり。
悪は駄目だけど、生きいるときも、死んだ後も、歓喜に包まれる人生を送れることが大切なのではないでしょうか?
どんなに愛やぬくもりを共有しようとも、
この世で金がない事ほどつらいものはない。
死後の世界は死後の連中が決めることであって、
今生きている自分は、今を生きているのだから、
霊界の決まりなんて知ったことか。
そんなに愛やぬくもりの共有が大事なら、
最初からそれを極めていけば幸せで豊かな生活ができるような仕組みを作ってから送り出せ。
私、今までの人生で人を傷付け過ぎた。
多分死ぬときはものすごい苦痛を味わうのでは。
周囲の声は聞こえるし、
寒いとかの意識も多少あるけど、
体が動かないってのは金縛り状態なんだと思う
私はそれ毎日のようになるので、
臨死体験とは別ものだと思う
半分脳が寝てる状態なんだろうなーって思う
分かるのは生き返った人の体験だけ。
死んだ人が何を体験したのかは絶対に分からない。
ニート特有のなりすましカッコイイ!
みんな死にかけたんだったらそのまま死んだ方がよかったのにね♪
2、これまで経験したことがないような穏やかで愉快な感覚に包まれる
これならあるな、麻酔が効きすぎたときになった
入り口に過ぎない
その後が待ってる
14蘇生する という絶対条件があってはじめて1~13もある
1~13は蘇生するコンマ何秒か直前のおまけみたいなもん(と私は感じる)
臨死体験という言葉はだまかしで死の方に近いのではなく生の方に近い感覚と思う
>>110
それって体が寝てて脳は相対的に覚醒してる状態らしい
脳が覚醒してるなら体も動かせるんじゃとわたひは思ったけど
指令があっても筋肉が動かない状態とか
聴覚とか視覚野が動いて運動野が寝てるとかバッラバラの時があるんかな
順番や細かい違いはさて置き、だいたいどこかで見聞いたような臨死の内容だね。
親族に医者がいるから話を聞いたら、危篤状態から蘇生した人は「きれいなお花畑を見た」「走馬灯のように人生を振り返った」「戦争で死んだ父親がお前はまだ来ては駄目だと言われた」という人が実際に結構いるらしい。脳波が明らかに乱れていても、そういうのを見るから不思議だと言っていたな。
何か、楽しいなぁ!!
楽しいねえ!!
臨死体験?要は死に際の夢でしかないっしょ
臨死体験じゃないけど、暗闇の中で金色に光り輝くでっかい人らしいものがいる夢を見た。で、低い声で何か喋ってた。
うちは浄土真宗なんだが、お坊さんが言うには(浄土真宗の)仏様ってのは、金色ででかいらしい。(顔とかははっきりとは見えない)
もしかすると、本当に仏様にあったのかもしれないね。
皆さんもっと無事な人生送ってください
お願いします
ほう
臨死体験か
アンビリーばぼーとかでよくやってたな
別に俺は死なないけど
人間は絶対死ぬって嘘だぜ? 惑わされるなよ
臨死体験談の本と江原啓之さんの著書にも紹介されているシルバーバーチの霊訓。
自分はこの二つを読んでから、生きる目的を見出しました。
それは、人のために生きることです。
宗教は信じませんが、この世に生まれてきた理由は、人を助けて徳を積み、魂(物質的でない自分の本質?)を鍛え成長させるためだと思ってます。
こう思うようになってから、より人に優しくできるようになり利他的な心で人と接することができてます。
もしこの考えが違ったとしても、自分の周りの人が幸せになるのであれば良くないですか?
良かったら参考にしてください。
死後の確率論(この世の正体)①何重ものシュミレーション(この世界)&サンプル(あの世)②ホーキンス博士の言うように人間も機械と同じで機能停止後の世界はない、自我意識とは脳というモザイク画に刻まれた絵画の様なもの、壁が崩れれば絵も無くなります③イスラム聖戦士の言うように薔薇色のあの世OR地獄が待っている?※答えがわかってりゃ生きるのも多少楽かもしれないのに
よし、、
とりあえず出会い系アプリで知り合った少女に手当たり次第に「愛してるよ」っていうのやめるとこから始める。
>一生のうち自分がどれだけ愛やぬくもりを他人と共有できたか
俺は死んでからもぼっちか……。
たしか、
こちらの世界では「愛の結晶」として子供が生まれる。そこで溢れた愛は、あちらの世界で新しいたましいとして誕生する。その光景は眩いばかりで、感動するらしい。
これで評価されるんだろうね。
手術中にみた。光があり
トンネルがあるんだが、私はものすごく流されていて、黒緑でドロドロしたものとだんだん一つになって、急に押し出されたかと思ったら、医者たちの声が聞こえた。看護師が必死に話しかけていた。あれ、死にかけてたかな
※124
そういうやつが他人に利用されまくり、気づいたときにはボロボロの雑巾みたいにされるんやで?
相手を選べよ。
幻覚なのか超常現象なのか…
夏の暑い日に、車で窓とドアを少し開けて昼寝してたら、
気が付くと車の天井が目の前に迫ってた。
あ!アカン!と思って慌てて意識を戻したら、普通に目が覚めた。
寝惚けてたのか、幽体離脱してたのか、死にかけたてのか…謎。
ここまで真剣に分析して、いざ死んだらただブラックアウトして終わり
だったら笑えるわ。いったい人類はその恐怖に打ち勝つとかいう無駄なな努力のために
どれだけの犠牲と無駄な時間を過ごしたかってね。
※127
まだ諦めるな。心優しい君だから、きっと人達に出会えるよ。頑張れ!
臨死体験? 生きてる人の夢物語
アハハハ。死の1秒前なんて、だれが分かるんだか。
死んでないんだから、臨死なんてただの幻想だよ。
※130
医師の元、明らかに死亡→蘇生の認定を受けた、ってのが臨死体験なんじゃね。そういうケースは普通に存在するでしょ。
「一生のうち自分がどれだけ愛やぬくもりを他人と共有できたか」
神さま~私をブスにつくったり酷いアトピーにしておいてそりゃないよ
なかなか愛やぬくもり共有できないよこんな醜くかったら
お風呂で立ちくらみを起こし、後頭部を強く柱に打ち付け、そのまま気絶→臨死体験という経験をした者です。
眩い光は確かに見えた。
あと、気持ちがとても穏やかなのも感じた。
そして、とても暖かかった。まるで春の穏やかな草原で昼寝をしてるような暖かさ。
お風呂に入ってたのは夜だったから、目を覚ましてみたら窓の外は暗くて、何故夜なのか割とガチで理解できなかった。(臨死体験の世界は、まさに「昼間」って感じの世界だったから)
ちなみに年齢や宗教観だけど、当時小学校5年生。プロテスタント系の教会によく遊びに行ってたけど基本無宗教。
神様とか三途の川とか先祖とか、そういうのは一切見なかったなぁ
出産で出血多量でやばかった時トンネルの中を高速で飛んだのと上から手術中の自分を見下ろしたのでこの手の話胡散臭いからわかるわかるにかわりました
※134
場違いなのは分かってる! 分かってるし、その気持ちも分かる!
だけど言わずにはいられない… 宗教に嵌まるなよ
一度でも臨死体験あれば、死ぬの怖くなくなるんだけどな
臨死体験を頑なに否定する人を見ると、一体何をそんなに恐れてるんだろ?と思う
死んだら、魂?霊体?が、産まれて来る前にいた所に還るだけだよ
「あっち」は、こっちで生きてるどんな
幸せよりも至福で平和だよ、戻ったのを激しく後悔したくらい
ただ自殺はダメだ。同じテーマを一からやり直す羽目になるから
今生のテーマ、経験をやりきってから死なないと、地球学校で「留年」。
人類は、サムシンググレートの分け御霊
、ありとあらゆる経験をするために産まれて来るのだと思う。
善悪双方を知るために。悪も「悪役」の経験のために産まれて来る(地上の感覚だと許せんが)
全ては魂の進化のため。
「一生のうちどれだけ愛や温もりを共有つできたか」?
生まれつき高機能自閉症、障害者で、実家でフルボッコDV、性虐待までされてた自分、50代になった今も独りが一番快適な自分が、どうやって他人と繋がれと言うんだろう?
人それぞれ生まれ持ったテーマは違う
障害者には障害者の役割があると信じてるし、別段不幸とも思わない、これが今生のテーマだと肝をすえてるがね
正直、この年になっても、健常者の傲慢や差別には辟易する
ちゃんと働いて税金払ってるのに、延々変人扱い
変人には何言っても傷付かないとでも思ってるのかね?
随分とまあ、みんな、高潔な人格だね!
日本において自殺者が多い理由で、よく仏教の輪廻転生概念がリセット願望を助長させているという説を見るけど、果たしてそうだろうかと疑問に思う。人間は、たった80年良い思いをする為に努力や研鑽をし、つらい思いに耐え、子孫に伝えていく為の歯車に過ぎないのか。もしそうなのだとしたら、これほど絶望的なものも無い様に思える。142さんのように、何かしらの役割を与えられているとでも思わなければ、やっていられない人も多いだろう。仮に自分の現状が苦しいからこのような考えに至ったのだとしても、やはり死後の世界はどのような形であれ存在して欲しいと思う。
オカルトってのは通常マイナスな意味で用いられる事が多いけどさ
魂の存在を俺は心から信じるよ
経験者だからね
13’.何故か自分自信が目の前に居る
14’.もう1人の自分が今まで生きてきた中の悪行を責めてくる
15.自分はそんなことをしていない、自分は善人だと言うが、もう1人の自分には全て理解されていて嘘は見通される
16.輪廻転生先が地獄の惑星に決定される
17.新しい生物として命を受けた器に、エネルギー体が強制的に寄生させられる
18.その惑星で一生を終えると再度審議が行われもう1人の自分に裁かれる
これを繰り返しながら魂が磨かれ、天国に逝くことを目的に高見に昇っていく
追伸
・本当に善人の生き方をしてきた魂は地球と同等の生物、または地球の生物に寄生
・神のような生き方をしてきた魂は、エネルギー体が生活する次元に迎えられる
これが天国
もう生きるなんて苦行しなくて良いんだから最高にハッピーでリラックスできるんじゃないの?
実証されてないけど脳は天然の量子コンピューターって説があって、その性質上、情報は量子の仕組みで量子が飛び交う次元とアクセスするらしい。臨死体験、前世の記憶は量子の海からやって来た情報に過ぎない。
昏睡から目が覚めて他言語話す人とかもそんな情報をインストールしたケースとか色々解釈出来るし
この説本当かどうかはわからないけど量子型ランダム発生機の0-1発生確率がヒトの集団意識の影響で確率変動するって検証結果からやはり因果関係あると信じています
俺が妹に首を馬場チョップされた時は時間が引き伸ばされた感覚があった
2と4時々寝る前になる∑(゚Д゚)
4、7、8、14は覚えがある。当時2歳で父親の船から海に振り落とされて一旦溺死したらしい。
臨死体験した人が大体、同じ経験したと言っているってことは死後の世界ってあるかもな。 科学では説明できないことはあると思う。 宇宙だって完全には解明できてないし
「一生のうち自分がどれだけ愛やぬくもりを他人と共有できたか」
って自然界で生きてる動物には関係ないよね。
今日も虫を鳥が食い、鳥を猫が食い。と生き物は食い合って死んでいくけど、
上記の様な事を思って生きている動物は居ないわけで。
そんな物で生きてる価値を判断されるわけがない。全生物共通の価値なら分かるけど
蘇生してる時点で「それはただの夢です」で片付けられるんだけどね
愛やぬくもりと縁の薄い人間は死んでからも惨めな扱いうけるのか
救いも何もあったもんじゃないな
愛や温もりがなくても自分なりに満足して幸せに生きた人は幸せに死ねると思うよ。生きてるうちからあれしてくれないこれしてくれないって乞食根性だとわからんがね
ワイは13から別ルートやったけどそんな感じやで
五感をリアルに感じる覚醒夢だったかが、前世の記憶らしいな。
仮に正解だとして、結構な数の転生があると思った。
愛情を実感できない人生は、不幸だよ
花畑の道は歩いた。
その先にあるものも見た。
真偽の判断は各々に任せるとして、こういう場合の愛やぬくもりってそこまで大層なものじゃなくて、「道を聞かれて親切に教えた、または親切にしてもらったと感じた」とかそういう小さなものも含まれてると思うんだよなー
私の生きる理由は、死ぬまでにこの世界、人間も含めて万物のことをよく知り、人類に貢献することだと思っているよ。
神とあの世が実在するなら人格がゆがみなどで
愛や他者との交流をほとんど持たなかった者たちも救済してくれよ
25年前の話だけど、祖父が心筋梗塞で倒れて5分間心停止した。
蘇生してそれから15年間、後遺症もなく生きたけれど。
その時の臨死体験がだいたい一致している。
祖父はこんな夢を見たらしい。
蝋燭で照らされた薄暗くて先の見えない長い洞窟の中に仏像が何千も並んでいる。
顔の見えない相手から「これを納めなさい」と一体の仏像を渡される。
「どこに納めればいいのか」「磨いてから納めるのか」と質問している間に目が覚めた。
もし質問せずに仏像を納めていたら、そのまま死んでたんじゃないか。
と言っていたのを思い出した。
これから修羅の道を行く人間としては
愛情よりも憎しみを受けそう
>一生のうち自分がどれだけ愛やぬくもりを他人と共有できたか
好き好んで孤独な環境や非社交的な性格になったわけじゃないのに
そんな基準で裁かれるなんて理不尽極まりない
人間とは良く出来たロボットだ。
俺たちは一体何を生産してきたのだろう。
神も死後の世界も信じていない俺だけど、死にかけた時に三途の川(その時は三途の川とは思わなかったが)があって、思い返す度に笑える
イメージしていた三途の川とは全然違ったから、記憶や知識が生んだ脳内ビジュアルでは無さそうだ
そんな物を見ても尚、未だに神様も死後の世界も信じてはいないけど、現代科学では解明出来ない何かがあったりするのかもなー・・・とか思うようになった
最近の坊主はこういったことを否定する向きがある
坊さんは死ぬのが怖いらしい
御釈迦さんを見習えっての
高校2年の頃に、バイクに2人乗り(後ろ)して山道の下り坂をブッ飛ばしていて、前から来た軽トラに正面衝突した。僕は飛ばされて、空中に‥その時に突然時間が超スローになり、自分の生まれてから~その時までの人生を早送り D V Dみたく一瞬のうちに見た。そして明るい煙の中を歩いていたら、誰かが後ろから呼んでるので振り返ると眼が覚めた。目を開けても明るくて何もみえず、だんだんと景色が見える様になった。
僕は倒れていて、友達(後ろから別のバイクで来てた)が揺さぶっていた。
とても不思議な体験だった。
‥続き~気絶から目覚めた時。
2人乗りバイクの運転していた友達は、足の太ももを複雑骨折していた。足が極端に短くなっていてズボンの太ももが裂けてた。足が短くなったなぁ‥などとボンヤリ考え、僕を目覚めさせたもう一人の友達を見て、こいつがいなけりゃ目覚めなかったのに~とか考えたりした。復活したコトが、すごく残念で悔しかったのを覚えている。
頭は少し切れてて、血が少し出ていた。1時間くらいして、やって来た救急車の中で、足を折った友達と「金がかかるな~」と話したのを覚えている。
そんな見え過ぎた嘘のような生きてる人間の想像かと思う程度
車の事故で死にかけた
スローモーションにはなるが、文字通りあっというまで綺麗なメロディーなんぞ聞こえない
意識がないなか
嫁さんに「愛してる」ってメールで送ったらしい
病院で目が覚めたとき激痛でのたうち回った
映画やドラマのように穏やかな目覚めなんてないぞ
ましてや幽体離脱?なんてなかった
鎖骨付近にボルトがまだ入ってる(^o^;)
こうやっていろいろ議論してても結局は臨死状態の時のことだから、ホントの死後の感覚を知ってる人間はこの世に存在しないってことよね…
やっぱこの問題について解明されることはないんだな。
てか、死にかけた経験ある人って結構いるんやね。
強く生きて皆さん!!
中学三年生の時のことです。虫垂炎の手術中心肺停止になりました。その間のことだと思いますが、色鮮やかな花ばなが空間がない程に咲いており、オルゴールのような何とも心地よい音が聞こえていました。どのくらいの時間かわかりませんが、遠くから私の名前を呼ぶ男の人の声が聞こえてきました。段々近付いてくる声により目が覚めました。
それが臨死体験というものだたのかもしれません。
SCP-2718と擦り合わせると楽園の真っ只中にニブルヘイムされるってことか
臨死体験は死んでない ってコメ有るけど、死後と、直前の両方混ざってると思う
俺の親父は、バイタル、脈が止まって、筋肉が弛緩してタレ流れた
そこで母親が揺さぶって呼び掛けたら、生き返ったらしい
血液循環が止まって脳に血液が行かなくなった後、30秒だけは脳波が出てるらしい それ以上は続かないみたい
戻って来れるかどうかは、その30秒が第一のチャンス
第二のチャンスは、棺桶から生き返った話を時々聞くけど、有るのか無いのかは知らない